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元最強の冒険者がギルド受付嬢として働いていた件

冒険者の話はいっぱいあるので、冒険者ギルドで働く人のお話を書いてみました。

 ここは冒険者ギルド、エルフィア支部。

 仕事の依頼を探しにくる人、魔物からのドロップアイテムを換金する人、依頼完了の報告に来る人から、打ち上げの酒盛りで大騒ぎする人たちで賑わっている。


 様々な目的で冒険者たちが集う施設、それが冒険者ギルドだ。


 エルフィアは、王都から離れた場所にあるせいか王国軍兵士が来ることはほぼ無い。近隣の魔物討伐をほとんど冒険者にたよっているため、冒険者の数はそれなりにいる方だ。

 

 朝という時間帯もあってだろう。壁面に掛けられた大型掲示板の前には、貼り出されたたくさんの依頼と真剣ににらめっこする冒険者たちの姿でロビーは埋まっていた。

 

 朝一番の賑わいを見せる冒険者ギルドのロビー。ただでさえ騒がしいその場所をよりいっそう騒がしくさせるガタイのいい男がいた。


「おいおい、なんでオレ様たちがこの依頼を受けちゃならねぇんだよ!」


 男は太いゲジゲジ眉を吊り上げ、依頼書をカウンターに叩きつけると野太い怒声を響かせた。

 

 この体格の良い男は、5人組の冒険者パーティーのリーダー格らしい。

 大きな両手斧を背負い、金属製の肩当や胸甲などを部分的に身に着けた如何にも戦士といった風貌だ。


 彼の後ろには剣士・槍使い・魔導士・ヒーラーという攻守のバランスに優れた4人が控えている。もちろんだが4人とも斧戦士よろしく、それぞれがしっかり武器防具を着用している。これから受けるであろう依頼に向けて、しっかりと準備してきたのだろう。


「そ、それは受注資格を満たしていないからですっ」

 

「はぁ~? オレ様たちはランク2パーティーだぜ。そこらにいるランク1の連中と一緒にするんじゃねぇ」


 斧戦士の迫力に少し押されそうになりながらも、はっきりと受け答えをするのは、ギルドの受付嬢であるネオン。

 彼女は仕事を始めて3ヶ月目のいわゆる新人。それでも、目の前にいる大男の迫力に負けず仕事を全うしようとしている。荒くれ者が多い冒険者には、こういう輩は結構な割合で存在する。3ヶ月も経つ頃には多少免疫ができてくるようだ。

 

 だが、斧戦士はそんなことはお構いないとばかりに、太い眉を吊り上げて受付嬢をさらに威嚇してくる。

 

「ですからっ……。この依頼はランク3からしか受注出来ないんですっ! よく見てください」


「うるせぇな〜。俺たちは金が必要なんだよ。この依頼は俺たちでも出来る簡単なやつだろ。なら俺たちがやっても問題ねぇだろうが!」

 

 冒険者は実力ごとにランク分けされていて、ランクごとに受けれる仕事が決まっている。

 ランクは1〜6まであり、初めはランク1から始まる。本人の実力が上がればランク2、そして3へとドンドン上がっていくシステムだ。ランクが高いと高難度の仕事を受注できるようになる。もちろん危険な分、金払いもいい。

 だが、この斧戦士が持ってきた依頼書の要求ランクは3以上。つまり、ランク2の斧戦士たちは受注資格を満たしていない。

 対応している受付嬢のネオンはまだ新人の域を出ていないが、間違ったことを説明しているわけけではない。5人組パーティーのほうが無茶を通そうとしているのだ。その証拠に、後ろにいる4人はニヤニヤと笑みを浮かべている。早く自分たちの要求を通せと言わんばかりの悪い表情だ。


「ルールなのでダメなんです。それに、ギルドの信用問題にも関わりますっ」


「うるせぇ! お前らキルド職員はなぁ、俺たち冒険者様が養ってやってるんだよ。ただの受付嬢の分際で偉そうなことをいうんじゃねぇ!」


「――――――――っ!」


 受付嬢の少女は若干涙目になりながらも、男の不当な要求に従わなかった。斧戦士は受付嬢を少し脅せば要求が通るとでも思っていたのかもしれない。なかなか従わない受付嬢に焦りと怒りの混じった感情をぶつける。


「おらっ! さっさと言う通りにしろっ」

 

 握った拳をドンッとカウンターを叩きつけて、さらに受付嬢をさらに威嚇する。

 ランク2の力で叩きつけた拳は、カウンターを震わせ盛大な打撃音を発した。幸いカウンターは凹みや亀裂はなく無事なようだが、そばに置いてあった牛の置物が衝撃で倒れてしまっていた。


