廃校舎の鏡
本編に入る前に……
今回の作品は翠羽先生よりネタの提供をしてくださいました。翠羽先生、素晴らしいネタをありがとうございます!
それでは、みなさんお待ちかね。早速本編へ♪
暗闇が辺りを包み込み、異様な空気を放っている。
廊下の窓は割れ、そこから風がピューっと鳴く。
もう何年も使われていない校舎は、かつての賑わいを失い今はただ、朽ち果てていくだけの道を歩んでいる。
この暗闇で頼りになるのは、手元にあるペンライトだけだ。しかもそれは、俊介の手に握られていた。
俊介は怖がりもせずにズンズンと進んでいく。
さすがクラス一のイケメン野郎。こんな所で男前を見せなくてもいいだろうに。と、俊介の一歩後ろから置いてかれないよう着いて行く健一は、腰が引けながらも嘗めるように俊介の横顔を見る。
健一は、お調子者でクラスメイトをからかって過ごすのが日常であった。嫌われずにこうして友達と夜の散歩に出掛けているのは、もしかすると健一の人柄がいいからかもしれない。
そして健一の反対側を歩いているのは、浩平。クラス一――いや学校一の臆病者で、ここに来るのを最後まで抵抗していたのだが、俊介の押しには勝てなかったようだ。
この廃校舎に足を一歩踏み込んだ途端、やっぱり帰りたいと思った健一であったが、行くと意気込んでしまったというのもありプライドが邪魔をした。
せめて何も起こりませんように、と心の中で強く願う健一。
「な、なぁ、もう帰ろうぜ」
幽霊が出てくると噂のある教室を、1階から順に最上階である4階まで見て回ったところ、俊介はポツリと「全然出てこないじゃん。つまんねーの」と零した。
切り出すなら今じゃないか?と、とうとう恐怖の限界が来た健一が、言葉を振り絞ったのである。
「えー。肝試しはこれからじゃね?」
なんだよ健一も怖いのかよ?と、嫌な笑みを浮かべる俊介。
「そんなんじゃねーし!」
と強がってみせるが、健一はホラー系が大の苦手であった。幽霊物は以ての外、ゾンビやスプラッタなんて物は無くなればいいとさえ思っているほどである。
「ね、ねぇ……あれ……」
廃校舎に足を踏み入れた時から一言も喋らず、俊介の後ろをピッタリ着いてきていた浩平が、とある場所を指さしながら恐ろしい目で一点を見つめていた。
反射的にその指さす先を見てしまった健一は、すぐに後悔することになる。
それは、骸骨らしき人型のなにかがフードを被ってこちらを見ていたのだ。
「わぁぁぁぁああああ!!!」
三人は驚き、一目散に駆け出す。
――でた!幽霊だ!あれは幽霊に違いない!
――きっと自分達の縄張りに俺たちがやってきたから、追い払おうと出てきたんだ!
そう思いながら足を止めずに無我夢中で走る健一。階段を降りてすぐの教室へ逃げ込むように入り、ピシャリと扉を閉める。
健一は扉に耳を当て、追ってくる音がしないかと耳を済ませた。しばらく経ってもなんの音もしないことを確認すると、安堵し全身の力が抜けた。
息が整うのを待ってから、もう帰ろう!と説得しようとしたところ、健一の前を走っていたはずの俊介と浩平の姿が見当たらない。
「ったく、あいつらどこまで逃げたんだよ」
どっちが怖がりなんだか、と思いながら自分のことは棚に上げる健一。
こんな広い校舎を永遠と探し回るのも疲れるので、健一は校舎の入口に置いてある自転車で待とうと決意し、立ち上がる。もしかすると、二人もそこに向かっているのかもしれない。
教室の扉を開け、廊下をキョロキョロと見回し、安全だと確認すると――先程の幽霊がいたらたまらない――そのまま階段を目指して歩いた。
さっきよりとても暗いなと思った健一であるが、ペンライトは俊介が持っていたんだったと思い出す。
来る時には、地面になにか足を引っ掛けてしまうような物がなかったにしても、距離感がいまいち掴めない。目を凝らさなければ、一歩先に何があるかなんて分かりやしない。
健一は、壁伝いに階段へと向かう。
降りてすぐの教室に入ったおかげで、階段は探さずともすぐに見つかった。壁に取り付けられた窓から月明かりが差し込み、僅かながら健一の足元を照らしている。
ここは廃校だ。そうそう崩れはしないだろうが、踏み外したりしないよう一歩一歩階段を降りていく。先程の恐怖と驚きで僅かながらに足が震えているが――いや、気のせいだろう。と自分に言い聞かせながら降りていく健一。
