Dパート
配達を終えて、午後に帰局。
まだ班の先輩達は帰って来なかった。
部長曰く……部長が言うわけでもなく、周囲の反応からして
「新人は基本、休息と退社は定時でやってくれ」
「いいんですか?」
「”俺の班”……あ、森橋くんのいる班に関わらず、郵便局は2週間くらいの新人ならその対応をしてる……つもりだ」
理由は当然なんだが。
仕事を初めてする新人にやらせる仕事がない。だから、残業するな。余計なことすんな。やらせられるのは”大区分”、”道順組立”くらいしかねぇーもん。(これについても仕事に慣れる事が必要)
優しい対応に思えて、会社としては”それ”を理解しろって事だ。
……これで勘違いして欲しくないのは、『これだけの業務だけにしてください』って訴えるアホ(どーせ辞める)が1か月ぐらいで現れるんだが……。
【お前の業務くらい半日で終わるんじゃ、ボケ。誤配ばっかしてんじゃねぇよ、バーカ】
って先輩とかはキレそうになる。
ホントに新人に任せる業務量は少ない。昔も今も含めて、少ない。今は特に少ない。
◇ ◇
「みんな集まってー」
13:45。
班に号令が掛かる。
今日、非番の人もいるから全員集合とは行かないが、この班内で覚えるべき人間が揃っている。
度々申し訳ないが、郵便局とかは関係ない。しかし、どの仕事にも要かなめとなる人物がいるというもの。
「私は実です。よろしくね、森橋くん」
30代後半ぐらいだが、優しそうなオーラが出ている実。第一印象から頼れる感じ。
「だはははは、若ぇなー!俺がこの班の最年長、木下だ!」
豪快に笑っている最年長。60代だが、まだまだ若いと思わせる態度の木下。
「矢木だ。……面倒事は山口がやっから、余計な仕事は俺に振るなよ」
ヤンキー。恐そう。怒らせるとヤバイと思った、矢木。
「俺が指導役の山口。朝も言ったけどな。歳が近い同士、仲良くやろうぜ」
自分の指導役で、この班内だと2番目の若さにもなるなんて……。言動とは裏腹に、ちょっとオタク気味な雰囲気の山口。
以上の4名がこの班の主力であり、こいつ等の事は信頼しろという事だ。
森橋からすると、木下と矢木は指導役として、嫌だなーって思うくらいだ。
ただ、人というのは見かけによらないし、外見から判断できることがそのままの人もいる。
「じゃあ、班の自己紹介は終わったし、配達地域に行くか」
「はい!」
森橋は指導役の山口の後ろについていく。郵便物が載る台車を見て、この量をこなさなければいけないのか……って思うかもしれないが、ケースに詰め切っているわけでもない。
郵便配達というか外の業務というのは、”日がある内が勝負”。
午前中をいかに早くできるかがポイントとなる。
ブロロロロロロ
バイクに乗って、午後分の配達地域へと向かったわけだが……。
ガジャッ
一軒家の並びとなる現地に着き、山口は大事な大事な。……とんでもな~~~く、大事な事を教えるため、今日に限っては”仕事”を教える気がない。
「森橋くん。今日は道順の配達は教える気がない」
「はぁ……」
「1区の配達地域を回るには、一日を費やす。だから、”郵便配達”だけ覚えてくれればいい」
「……へ?」
????って思うかも。”郵便配達”を覚えてくれって、間違いなくポストに郵便物を届ける事だろ?想像力のない人に教えるような言い方になっている。
それで概ね間違いない。難しい事じゃないのは、確かだ。
まず始めにとして、山口は封筒や手紙で纏められた1束を森橋に渡す。
「これが”定形郵便”」
「はい」
森橋に渡してから山口はちょっと考えた素振りを見せ、
「……ああ、そうか。配達も手伝わされたんだけ?」
「部長と一緒にしました」
「じゃあ、ポストに無理矢理入れないとかは……部長に言われたよな」
「はい!絶対に無理に入れるな!対面配達をしろって!」
「OKOK。じゃ、”郵便物の向きと持ち方”、”配達の考え方”、”投函方法”を教える」
実際のところ、そこまでの指導はおそらくないはず(研修でもないはず、作者は研修を受けた事がないから知らん)。
集合住宅ではさほど重要ではないが、一軒家の並び……”平地”と呼ぶが、路地などの一軒家では、これがなってないと、配達に正確性が出ない。
まず。
「配達の段階じゃもう遅いが、”郵便物”は必ず、向きを一定にしている。郵便物を1通1通、めくって見な」
山口に言われて、森橋が郵便物の束を捲っていく。山口が”道順組立”をしたものであり、その並びが正しいかどうかなんて、初日の森橋には分からない事であるが。