「――――――っ!?」


 それでも新人の受付嬢ネオンは、脅しに屈せず要求には従わない無言の意思を見せる。

 そのやり取りを見ていた後ろに控えていた4人もしびれを切らしたのだろうか。少女に圧をかけようとカウンターにジリジリと詰め寄ってきた。


「キミ、早く言う通りにしないと……ウチのリーダーが何するか分からないぞ」


 斧戦士率いるパーティーの紅一点。とんがり帽子を被った女魔導士が、受付嬢に忠告という名の脅しをかける。

 とんがり帽子の彼女は勝ち気そうなツリ目で受付嬢を睨む。彼女にリーダーと呼ばれた斧戦士も、たくましい腕から生えている毛だらけの指をボキッボキッと鳴らし、2人の圧が受付嬢をさらに窮地に追い込んでいる。


「………………」

 

 カウンターから漂うただことではない雰囲気に、騒がしかったギルド内もシン……っとする。

 誰か助けてあげたほうが良いのでは……という空気が流れるが、ここにいる冒険者のほとんどはランク1。助けに入ったところで、ランク2の彼らと実力の差は歴然。とても彼らに敵わないだろう。

 

 斧戦士たち5人組は、他のパーティーの獲物を横取りしたりと素行が悪く有名だ。だが実力は間違いなくランク2でも上位に当たる。ランク1の冒険者が束になっても返り討ちにあうだけだ。しかも斧戦士たちは攻守のバランスに優れた編成の5人組パーティー。手を出しようにも難しいだろう。


 彼ら5人組はランク2に上がってから、徐々に素行の悪さが目立ち始めた。今では冒険者の中でも悪い意味で有名なパーティにまでなっている。ただでさえ関わりたくない連中だ。そして彼らはギルド職員にまで食ってかかるまでに増長してしまっていた。

 

 調子にのったこの連中は、あの手この手を使っても自分たちの要求を通そうとしない受付嬢に対して鋭い視線を向ける。


 ついに実力行使するつもりなのか。斧戦士は受付嬢の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 

 受付嬢まであと数センチという、まさにその瞬間だった。


「はい、そこまで。ウチの新人をイジメないでもらえる?」


 あわや胸ぐらを掴まれそうになっていたネオンだが、後ろからきた女性に肩をグィっと引かれ、すんでのところで斧戦士の手から逃れた。


「ああぁん……。何だてめぇは?」


 ネオンを斧戦士から救ったのは、ギルド職員の制服姿の女性、いや少女といった方が適切かもしれない。

 色白で、幼さと女性らしさが調和する整った顔立ち。

 そして肉付きの少ない華奢な体つき。


 ホワイトブロンドの髪からは、先の尖った長い耳がピョコンと出ている……つまりこの女性はエルフ。ネオンもヒューマンとしては相当に可愛いが、やはりエルフは別格。並んでしまうとネオンの可愛さも少し霞んでしまうほどだ。


「リリアさん……」


「ネオン。ここは私に任せて、大丈夫だから」


 リリアと呼ばれたエルフの女は、ネオンの先輩にあたるギルド職員で同じく受付業務担当。新人を助けるために隣のカウンターから割って入ってきたのだろう。

 

「じゃあアンタたち全員のギルドカード出して。私が処理してあげるから」


「ほう……。こっちの姉ちゃんは話が分かるじゃねぇか」


「そうそう、最初からそうしていれば良かったんだよ」


 先程まで憤っていた斧戦士と女魔道士がリリアの対応に笑みを作り落ち着きを取り戻した。


「リリアさんっ、良いんですか? この人たち、受注資格満たしてないんですよ」


「うるせぇ姉ちゃんだな。こっちのエルフの姉ちゃんが良いって言ってんだろ。ごちゃごちゃ抜かすな!」


「――――――――――――!!」 


 リリアが下した判断を心配したネオンが異を唱えるも、斧戦士に即座に潰されてしまう。 

 リリアは心配そうなネオンの肩に手を置くと「ここは私に任せて」と小声で囁き、目で合図を送った。

 ネオンは小さく頷くと、後ろに下がる。この先輩を信用し、全てまかせると決めたようだ。 


 リリアは5人分のギルドカードを受け取ると、丸い水晶の様な魔道具を使って処理を始める。

 慣れた手つきで魔道具を操作すると、球状の水晶が淡い緑色に発光し、リリアの顔を緑光が照らす。数秒後……処理が終わったのか、光が落ち着くと受付嬢は満足そうな笑みを浮かべる。


