第50話 幼馴染が綺麗なお姉さん
「――え? 新葉さんって……小学生の時まで近所だった草壁さん家の? あの人が霞ノ宮にいるの?」
古根高校に入学してまだそんなに暑くない時季。
この頃はまだ親とそこそこ日常会話をしていた。その会話に真っ先に出てきたのが幼馴染の話だった。
「そう。あんたが入った古根高校の隣の霞ノ宮。幼馴染なんだし、会いに行ってあげたら?」
「でもガキの頃に話したきりで顔も全然分かんないし、霞ノ宮って女子だけだし……俺がいきなり会いに行って追い出されたりしたらと思うと、すごく不安になるんだけど……」
親曰く、俺の幼馴染である草壁新葉が霞ノ宮女子学園にいるようだ。しかも会いに行けということらしい。
草壁新葉は俺の一つ上の幼馴染で、俺が小学生くらいまでは近所に住んでいた。家族ぐるみの付き合いがあった関係で一緒に遊んでいたこともあるが、その時のことはよく覚えていない。
「心配無いんじゃない? むしろあんたから会いに行けば喜ぶと思うけど? 草壁さんからもそう聞いているし、霞ノ宮に行ってみたら?」
母は簡単に言ってくれるが、俺はあの人の顔をよく覚えていないしそもそもお互い高校生になっている。しかも霞ノ宮と古根は別学で、そう簡単に立ち入りが出来ない決まりのはず。
幼馴染がいるからって入れるほど甘くない――と思っていたが、
「お話はうかがっていますよ。どうぞ、校内へ」
「ど、どうも……です」
見えない力でも働いたかのように、俺は古根高男子としては初めて霞ノ宮の敷地に入ることを許されてしまった。
教員以外に男がいないこともあって、目的の場所に着くまで俺は生きた心地がなく、ずっと下ばかり見ていた。
しばらくして、
「もしかして、キミが南翔輝くん?」
音域が高いのか、声の通る女子が俺に向かって声をかけてきた。
「んん? 恥ずかしがってるのかな? それとも泣いていたり……?」
恥ずかしいわけでもなく女子が苦手でも無かったが、ひたすら床ばかり見つめまくっていたら、俺の顔を真下から覗き込む美形な女子の姿があった。
「――えっ!?」
「うん、泣いてないようで何より。そろそろ顔を上げてくれるかな?」
思わず俺だけの世界に入りかけていたが、綺麗すぎるお姉さんに呼び戻されて何とか現実世界に戻ってこれた。
しかし綺麗な人だな。
もしかしなくてもこの人が俺の幼馴染なのか?
「あ……俺、古根高1年の南翔輝です。あの、お姉さんが草壁新葉さん……ですか?」
「お姉さん!? い、いい響き……」
……ん?
何も変なことを言ってないよな?
周りに人だかりの女子が出来ているが、俺が言い放ったワードが気になったのかあちこちでひそひそ話が展開されている。
「……コホン、ええ。あたしがキミの幼馴染の新葉さんです! あたしのことは気軽に新葉さんって呼んでくださいね?」
「じゃ、じゃあ俺のことも翔輝で大丈夫です」
「翔輝くん」
「あ、はい」
「うんうん、翔輝くん。これもいい響きだねー」
綺麗なお姉さん――のはずなのに、この人は実は愉快な人だったりしないよな?
「あのー……ここへは本来だと来たら駄目って聞いてるんですが、今後はどうすればいいですか?」
「問題ないですよ。翔輝くんはあたしの幼馴染なので! 次からは広報部に話を通しておきますから止められることはないです。安心してね」
それを聞いて安心した。
不安なのはむしろ俺が今置かれている状況だな。男子が全くいない環境というのもあるが、こんなにも視線を浴びまくるのは正直しんどいぞ。
落ち着いて周りを見回したくても女子からの視線がもはや恐怖すぎる。幼馴染に会うだけに女子だけの教室に乗り込んできた俺が言うのもなんだが。
「翔輝くん、顔が赤いけど熱が出ちゃった?」
「へ?」
「……ん~?」
反抗する間もなく、一瞬の隙を突かれて新葉にくっつかれていた。
「ちょぉっ!? な、何してるんですか?」
「何って、額を合わせてるの」
天然すぎるぞ。
それともこれが自然か?
まさかこんな視線を浴びてる中で額と額がくっつくくらい寄ってくるとは思いもしないぞ。
「こーらっ! 人前でそういうことをするのは感心しないぞ」
恥ずかしすぎてどうにも出来ない俺と、額を合わせたままぴくりとも動かない新葉に対し、ちょっと低音ボイスの女子が割って入ってきた。
「あら? ナナちゃんだ」
「いい加減、その男の子からいったん離れたら?」
「――あ」
低音ボイスな女子も綺麗な顔立ちをしていて、話し方から判断するに新葉の友達のようだ。
俺とたった一つ違いなのに、何でこんなに緊張するくらい綺麗な顔立ちをしている人たちなんだろうか。霞ノ宮学園が美少女だらけとは聞いてないんだが。
「あなたが新葉の幼馴染の南くんですね?」
「そ、そうです」
「私は七石麻と言います。一応、この子の友だちやってます。よろしくお願いしますね!」
「は、はい」
新葉とはまた違う緊張が走る人だ。
「ごめんなさいね。キミの方から来てくれたのに、この子が失礼なことをして」
「いえ、そんなことは……」
ちゃんとしてる人みたいだな。
「コホン。翔輝くん。ここではあまり思いきったこと――じゃなく、話も出来ないでしょうから、移動しましょうか」
「え、どこへ?」
そもそもここへは放課後に来てるからあとは帰るだけなんだが。
「ナナちゃん。いいよね? 連れて行っても」
「……私も後から行くから、先に案内してあげて。そのうえできちんと話をすること!」
「そうする~」
話が全く見えないままで俺をどこかに連れて行く話が成立しているようだ。俺としては数年ぶりの幼馴染に単純に会って終わるつもりだったのに。
そう簡単にはいかないってことを意味しているとしたら、この先不安しかないぞ。
「翔輝くん。あたしから離れたら迷子になっちゃうから離れちゃ駄目だよ?」
新葉はそう言いながら俺の手を強引に掴んで、どこかに向かって歩きだしていた。