「向きが一定になっているという理屈はな。”受取人の氏名・住所”が配達員に見やすいように並べるって事。縦書き・横書きと色々あるが、郵便物を持つ左手は郵便物の”左下を持つ”。縦書きは当然、縦で読めるように。横書きは左手が持つ”左下の部分”と重ならないよう、道順に並べる」
「……これ、配達に関係あるんですか?」
もう配達して良くね?って思う説明だと思った森橋だが、山口は一喝。とても大事な一喝。
「これは聞き流すな!!絶対に聞き流すな!!」
「うおっ!」
大事な大事な。……申し訳ないが、大事な事だ。
「郵便配達の”正確”・”速度”において、大事なのは”道順組立”が6割・7割掛かってるんだ!バイクを飛ばすとか、走って配達するとか、ミーティングや点呼点検を無視するとか……そんなので業務改善ができるのは、2割にも満たない!!」
「は、はい!!」
「とにかく、今言ったからな!!基本は”道順組立”こそが大事なんだ!!それは明日の朝、教える!」
今作ではその基本部分を重点的に書けないので、気になる方は
【郵便配達員になろう(道順組立編)】をご覧ください。(宣伝になってスマン)
どんな作業かは、挿絵にしておきます。
「配達の”速度”を上げる話はしない。まず、森橋くんは”正確”にやってくれ」
「分かりました」
大事な事だから、荒げてしまった山口。
配達をせずとも、正確に郵便物を道順に並べるという行為が大事なのは分かる森橋。そこにスパイスを振るかのように山口は説明する。集合住宅ではそう問題ではないが、平地だとそうは行かない。道順がちゃんとしてないと、行ったり来たりに誤配の可能性もある。
そこで山口が簡単なクイズを森橋に出す。読者も考えて欲しい。
「問題を出す。”絶対に郵便物を誤配しない”方法はなんだと思う?」
「誤配をしない方法ですか……」
チクタクチクタク……
「やっぱり、郵便物の氏名・住所をしっかり見て、配達先のポストに投函するとかですか?」
「……0点」
「酷い!!」
ガーーンって表情になる森橋。こんなクイズなんか出題されないが、”正確”な人間が出す、100点満点の回答がある。体に染みついている配達員だっている。
「答えは、”配達なんかしねぇ”。仕事なんかしねぇ……だ」
「なんすか、その答えーー!?」
意地悪問題の度が過ぎるし、それはそれで郵便物の隠匿に繋がる犯罪にもなる事だ。こいつ、犯罪者!?って思うかもしれないが。これにも理由がある。
「ネットの情報とかで色々言われるけどな。配達員が間違えるよりも、お客様同士で間違えている数の方が遥かに多い。郵便物は信用すんな(転送・事故郵便もカウントだ)」
「!」
「それと配達をする前に言うが、この世に”ミスをしない人間はいねぇ”。いるとしたら、何もしなかった人間だけだ」
前置きはさておき、答えの詳細だが。
「まず、分からない内は自分の判断でポストに投函するな。持ち戻っていい。俺も新人時代はそーしてた。実さんや木下に行かせればいい。『間違えました』で済む事もそれはあるけれど、そいつを癖にしちゃダメ。お前は今日、初めての配達だけれど。ここに長年住んでるお客様からしたら、誤配は迷惑極まりない……で、嫌な話を言えば。誰が配ろうが知ったこっちゃねぇのが、お客様の考え方」
配達をしてない内に、この手の問題が発生しやすい箇所。珍しくもない注意がある。
山口は道順に並べてある定形外の郵便物をとり、分かりやすいところを教えた。
「ここに木村ってお宅あるけど、9件先にも木村って家がある。住所が違うからまず間違えないと思う。俺も思ってる。だけど、”道順組立”を間違えたり、”郵便物”や”ポスト”の確認を怠れば簡単に誤配する」
隣同士や同性同番地の誤配も多々あるが、同性でも住所を間違えたケースのある誤配だってある。
いずれの誤配を防ぐには”道順組立”が要かなめであるが、次に配達員の意識的な問題がある。
「”あれ”が口酸っぱく言ったと思うが、ポストに投函する際はどーしろって言ってた?」
「あれは部長の口癖なんですか?……ポストに対して、身体を正面に向けて、郵便物と表札を見て投函するって感じですよね」
「そ。ぜーーーったいに、腕だけ伸ばして、郵便物をポストに入れるな。ついつい、やっちまうけどな」
この投函方法はハッキリ言って、遅い。平地の配達だとそれは顕著に出る。
「けど、この配達方法を固めれば誤配は大きく減る。頭が良いとかじゃなく、郵便配達は体力と集中力の問題の単純業務」
だが、新人は間違いない事が優先だ。そして、誰でも間違えるから気にするな。
確認が連続する事で飽き飽きするんだけれど、
「毎日、数をこなしていけば、確認する速度も上がる。正確にもなっていく。自信も付く。だから、あいつはあの方法をとにかく新人に教える。で、配達が遅くなっても俺達班の人間が、必ずお前を助けるから、しっかり覚えておけ」