ふと壁に貼られた鏡が健一の目に止まった。3階から2階に降りる際の踊り場のような所に、ポツンと置かれているのである。
来る途中にあった鏡はどれもくすんでいたり、ヒビが入ったりしていたが、これは真新しいほどに綺麗に保たれた鏡であった。
なんとなくそれが気になった健一は好奇心に負け、鏡を恐る恐る覗いてみる。
「「うわぁああ!!!」」
本日、二度目の絶叫である。
そこに映ったのは寝癖が直っていない短髪の髪とジャージに、ワンポイントの刺繍が施された半袖を着た学生ではなかった。
いや、正確には健一という人物の顔が映っていなかった。
代わりに映し出されたのは、整えられた短髪の髪と長袖長ズボンのジャージを着ており、上着のチャックはしっかり上まで閉められている。その口元はジャージのせいで半分隠れていた。
健一は驚きのあまり、尻もちをついた。いや、きっと見間違いだ。怖くなって無いものが見えただけだろう。
健一は、もう一度鏡を見るとそこには同じく尻もちをついた、一人の知らない男の子が映っていた。
『いたた……』
なぜか、声まで聞こえてくる始末。健一は目も耳も疑った。今見えているものは、聞こえているのは幻か?それとも驚きのあまり気絶して夢でも見ているのか。
健一はじーっと鏡を見つめた。幸いなことにこの鏡の少年からは悪意を感じない。
「き、君、誰?」
声が上擦ってしまう健一。さすがに恐怖は容易には拭えないようだ。
『ぼ、僕は、れん』
鏡の中の主は、一瞬目を丸くさせていたが、恐る恐る応えた。
「俺は、けんいち。れんってどういう字を書くんだ?」
『えと……難しい字。可憐の憐って言ったら分かる……?』
「いや、わかんない」
『あ、ちょっと待ってね。丁度ここに……』
いつの間にか驚きとか恐怖とかなんてものは忘れて、そんな間抜けな会話を繰り広げる健一と憐。自然とお互いが危険な存在では無いことを悟ったようである。
憐はマッキーペンを取り出し、持っていたノートに書き出した。
『これだよ』
鏡に映ったのは一文字ではあったが、何が書いてあるのか健一には分からなかった。なにせごちゃごちゃと画数が多い上に、鏡のせいで反対文字になってしまっていたからである。
「うー……ぅん?」
頭を悩ませる健一に、憐はなにか思い出したかのようにハッとしてまたなにか書き始めた。手元は健一に見えていないが、先程書いた紙を裏っ返しにしてそこをなぞるように文字を書いている。
『これでどう?』
そこにははっきりと――憐――の字が書かれていた。
「うわぁこれ、俺は書けそうにないや」
『けんいち君は、健康の健に数字の一?』
「あぁ、そうだよ」
すっかり、お互いに慣れてしまい先程の恐ろしさは何処かへと飛んでいってしまった二人。
「憐は、なんで鏡の中にいるんだよ?」
この不思議な現象に首を傾げる健一に、目を丸くする憐。
『それは君の方こそだよ』
ん?俺は鏡の中にはいないんだが、と思った健一であったがそんなのは些細なことに過ぎないとした。
「よかったよ。幽霊なんかじゃなくて」
『幽霊!?この学校出るの!?』
「ただの噂だよ。本当かどうか分からない。さっきもフードを被った骸骨のなにかが見えた気がするけど、今思えば見間違いかも。おかげでみんな驚いてはぐれちゃったんだ」
嫌になっちゃうよ、と頭を抱える健一。
『だ、だよねー』
あはは、と冷や汗を浮かべる憐の顔は、恐怖を隠しきれていないようである。
「まさか、幽霊苦手?」
「そ、そんなんじゃ……!……いや、ちょっと苦手……」
健一が悪戯っぽくにやけ顔を憐に向けると、最初は否定した憐も次には認めた。最後の方なんかは、聞き耳をたてておかないと聞こえないほど、声が小さくなっていたが。
そんな潔い憐に対して少しの罪悪感を覚えた健一は、髪をくしゃっとしながら告げた。
「まぁ、その……俺も苦手……なんだけどな」
またもや目を丸くする憐であったが、今度はクスっと笑った。健一も怖がっていた自分がおかしくなって、一緒になって笑う。
ひとしきり笑うと、憐が思い出したように口を開いた。
『友達と来てるって言ってたけどいいの?探さなくて』
「あー、いいよ。どうせ外に逃げてると思うし」
