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第15話 上と下と左か右か 後編


「…………もっとゆっくり動かせないんですか?」

「無茶言うなよ。キツキツなんだぞ? 俺が力を入れないと院瀬見だって何も出来ないだろうが!」

「私のせいにするのって、南に自信が無いからですよね?」

「悪いがその手に乗るつもりはない。とにかく、お前はそのまま動かずに黙って上で大人しくしといてくれ」


 カウンセリングルーム兼保健室に入った俺が院瀬見に最初にやらされたのは、老朽化した壁掛け時計のネジ回しだった。


 院瀬見は壁掛け時計が落ちないように、備えつけの踏み台に乗って手を伸ばして押さえているだけに過ぎず、偉そうに見ているだけで文句しか言わない。


 しかも壁掛け時計がある位置は保健室のベッドが置いてある真上にあって、背伸びをしても届かないところにある。幸いにも脚立が近くにあったおかげでベッドをまたぐ形で上がれそうだが。


「ベッドを動かしちゃ駄目とか、融通が利かなすぎだろ……」

「だって右に左にベッドを動かしたら、白くて綺麗な床が傷つきますもん」


 院瀬見がたくさん準備しているという言葉があったが、その意味はどれが正しいドライバーなのか分からないので適当に工具箱を買ってきたという意味だった。


「――っていうか、養護教員はどこにいるんだ? 何で頼まないんだよ」


 普通に考えたらわざわざ俺に頼まずとも、ここで働く教員に頼めば済む話だ。


「養教はわたしたち選抜者の状態をサポートするお仕事も兼ねています。こんな雑用をする時間が無いので普段はここにいません。それに引き換え、そちらは男子生徒会という立派な役目があるじゃないですか。だから南にお願いしました」


 男子全般をモブ扱いする院瀬見に目を付けられたのは俺のミスだな。


 生徒会活動を単なる雑用係と勘違いしているのが何よりの――


「じゃあ俺じゃなくて、さっきまで女子棟にいた副会長でもよかった話だろ。他にも俺よりこういうのに向いてる奴はごろごろいるぞ」

「副会長さんが来ていたことはわたしは知りませんけど。それに……べ、別に男子だから誰でもいいわけじゃないですから」

「……それって」

「へ、変な意味じゃなくって――」


 少し顔を赤くしてるが、恐らく肩車の件と足を勝手に触ったのと、勝手に美脚を見せてしまったのを思い出しているんだろうな。


「――言いたいことは分かるぞ。アレだろ? 俺以外の奴だとお前と対等に言葉を交わせる奴がいないからだろ? 有名人ならではの悩みって奴だな!」

「……ずっとスルーしてましたけど、わたしに対してお前って言うのやめてもらません? わたし、まだあなたの……じゃなくて、正直不快です!」


 院瀬見以外で呼ぶとなると下の名前かあんたくらいしか無いから考えてなかったが、気づかずに幼馴染のアレと同じ感じで接していたか。


「それなら院瀬見オンリーだな」

「あと、『さん』付けも追加してください」

「俺のことは呼び捨てなのに?」

「それはあなたが最初にそう呼べと言ったからですけど?」


 何でこんな作業中にくだらない論争をしないといけないんだ?


 俺としてはさっさと済ませてここから立ち去りたいのに。しかし壁掛け時計を必死な姿で押さえている院瀬見は、何だか愉快な姿に映る。


 バカにしてるわけじゃないが、美少女選抜優勝者がこんな所でこんなことをやってるなんて思わず……


「ぷっ……くく、笑いたくなりそうだ」

「は? 何がおかしいんですか? その対応はわたし、好きじゃないんですけど」

「思い出し笑いだ。おま……院瀬見さんが気にすることじゃない」


 それにしても、老朽化するまで誰も壁掛け時計に対して何もしてこなかったのはおかしな話だ。


 カウンセリングルームらしいが、時計が止まってることに気づかないものなのか?


「なぁ、誰も気づかない壁掛け時計を今さら動かそうとしても意味が……」


 保健室を兼ねているせいか、この部屋は壁や天井に至るまで白で統一されている。その中に不思議と存在感を出しているのが、今まさに直しているアンティークを感じさせる壁掛け時計なわけだ。


 今はみんな携帯があるしタブレット端末も使うから、壁掛け時計に気づくことも少ないはずなんだよな。


 それとも院瀬見には何か思い入れでもあるのか?


「いいえ、あります。確かに今まではあまり必要とされなかったかもしれません。けれども、今後は少なからず男子もここを利用することになります。そんな時に白い天井だけの部屋を見るだけではつまらなくなるじゃないですか」


 ああ、男子のことがあったな。今はまだ生徒会くらいしか行き来してないが、夏休み以降は当たり前のようにいるということになるわけだ。


 ついでにいうと、院瀬見の特別感もサプライズ以降は薄まることに。


「……院瀬見の言いたいことは分かった。ほら、マイナスドライバーを寄こしてくれ」

「マ、マイナス?」

「何だ、知らないのか? 選抜優勝者は才色兼備――」

「――それは別です! そんなことより、素直に教えてくれないとわたしも動きようが無いんですけど?」


 俺は脚立の上に立ちながら基本的に天井付近にある壁掛け時計にかかりっきりで、いちいち工具箱がある机のところまで降りない。院瀬見は手を伸ばして時計を下から支えようとしているが時計が下に落ちる危険性は無く、ずっと押さえつける必要は無かったりする。


「先端がマイナスの記号になってるやつな。見たらすぐ分かる」

「そういうのは先に言ってください! 南が知ってるだけでわたしは普段見たことが無いんですから!!」


 いやに突っかかってくるが仕方ないか。


「とにかく今は院瀬見だけが頼りだから、持って来てくれ」


 外の脚立と違い、今使っている脚立はこの部屋に長いこと置き去りにされていたらしく、不安定な状態だ。少しだけ足が浮くときがあってガタガタと揺れたりする。倒れることは無いにしても、あまり時間をかけていられないのも確かだ。


「……つまり、わたしがそれを持ってこないと南はそこから動けないって意味ですよね? ふーん……」

「変なこと考えるなよ?」

「別に何もしませんよ。マイナスドライバーを持ってきますからそのまま待っててください」


 いくら何でもそこまで意地悪いことはしないよな?


 工具箱の中を物色した院瀬見はすぐに見つけたようで、自分で発見したのが嬉しかったのか、笑顔で近づいてくる。


「あのっ、南の言うマイナスドライバーってこれですよね?」

「サンキュー。手を伸ばして受け取るから、少しだけ近づい――バッ、バカッ! 脚立に足を乗せたら駄目だ!!」

「えっ!?」

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