「!……山口さん……」
「助けるのも1週間くらいだけどな。じゃないと大変な事になるぞ」
「え」
「お前が」
それが大変な事になるってのは、時期に分かる事である。
ガコォンッ
道順に並んだ郵便物の通り、森橋は定形郵便を配る。その様子を後ろで山口は見ている。一つ一つの動作にあれこれ細かい事は言いたくないが、郵便配達に限った話じゃなく、誰かのミスはこっちに落ちてくる事がある。
先輩・同僚・上司が怒る分には仕事であるし、クレーマーみたいなキチガイに怒られるのは、”はぁ~?”ってしか答えられないような要求ばかり。ただ、良いお客様に怒られるというのは”仕事に対する信頼”に関わるから、あってはならないようにしたい。
周囲の配達を終えて、山口の下へ戻ってきた森橋。バイクにまたがり発進。
平地の配達は、バイクの発進停止の繰り返し。乗り降りの速さも関わる。
「ストップ」
「はい」
バイクに乗車しながらの配達も教えたいが……。(これは作者が非推奨なんだけど)。
郵便物をポストに投函する際のやり方。出来る限り、そうして欲しい、投函方法。
「森橋。今、郵便物に記載されてる住所の面のまま、ポストに投函したよな」
「はい。だって見ないと分からないですから」
「そうそう。そりゃあそうだ」
慎重過ぎるだろ、この野郎って思うかもしれない。間違えたら対処します……その心意気は買う。そういかないのが、仕事なんだ。
次を教える事も、ホントに1から教える事もない。
人それぞれで良いから、仕事に対して模索して頂きたい。
森橋のやり方は間違っていないし、郵便物を誤配したわけでもない。間違っている事を指摘してるんじゃない。先述。このお仕事は体力・集中力の勝負。
山口が言いたい事は
「間違えに気付きにくいだろ?」
「え?」
「だから、そーやってポストに投函すると”次の郵便が見えねぇ”じゃねぇか」
束になっている定形郵便物。
1件に1通だけという事もあれば、2通、3通とあったり、連続で郵便がない事もある。道順組立をした本人ですら、その1通1通の全てを把握してるわけがない。通常郵便だけでも1000,2000は普通に行く。
「指サックをして、ちゃんと捲ったとしても、裏面にくっついてる可能性もある」
「いやそれは……」
「分かってる分かってる。そんなめんどくさい指摘を俺だってしたくねぇ。そんなの気のせいがほとんどだ」
ポストの形や位置によってはし辛いのは確か。そして、くっつき誤配なんて……珍しくない誤配パターンだが、防がなきゃいけないのが務め。そのくっつき誤配は、近隣誤配で多い。隣の家の郵便物を開けちまったら、関係も悪くなる。
無論、気付いてくれて、入れてくれるお優しいお客様もいるけれど。
山口は定形外郵便で行って見せたが、
「ポストに”1通ずつ投函する際”。1通を確認した後、裏返しにして、ポストに入れるようにしろ。案外、こっちの方が入れやすいし、指サックで弾きやすい。1通の裏面を見れるから、くっつき誤配を直前で気付ける」
「はぇ~」
「言わなくても、自然にそうなるけれど(こーいう作品だから、こーいう事を言う)」
トランプを配る感じでは、あまり良くない。郵便物は封筒・紙・ビニールなどなど、材質様々。切手なのか、後納郵便なのかでも大分違う。
静電気でくっつくのは珍しくもない。気付かず、誤配をするというのは避けるべく、投函に対しての注意もするのだ。
「それと心の中で良いから、1通ずつ、住所・苗字氏名を読み上げてから投函。同じ配達地域を続ければ、住所・苗字、……もっと正確になれば、苗字だけで十分になる。1.読み上げて、2.裏返し、3.ポスト投函って感じで良い」
3つの動作を行うと面倒に感じるが、積み重ねて慣れていけば1秒にも達しないで行える。積み重ねが大事。
それと森橋はそーいうタイプではなさそうなので、山口は言っておく。
「慣れない内はポストまで歩いて、郵便物をポストに入れろ。配達地域を知らないでバイクでポストに近づくのは止めてくれ」
配達員によってはバイクに乗りながら、郵便物をポストに入れる人は珍しくありません。ただ、確認がそこそこ疎かになるから、作者・(山口達も含め)はそれを理由で非推奨です。自身が不器用なのも理由に入りますが、……ポストの位置は”お客様の家や車”に近い事が多いです。
郵便局の交通事故の3割ほどは、しょーもない運転ミス。……もとい、停車位置を誤ったり、駐停車中の車や家の壁にぶつけたりしてます。車を持っていらっしゃる方なら良く分かるかと思いますが、駐停車って凄く難しくて、壁に擦ったりするかと思います。