あの二人のことだ。どうせ俺なんて置いてさっさと帰っていてもおかしくは無い。と半分呆れたように呟く健一。
『そうなんだ。置いていくなんて酷いね』
「まぁこれくらいは許すよ。明日あったらコテンパンにするから」
健一は、シャドーボクシングをして見せる。
『暴力はダメだよ』
「何言ってんだ。嘘に決まってんだろ?」
『なーんだ。嘘かぁ。びっくりしたぁ』
憐は本当に健一が暴力で解決すると思ったようで、安堵して全身の力を抜いた。
「それで、憐は?なんでここにいるんだよ?」
憐は一瞬、顔を強ばらせたがすぐに笑顔を向けた。
『僕は逃げてきたんだよ』
「なにから?」
『それは……内緒』
「ふーん」
悪戯っぽく微笑んだ憐のその顔は、どこか痛々しく感じた健一。その違和感が気になるが、会ったばかりの奴に根掘り葉掘り聞かれるのは、誰だって好ましくは無い。
『それにしても、どうして鏡でお話しているんだろうね。この鏡、魔法でもかかってるのかなぁ?』
「魔法なんてある訳ないじゃん」
『でもそうでもないと説明がつかないよ?』
こいつまさか本気で言ってるんじゃないよな、と嘗めるような目で見定める健一。
『だ、だってそっち暗そうだけど今何時なの?』
「えーっとー……確か8時くらいにここに来たから、多分8時半とか9時とかだと思う」
『夜の!?こっちはまだ夕方の4時頃だよ。もしかして、時間のズレがあるのかも?』
確かにこの現象は不思議だ。会話出来ていることにもびっくりだが、同じ日本だと言うのにお互いの時間が違う。どういう訳だろう?と健一は思案するが、そんなこと考えても答えは出ないとして、どこかへ追いやることにした。
いつまでも物思いに耽りそうな憐を健一は遮った。
「なぁ、それよりもせっかく不思議な体験をしてるんだ。なんか話そうぜ」
確かに、と言いながら憐も考えるのをやめた。
「うーんそうだなぁ……好きなことって何?」
少しの間、話題を考えてから無難な質問をする健一。相手のことを知る一番手っ取り早い話はこれだろ!と自信満々である。
『え、好きなこと?』
うーんと思案する憐であったが、すぐに顔を明るくさせた。
『ゲーム!僕、ゲームは好きだよ!最近でたエンドレスファンタジー8とか凄いやり込んでる!』
「え?それは随分前に出たやつじゃない?」
『え?』
たしか、エンドレスファンタジー8は十数年前に発売された作品だったはず。最近出たと言えば16だ。
もしかすると、憐の家庭はあまりお金を持っていないのかもしれないな。それなら昔のゲームを買ったと言ってもなにもおかしくは無い。
「ま、まぁでも8はすごいよな!俺もゲーム好きだからエンドレスファンタジーは最初からやってるよ」
『え!すごい!全部もってるの?』
「おうよ!親が好きだから興味本位で最初から初めて見たんだ。どれもいい作品でよ……」
こうして二人はお互いにゲームの話で花を咲かせ、気がつけば1時間以上経過していた。
『あ、やばい!もうこんな時間!僕、門限あるんだった』
「あ、俺もそろそろ帰らないと」
健一は、じゃあなと言ってその場を離れようと立ち上がると憐が引き止める。
『あ!』
「どうしたんだよ?」
『明日もまた会える?』
懇願するような目で恐る恐る尋ねる憐。慌てて目を逸らして戸惑いを隠す健一は、お茶を濁しながら告げた。
「うーん分からないけど、来れたら来るよ」
『うん!それじゃぁまたね』
健一が通う学校に、今日一日で最後の予鈴が鳴る。
昨夜、廃校から出るとすでに俊介と浩平の自転車は、タイヤの跡だけを残し残りは全て綺麗さっぱり消えていた。
朝、登校すると二人は健一に「ごめん!」と謝ってきたが、別に怒りはしなかった。むしろ、健一は置いてかれたことを忘れていたくらいである。
上機嫌のままでいたい健一は、二人からの謝罪を受け入れ「気にしてない」と伝えた。
健一は、リュックを背負って駆け足で家へと帰宅する。そして、お風呂と夕飯を掻き込むと家を飛び出した。
目的地の廃校に辿り着くと、一目散に向かったのはあの鏡であった。
月明かりが鏡を照らし、神秘的な空間を演出している。
「おーい、いるかー?」
辺りには、静けさが広がっている。
なんだまだ来てないのか?いや、もしかしてあの不思議な現象は昨日だけの事だったのだろうか?
