空からたまごが降ってきた話
信号待ちのあいだ、曇り空を眺めていたら。
空から、たまごが降ってきた。
たまごは、鳥の巣に収まるように、人々の頭にふわりとおさまった。
思わず、自分の頭に手を伸ばす。
たまごの硬い殻が、爪を弾いた。
なんだ、これ。
信号が、青に変わる。
たまごを頭に乗せたまま、人々は横断歩道を渡り出す。
ゆらり、くらりと、揺れるたまご。
けれど誰一人、頭に手を伸ばそうとはしない。
曇り空から、また、たまごが降ってくる。
たまごは、一人に一つずつ。
頭の争奪戦に敗れたたまごが、落ちて、割れて、地面に散乱する。
ガシャ。
ガシャガシャガシャ。
割れたたまごには、中身が無い。
なんだこれ。一体、なんなんだ。
「お兄さん。」
不意に、足元から声がした。
小さな女の子が、傘をさして立っている。
「たまごを一つ、下さいな。」
「え……」
「ほら、その頭の上の。そっと取って、私にちょうだい?」
この子にも、たまごが見えるらしい。
言われた通りに、頭の上に手を伸ばす。
どういうわけか、たまごは髪の毛に絡まっていた。
引っ張ると、頭にちくりと、鋭い痛みが走る。
「なんなんだこれ……」
「寄生虫。」
「え?」
「寄生虫なの。宿主の記憶を吸い上げて育つの。
上手く育てば、宿主と成り代わることができる。
でも、たいていは失敗するの。髪の毛を掴んで落ちないようにはしているけど、ほら、みんな毎日お風呂に入ったり、髪をとかしたりするでしょ?大抵のたまごは、それで割れちゃう。」
ガシャ、と、女の子の傘を滑り落ちるたまご。
俺は彼女に、頭のたまごを手渡した。
「そのたまご、どうするの?」
「育てるの。」
「育てる?」
「そう。誰かに寄生させるわ。せっかくこの世に堕ちてきた命だもの、一つぐらい、カタチを得てもいいでしょう?」
そのたまごが、カタチを得たら。
宿主は、どうなってしまうんだろう。
カタチと記憶を得た、殻の中身は。
一体何者として、この世界を生きるのか。
ガシャ。
ガシャガシャガシャガシャ。
「君には、このたまごが見えるんだよね?」
「見えるわ。」
「俺にも見える。でも、他の人には見えてないみたいだ。」
「普通の人間なら、そうでしょうね。」
「え?」
女の子は微笑んで、犬や猫にするかにように、たまごの殻を撫で付けた。
「安心して。この子も、立派に育てるわ。」
ガシャ。
ガシャガシャガシャガシャ。
曇り空を眺めていたら。
空から、たまごが降ってきた。
嘘じゃない、本当の話だ。
なぜなら、この俺も。
かつては、おそらく──。
目にとめて下さり、ありがとうございます。