結構、難しいです。バイクだと難易度は各段に落ちますが、それでもそーいう事例はよくあります。大きな事故ではありませんが、物損扱いですし、お客様が見てたりすると結構な事になります。
ブロロロロロ
平地の配達。バイクの動きについてだが、……当たり前だが、”加速”と”停止”の繰り返し。ウィンカーの出しっぱなしなんて当たり前。ローギア走行。
1人でやっていると自覚しないが、訓練などで一緒に配達地域を回っていると急ブレーキと急加速の連続。バイクに近寄る奴なんてそんなにいるわけじゃないんだが、
「スマホを持って自転車を漕ぐ奴と、子供と老人には気を付けろ。あとなるべく、路肩の走行。一々見てる必要はないけれど、周囲の状況は確認・予測して発進しろよ」
集合住宅ならバイクが停止した状態での配達で、そこで事故が起きても怪我がなければ構わないのだが……。平地で事故る場合、バイクにエンジンが掛かっている。停止してても、こっちに問題がないわけでもない。特にバイクの場合、車に撥ねられれば怪我はするし、自転車や歩行者とぶつかれば悪者になる。向こうからの当て逃げだとしても事故カウントするかは現場検証次第で、会社は1%でも悪い部分があれば責めてくる。……仕方ないけれど。
配達に注意するのは、郵便物だけじゃない。ということだ。むしろ、交通事故を起こさないなら誤配してもいいという暴言もはける。
郵便物の配達。配達中の運転の注意。
ここらも基礎中の基礎。算数で言うと、大切な数字の0~9を教えるレベル。四則演算もしていない。
そして、四則演算。……足し算、引き算、掛け算、割り算レベルのお話になる。
山口と森橋は1コマの配達を終えた後、
「じゃあ、次に定形郵便と定形外の郵便を一緒に配りな。俺が先頭を走ってやるから」
「は、はい!」
通常の訓練では……定形郵便を訓練する人が、定形外郵便を指導役が配達する。それは配達地域の道順を覚えてもらうためであり、今は”配達業務”を覚える段階の森橋にはそこまで必要もない。
山口も言っていたが、配達順路を覚えるには1日は掛かるのだ。もう一度、この配達を指導するだろうから、配達の仕事がどーいう動きになるか。知ってもらうためだ。これは仕事によって違うと思う。
山口は次のコマの定形郵便と定形外郵便を森橋のバイクに詰め込む。
言った通り、両方の配達だ。これが、新人時点での基本動作だ。
「配達員の配り方って色んな種類がある。作者のところは、バイクのキャリーケースを開けての配達が多い。前カバンに定形郵便を詰めて、後ろのキャリケースに定形外。やり方は自由だ。誤配や汚損はなるたけすんなってだけ」
個人の配達のやり方の”あれこれ”を注意する人は、いないと思う。……そーいう人物もいたにはいたけど、優秀か早いかどうかは
「勤務態度と誤配の頻度で決まる。この2点を抑えてくれれば、どんなやり方を使っても構わない」
「分かりました」
人には色んなやり方がある。作者のやり方は、ポピュラーのやり方ではない。作者は前カバンに定形外を積込タイプであり、手をフリーにしやすい配達方法をとっている。
ただ、どんなやり方にも共通するという事として
「定形郵便も定形外郵便も思い込みで配達をしない」
「いや、ちゃんと見てますって」
「新人もそーいう口を、1週間くらいはほざくんだよ……」
1人の配達員が一日に千通以上を配達するわけで、道順組立を間違えないように、投函する家を間違えないようにするのも大事。
まだ慣れない場合は、ちゃんと郵便物の住所を見るのだが、慣れが出てくると動作を省きすやい。だからか、……こうして、定形と定形外を同時に配らせると分かる。
『次の定形郵便は、児玉さん。次の定形外郵便は、高田さん……』
脳内でこんな風に連想し始める。それでいいのだが
そんなところに入ってくるのは……
『次の書留は、4-33、八谷さん。次のゆうパックは4-28、高木さん』
という感じに……対面配達をする郵便物も記憶しておかなきゃいけない。書留について嫌な話になるのだが、通常時だと”次の書留”が見えづらいのだ。おまけに”定形外書留”や”代引”などがあると、記憶する量よりも記憶する時間も長くなる。一日終わると要らないのに、中々離れにくい。
この配達業務……四則演算を体でやるようなイメージ。あるいは、勤務中にテトリスをずーっとやってる感覚に近い。
「投函する時にちゃんと目で確認しろ。慣れるのはいいが、慣れすぎると怠慢に繋がる」
すみませんが、前回と今回のお話がほぼ同じなので、前回と同じ挿絵を使います(それだけ、これが大事ということです)