「よし、処理は無事に終了っと」


「おお、ありがとうよエルフの姉ちゃん」


 ところが、リリアはギルドカードを斧戦士たちに返そうとしない。普通ならば受注情報をカードに記録したら、すぐに持ち主に返すはずなのだが……。


「おい、早くカードを返してくれねぇか」

 

 普段とは違う受付嬢の対応に、不思議そうな顔で斧戦士が問いかける。

 

「大丈夫。処理はもう終わったから」


「ん? なら、とっととカードを渡してくれよ」


「その必要は無いよ。冒険者の()()()()()()が終わったんだから」


「な……、登録抹消……だと?」


「そう。アナタたちは冒険者じゃなくなったから、もうギルドカードは必要ないから。大丈夫」


 リリアは斧戦士たちの要求を承諾したのではなかった。彼らの登録抹消、つまり冒険者資格を剥奪したのだ。彼らはもう冒険者ではない。冒険者ギルドから仕事をもらうことはできないのだ。

 

「アンタたち……素行が悪いって有名みたいだね。 冒険者なんてみんなごろつきみたいなものだし、そのくらいは見逃してあげるけど……、ギルドにまで手を上げたのは良くなかったね。よりによって私の可愛い後輩に噛みつくなんて。まさか私が許すとでも思った?」


「ぬぬぬぬぬぬぬ…………」


 受付カウンター前にいる斧戦士は青筋を立てて低い唸り声をあげる。しかしリリアはそんな目の前の男に対し、薄い笑みを絶やさずに続ける。

 

「ついでにブラックリストに入れといたから。つまり、再登録しようとしても無理ってこと。では……冒険者生活、お疲れ様でした〜♪」


 リリアはニコッと笑い、最後にお辞儀をした。

 

「てめぇ……!! ふざけやがって〜!!!」


 激昂したゲジマユ戦士が背中の両手斧に手をかける。腹いせにギルドで暴れるつもりなのだろう。


「リリアさん、危ないっ!!」

 

 後で先輩を見守っていた新人受付嬢のネオンが、悲鳴のような声をあげる。

 リリアは武器はおろか、防具すら装備していない小柄なエルフの少女。対する相手は筋肉質で完全武装した斧戦士。どう見ても分が悪い。

 憤怒に染まった斧戦士は、両手で持った大斧を振り上げて怒声を撒き散らす。


「ぐおおおおっ………………! クソたっれがあああああああああ!!!!」

 

「ちょっと、危ないでしょ!」

 

「へぶぅっっっ!!!」


 斧戦士の顔面に拳がめり込んだかと思うと、砕けた歯を飛び散らせながら猛烈な勢いで4人の間を通り抜け、遥か後方の壁にズガァァァ――ンという轟音を立てて激突した。

 

 斧戦士はピクリとも動かない。

 誰がどう見ても戦闘不能だった。

 

 凄まじい勢いで壁まで吹き飛ばされた男。呼吸しているようなので、かろうじて生きている。だが意識はなく、立ち上がれる状態じゃないことは明らか。


「な……………………何が起こった。魔法か!?」


 後ろの壁際の光景に唖然とする4人。前に向き直った4人の目に映るのは……ギルド受付嬢であるリリア。

 一瞬の出来事で見えなかったが、小柄なエルフの少女がパーティー最強の戦士を殴り飛ばしたとは思えない。エルフはどちらかと言うと魔法に特化した種族であり、肉体強度ではヒューマンより劣る。先程の攻撃は純粋な力ではなく、魔力を起因とする……恐らく魔法を使ったのだろう――とヒーラーの男が説明する。

 攻撃手段はどうあれ、リーダーはこの受付嬢にやられた。しかも一撃で。この事実は変わらない。

 4人には戸惑いと恐怖が目に宿る。


「ウソだろ……。あいつはランク3間近と言われる実力者だぞ……どんな魔法を使ったんだ」


 力の抜けた剣士が、目の前のリリアとの実力差という真実に体を震わせる。

 勝ち気な目をしていた女魔導士は怯えて後退り、後ろで固まっていたヒーラーの男とぶつかる。ヒーラーの男もリリアと距離を取ろうとしているが、足が震えるだけで一步がでない。


 だが1人戦意を失っていない男がいた。犬獣人である槍戦士だ。


「キサマっ。よくもオレの相棒を………。死を持って償うがいいっ!!」


 カウンターの向こうにいるリリアを敵と見なした犬獣人のランサーは、槍を手に取ると全身からオーラを放つ。体から立ち上るオーラは、手を伝って槍を覆っていく。


「あいつ……戦技(アーツ)を使う気だぞ……」


戦技(アーツ)??」

 

