第64話 考えておきますね
……冗談だろ?
「実家では幼い頃から天蓋付きのベッドで寝てまして、その……出来ればそれを持ってこられればいいな、と思っていたんですけどウチの者が即座に運んできてくれましたので……」
天蓋付きのベッドって、本物のお嬢様すぎるぞそれは。
――さかのぼること数時間前のこと。
霞ノ宮が誇る最強美少女優勝者と準優勝の視線に加え、院瀬見先生の眼圧により俺は一切の否定をすることもなく、つららのお願いに強く頷いていた。
それからはとんとん拍子に事が進みまくり、俺の部屋につららの豪華すぎるベッドが運ばれてきた――というのが現在地。
院瀬見先生はまるで肩の荷がおりたと言わんばかりに俺の肩を軽く叩いて、
「学校では少しだけ優しくしてやろう! そういうわけだから、後は南に任せたぞ! 私は大いに賛成だからな? その時がきたら頼ってくれて構わない!」
……などと意味不明なことを言いながら、先生は院瀬見を残して帰っていった。
「翔輝は女心がまるで分かってな~い! ってことで、あたしは二階の部屋に移るから翔輝はつららちゃんと仲良くするんだぜ~?」
「おい、待て!! 何を勝手に――」
「――あたしがいなくなったからって変なことをしちゃ駄目だぞ?」
「何がだよ!」
新葉にいたっては俺の部屋からあっさりいなくなり、二階の部屋へと移動してしまった。要するに院瀬見のことは俺に丸投げしたということになる。
「翔輝さん」
肝心のつららはご立派すぎるベッドのカーテンから顔を覗かせて、何か言いたげにしている。それも夕飯を済ませて、後は寝るだけの時間になってだ。
「ん~?」
「変なこと、するつもりがあるんですか?」
「…………」
するつもりも無いし、そもそも段差のあるベッドを乗り越える努力をするつもりにもならない。
「黙るってことはそうなんですね?」
新葉の奴が変なことを言うから院瀬見が不安になるというのに。面倒なことになるし、ここは新葉の思惑通りにならないようにしなければ。
「俺を頼ってこの家に来た奴に酷いことをするとでも?」
「いいえ、思わないです」
「そういうことだ。そんな面倒なことはしない」
ただでさえベッドによって俺がいられる面積が無いというのに、それをさらに不遇な状態にするほど俺はM体質じゃないからな。
「……面倒って、そんなこと言わなくてもいいじゃないですか~!!」
「へ?」
「わたしってそんなに面倒なタイプなんですか!?」
「そういう意味じゃなくてだな……」
「じゃあどういう意味ですか!!」
何でこんなにもムキになるんだ?
そんなおかしな感じに言ったつもりはないのに。学校とか外では完璧な美少女なくせして、限られた空間と俺に対してはまるで駄々っ子のようじゃないか。
言葉の意味なんて考えずに軽く流せばいいものを、何でこんな態度を見せてくるのか意味が分からないぞ。
「意味なんて特に無いけど、まぁ、とりあえず落ち着け」
「落ち着いていられないです!! そうじゃなくても……」
怒っているかと思えば、俺の顔を見ながら顔を両手で押さえているし。意味が分からないんだが。
この部屋にそもそも俺が居続けるのもおかしな話だ。
院瀬見がこの部屋で寝泊まりすると言った時点で、本来は俺も二階に移るつもりだった。本来いるはずの親たちの部屋分は空いているわけだから余裕はあった。
しかし院瀬見は新葉の余計な気遣いを素直に受け止め、俺をこの部屋に留めてしまった。
それなのに些細な言葉で怒っているのは謎過ぎる。
「もしかしなくても、わたしが無理言って翔輝さんのお部屋にお邪魔したことに腹を立てている――だから面倒なんですか?」
言葉の意味が全く異なるのに次々と別の思考へと進んでいるようだ。
「そうじゃなくて、同じ部屋で寝ていれば着替えとか面倒だろ? お互いに気を遣うっていうか、それはどう思っているんだ?」
「なぁんだ、そんなことで面倒って言ったんだ~?」
「ま、まぁな……」
口調が以前のようになったか?
「……翔輝さんが着替えとか色々見たいっていうなら考えますよ?」
見たいなんて一言も言って無いが、このまま勘違いさせておこう。
「あん? 考えるってのは?」
天蓋付きベッドが置かれていることで俺と院瀬見はほぼ至近距離状態とはいえ、院瀬見が意図的に近づかない限り過ちは起こりえない。
俺は狭いスペースの布団に寝るだけだし、その場で立ち上がらないと院瀬見の寝姿どころかカーテンすらも動かせないから起こりようがないわけで。
「言葉通りです! 美脚とか、細腕とかなら何もやましくないわけですから、それを見せるだけで翔輝さんの悶々とした感情が抑えられるなら、わたしなりに最善の対策を考えておきますね?」
院瀬見は得意げな表情で俺を見ている。
彼女の中では俺が変な感情を出して覗こうとする気持ちがあることが前提にあるようだ。
「……そうしてくれ。そろそろ夜も遅いし、寝る」
「お、おやすみなさい、翔輝さん」
「おやすみ……」
院瀬見つららがすぐ隣で眠っている――などと考えるのも面倒なので、とっとと寝ることにした。