不安に思いながら健一は一人、鏡の向かいに膝を抱えて座った。お尻に床の冷たい感触が伝わり、健一は身震いする。
しばらくそのまま時間だけが過ぎていく。
一分一秒がとても長く感じ、逸る気持ちが先行してしまう健一。
――三十分後。
そろそろ帰ってしまおうか。なんて事を考え始めていた健一は次の瞬間、僅かに瞳を煌めかせた。
『あ!健一だ!来てくれたんだね』
「来いって言うから来たのに、遅いじゃないか」
と不貞腐れてみせる健一。しかしその目は、どこか嬉しそうであった。
『ごめんよ。逃げれなくて……』
逃げる?昨日も言っていたが、何から逃げているのだろう?気にはなるがその疑問は飲み込み、落ち込む憐に健一はしょうがないなぁと許した。
それから数日間、健一と憐はこうして鏡越しに会い、話をする――主にゲームの話だが――日々が続いた。
そして今日もそのはずであった。いつも鏡で待機しているのは健一であったが、この日だけは憐が先に待っていた。
「あれ、今日は先に来てたんだ?お待たせ……ってその青あざどうしたんだよ!?」
憐が顔を上げると左目を中心に、大きく青アザができていた。パンダのようになっており、とても痛々しい。
『ちょっとね……階段で転けたんだ』
憐はふわっと優しく微笑むように笑顔を見せた。しかし、その笑顔はとても痛々しいものであった。
よく見ると手足にも、青アザがチラチラと見え隠れしている。見え透いた嘘だと気づくのに、健一は時間をかけなかった。
僅かながらに憐に対して、怒りを覚える健一。
(確かに数日の絡みでしかないけれど、友達だろ?それともそう思ってるのは俺だけなのか?)
「何かあるなら言えよ。聞いてやるから」
少しだけ冷たい言い方になってしまっただろうか、と反省する健一であるが、こうでも言わない限り憐は話さないような気がした。
『……実は……』
憐は最初こそ渋っていたが、次第にゆっくりと語って聞かせた。
しかしそれは健一にとって、衝撃の内容であった。
憐が通う学校のクラスでは、いじめが行われていたのだ。
登校すると、臭いと言いながら雑巾が入ったバケツの水を聖水と称して憐の頭から掛けたり、黒板消しで憐の顔を白くしてみたり……
それはもう聞くに絶えない惨状であった。憐自身も話すことを躊躇うようなことが他にもあるようで、時々言葉を詰まらせていた。
しまいには今日、キャッチボールの的だと称して憐を壁に磔にし動けないよう固定した上で、何度もボールをぶつけていたらしい。しかも野球ボールなのだから痛いどころでは無い。
「酷すぎる!そんなやつら見返してやればいい」
健一はいてもたってもいられず、立ち上がりその憤りを虚空にぶつけた。
『そんなこと出来ないよ。仕返しなんてしたらかえって何されるか……』
「けどそんな目に見える怪我なんてして、先公とか親とかなにも気づかないのか?」
『階段で転けたって言ったから』
(こいつはバカなのか……!?)
健一は憐が今までされてきたことを、なぜ誰かに話さないのか分からないでいた。
(あれだけのことをされておきながら、このまま黙り続けていたら更にヒートアップするに決まっている!)