 様子を見ていた冒険者から声が上がる。

 戦技(アーツ)とはより高みを目指そうと研鑽を積んだ者が天啓のように閃く技で、通常攻撃とは比べ物にならない威力を発揮する必殺技だ。


「喰らえっ!! 我王風槍撃――っ!!!」


 数多くの魔物を倒してきた必殺の槍術。槍戦士の全身全霊をかけた渾身の一撃。オーラに包まれて光を帯びた槍が、渦巻く風を伴い一直線にリリアを襲う。


「よっと……」


 リリアは暴風とともに突き出された必殺の槍をしゃがんでヒョイっとかわす。攻撃の余波でカウンターの書類がバサバサと風に舞う。

 

「なにっ…………!?」


 自身の最高の技を難なくかわされ、驚きの表情を見せる槍使い。

 その隙にリリアはカウンターをヒョイっと飛び越える。驚きで硬直している槍使いへと瞬時に迫り、がら空きになっている槍戦士のドテッ腹に拳を放つ。

 

「………………ぐはあっ……」

 

 体をくの字に曲げ猛烈な勢いで吹き飛ぶ。

 槍使いはそのままギルドの壁にドォォンと激突。

 凄まじい衝撃でギルドの建物を揺らした彼は、仲間である斧戦士の隣に仲良く倒れ伏した。

 

 激突の衝撃に耐えきれなかったのか、壁に掛けてあった牛の頭蓋骨が床に落ちる。静まり返るロビーにその乾いた音が音がやけに響いたのだった。

 

「アンタたちも暴れるつもり?」


「…………………………」


 リリアは残った3人の方を振り返り質問したが、答えは帰ってこない。というより放心状態で答えられないのだろう。


「えっと……暴れるつもりなら、止めるしかなくなっちゃうんだけど……」

 

「いえいえ! そんなつもりはこれっぽっちもないです」

 

 我に返った剣士が必死に頭をブンブンと横に振って答える。魔導士とヒーラーもそれを見て必死に頭を振る。


「そう。じゃあ見逃してあげるよ。それじゃ〜、解散ってことで!!」


「は、はぃ…………し、失礼しましたーーー!!」


 恐怖に怯えた3人は、慌ててその場から立ち去ろうとしたがリリアに呼び止められた。

 

「まって、あの2人もちゃんと連れて帰ってね」


「はいっ! もちろんです……」


 リリアが壁際でのびている斧戦士と槍使いを指差している。

 それを見た3人は急いで意識を失っている仲間の元に駆け寄った。

 剣士が斧戦士を、女魔道士とヒーラーの2人で槍使いを、それぞれ抱えあげて逃げるようにギルドから退散する。


「失礼しましたっ!!」

 

 斧戦士パーティーがバタバタと去っていく。ニコニコと見送っていたリリアに、もふっとした振動が襲う。ネオンが抱きついたのだ。


「おっと…………、ネオン……どうしたの」


「リリアさん……ありがとうございました。私…………。本当に……怖くて…………。リリアさんが……危なくて…………心配で……」


 気が動転しているのか、要領を得ない話をするネオン。困った顔をしていたリリアだったが、何かを察したのかネオンの頭をヨシヨシと撫でながら「もう大丈夫だよ」と微笑んだ。


「うおおおおおおおーーーー!!  すっげぇーーーー!!」

 

 われんばかりの歓声がロビーに響いた。

 悪質な冒険者である斧戦士パーティーを撃退したリリアに称賛の声と拍手が送られる。

 

「リリアさん、ファンになりました!!」


「リリアさんカッコ良かったっすー!」

 

「ぜひ弟子にしてくださいっ!」

 

「ボクと付き合って下さい!!」

 

 ドサクサに紛れて変なことを言っているやつもいたが、冒険者たちは羨望の眼差しでリリアを見ている。


「なんか目立っちゃったみたい……」


「良いじゃないですか。みんな、リリアさんに感謝してるんだと思いますよ」


「そうかな……」


 恥ずかしそうに髪をイジイジしているリリアに冒険者から声がかかる。


「そうですよ! あいつらに嫌がらせされてたんです」


「オレもです! 冒険者辞めようか悩んでたんです」


「本当ですっ! 見ててスカッとしました」


 冒険者たちは少なからず、あのパーティーにはひどい目に遭わされていたようだ。自分たちより弱い冒険者をいいように使い、搾取していたのだろう。

 だが、冒険者登録を抹消された彼らはギルドの仕事を続けることはできない。しかも受付にはリリアがいる。もう冒険者ギルドに近寄ることも無いだろう。リリアはネオンを助けるためにやったのかもしれないが、被害を受けていた彼らのことも助けたというわけだ。


「あいつら余程悪いことしてたんだね」


「でも、リリアさんが懲らしめてくれました」

 

 リリアはネオンと顔を見合わせて笑う。


「じゃあ、仕事に戻ろうか」


「はいっ」

 

 2人は仲良くカウンターの方へ歩きだした。その様子を見ていた冒険者たちも我に返り、騒ぎの前に何をしていたか考え始めた。若干興奮が収まらない者もいるようだが時間が経てば落ち着くだろう。

 

 これで冒険者ギルドに日常が戻った。悪は去り、2人の受付嬢はカウンターで業務を、冒険者たちはどの依頼を受けようか騒がしく悩む。

 朝のギルドではこれこそが見慣れた光景であり日常。

 

 と、そこへ誰か階段を降りて来る音が聞こえる。カツカツと靴音を立てて歩くのは艷やかな黒髪を持つ若いヒューマンの女性。彼女はこの建物の2階で働いていているギルド職員。事務担当のエレナである。

 彼女の黒髪は腰まで届きそうに長い。だがそれよりも目を引くのはスタイルの良さだ。出るところが出た女性らしいライン。ビシッとした職員用制服を着ていてもスタイルは際立っていた。依頼とにらめっこしていたはずの冒険者もエレナに視線が移っている。


 エレナは冒険者からの視線を集めながら受付にいるリリアへと歩みを進める。

 スタイルのいい彼女がリリアの近くに立つと対比がすごい。リリアはエルフであり、スラリとした肉付きの少ない種族。対するエレナはヒューマンの中でも抜群のプロポーション。


「ちょっとリリア……。アンタ、また何かやったんでんしょ」


「何よ、その言い方~。悪質な冒険者がいたから少し懲らしめてあげただけよ」


「はあ、少し懲らしめた?」


「そう。いいことをしたあとは気分がいいね」


 得意げに胸を張るリリアはエレナを見ていなかったが、俯いてプルプルと震えているエレナをネオンは見逃さなかった。

 これから何が起こるのかを察知したのか、ネオンはさっと2人から距離をとる。


「なんで少し懲らしめるくらいで建物があんなに揺れるのよっ! みんなビックリしてたわよ!」

 

「えっ…………?」


 エレナの怒りがスパークした。ギルドの空気がビリビリと揺れ、リリアの表情も揺れる。


「しかもすっごい大きな音がしたんだからっ。アンタのことだから、どうせ力任せに暴れたんでしょ」


「………………ああ、そ、そうだね~。でも暴れてないよ。少し揺れちゃっただけなの…………ほんの少しだけ」


「何が少しよっ! いいから支部長に説明してきなさい」


「もしかして……呼び出しってこと?」

 

「当たり前でしょ! ほら、行くわよ」


 エレナはグイッと腕を掴んで引っ張り無理やり連れて行こうとするが、それにリリアが腕を振って抵抗する。


「なんでよ〜、私悪いことしてないのに」


「なら、それを説明してきなさいよ!」


「え~。怒られるのやだよ~」


「アンタは少し怒られたほうがいいのよ! いいから早く来なさい」


 年頃の美しい娘2人が揉めているのは珍しい光景のように思うかもしれないが、この2人は顔を合わせればいつも揉めている。ギルドで働き始めて3ヶ月目の新人あるネオンにとっても、これは日常なのだ。


「リリアさん、まだ怒られると決まったわけじゃないですし……説明だけでもしてきたらどうでしょう?」


 見かねたネオンが諭すように声を掛けた。だが焼け石に水。こんな事を言っても意味ないんじゃないかという空気が流れたが……。


「そうだよねっ。じゃあ行ってきまーす。ネオン、受付よろしくね〜」


「えっ……切り替え早いわね。フンッ、じゃあ行くわよ」


「リリアさん。お気をつけて〜」

 

 怒られる心配が無くなったと勘違いしたリリアの切り替えは早かった。そのまま2人は腕を組みながら階段へ向かっていった。なんだかんだ言って仲が良いのかも知れない。


「だいたいエレナの言い方が悪いのよ。私が怒られるような感じでいうから」


「リリアが勝手に勘違いしただけじゃない」


「そうかなあ……」


「そうよっ!」


「でも! やっぱりエレナの言い方が…………」


 2人の泥試合は永遠に続いていた。やっぱり仲が悪いのかも知れない。

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こんな展開が見てみたいなとか、こうなるとおもしろいかも・・・・・・などありましたら、遠慮なくどうぞ

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