もし、健一が憐と同じ学校に通っていたのなら、いじめなど未然に防いでいただろうし、先公にも代わりに訴えていただろう。
「バカ!そこは素直に友達にやられたって言えばいいんだよ。てかそんなやつら友達でもなんでもねぇ。なんなら俺がこらしめてやる」
拳を握りしめ意気込む健一に、憐はクスッと笑ってみせた。
「何が面白いんだよ」
『だって鏡の中からどうやって懲らしめるのさ』
尚も笑う憐に健一はムスッと不貞腐れる。
『でも、ありがとう。ちょっと元気出たよ』
「そうかよ」
たしかに憐の顔は少し晴れやかになっていた。
「まぁなんかあったらすぐ相談するんだぞ。自分で抱え込んでいても良くないからな。話してみたら意外と味方になってくれるやつだって居る」
健一が両手を横に広げて「まぁ、嫌な先公だったとしてもな」と告げると、憐はまたもやクスクスと笑った。
その後少しの間、またゲームの話しやら取り留めのない話をしたあと、「またな」と言って二人は解散した。
次の日の朝、健一が学校に通学すると俊介が浩平を引き連れてやって来るのが見えた。
「健一!聞いてくれよ。あの廃校舎、無くなるらしいんだ」
「今日の朝ちらっと見たら、工事の人が入っていたんだよ」
「え!?」
健一は背筋が凍った。周りの音が遠のいていく。俊介と浩平がなにか話しているようだが、健一の耳には入ってこない。
――なんでそんな急に
昨夜だって「またな」と健一は言った。憐も『また明日』と言っていた。当然、今夜も会うつもりだった。
信じ難い話に健一は、きっと別の廃校舎の事だろう、と思い込むことにした。しかし、健一の胸はざわつくばかり。
その日の授業は、ほとんど健一の耳には入ってこず、ボーッと教室の窓を上の空で見つめるばかりであった。
「あいつどうしたんだ?朝から変だぞ」
「そう……だね。今日はそっとしておいた方がいいよ」
俊介と浩平は、いつも一緒に馬鹿ばかりしている健一が大人しすぎることに違和感を感じ、心配していた。
全ての授業が終わるとスイッチが入ったかのように健一は動き出した。カバンに荷物を詰め、何も言わずに足早に教室を飛び出す。
俊介と浩平は、首を傾げるばかりであったが怒ることはしなかった。健一はなんだかんだ言って、友達思いの奴だと言うことを知っていたからだ。
健一は上履きを雑に脱ぎ靴箱に投げ入れ、外靴に履き替える。そのまま外へ飛び出していき、止まることなく走り続けた。
青空が健一の走る道を照らし、飛び回る蝶が煽るように先へと飛んでいく。
辿り着いたそこは、健一の三倍はあるだろう冷たい銀の壁が建っていた。そこには「建設中」の張り紙が貼られている。
ここからでは中が見えないが、確かにここはあの不思議な鏡――憐と会える鏡が置いてある廃校で間違いない。
健一は、ただ立ち尽くすしかなかった。祈るように違う廃校でありますようにと願っていたが、これを目の当たりにしてしまうと、真実なのだと受け入れるしかない。
健一の頭には、あらゆる葛藤が浮かんでいた。
(「またね」と言ったのに……さよならも言ってないのに……もう会えないの?)
そんな思いばかりが、脳裏をグルグルと駆け回る。
そうしてしばらくそこに立ち尽くしていると、人影が横に並ぶ気配を感じたが、健一の心はそれどころではないので見向きもしなかった。
「ここは、僕にとっても思い出の場所でね」
突然、独り言のように話し始める隣の人に一瞬、なんだこいつと健一は思ったが、「怪しい大人に声かけられてもついて行っちゃだめだよ」と教えられているので無視することにした。
「当時、いじめられていた僕は、とある男の子に出会って救われたんだ。僕もここに居ていいんだって言ってくれたような気がしてね」
そういえば、あのあと憐はどうなったのだろうか。誰かに相談できたのだろうか。健一の頭には、憐を想うことばかり思い浮かぶ。
「それで勇気出して大人に相談したら、瞬く間にいじめがなくなってね。いじめていた子とはクラスが離れて関わり合いもなくなった」
憐もそうであったらいいと願う健一。
隣の大人は健一の顔を見て、優しく微笑んだ。健一は思わず振り向くと、その笑顔に驚いた。
「そのあと、新しい友達は出来なかったけどね」
苦笑混じりの笑顔であったが、それは痛々しくも苦しそうでもなかった。
「へぇ。俺にそれを話してなんか得でもあるのかよ?」
健一は、見知らぬ大人を突き放すように告げた。
「いいや。これは損得の話じゃないよ。ただ僕はお礼がしたいだけなんだ」
さよならも出来ずじまいだったからね、と続けると向き直り「それじゃ仕事に戻るよ」と手を振った。
その姿はどこかで目にしたことがあったが、今度は「またね」も「また明日」もなかった。
健一は自分に問いかける。
(つい先程、さよならを言えなかったことに後悔していたのではないのか?本当にこのままでいいのか)
――俺には憐がついている。
健一は勇気を振り絞って、声を上げた。
「エンドレスファンタジーどこまでやったんだよ?」
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