表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第7話 対面

 私が姿勢を直すと、執事が空いている椅子を引いた。私が執事の方を向くと、

「ミリアリス様、こちらにどうぞ。」

そう言った。私は椅子の前に歩き、ゆっくりと椅子に座った。執事がティーカップに紅茶を注ぎ、ベルドラルド様と私の方に差し出した。そして、

「では、失礼致します。」

執事はお辞儀をして、私の付き人の元へと歩いていく。そして、そのまま一緒に庭園の道を戻っていった。その間、ベルドラルド様はずっとこちらを見向きもせず、黙ったまま本を読んでいる。私はティーカップを手に取り、ベルドラルド様をチラ見しながら紅茶を少し飲んだ。

(気まずい……。)

 ティーカップを置き、私はジッとベルドラルド様を静かに見続けた。辺りから聞こえる草花の揺れる音と、遠くから聞こえる鳥のさえずり、そして、ベルドラルド様が読む本のページをめくる音。ここにはただそれだけの音しかない。ずっとお互いは黙ったまま、ただ時間が流れてしまっている。飲んだほろ甘かった紅茶の味が、今では口の中で無性に苦く感じてしまう。私は目を閉じ、ゼクラスに語り掛けた。

(ねぇ、ゼクラス。この状況、どうしたらいい?)

「(いや、僕に聞かないで下さいよ。ミリアさんの事なんですから。テキトーに話題でも振れば良いんじゃないですか?)」

 ゼクラスは無責任にそう言う。私は薄目で目を開け、ベルドラルド様を再び見る。ベルドラルド様は相も変わらず、こちらに見向きもせずに本を読んでいた。私はティーカップを再び取り、顔を隠す様に再び飲んだ。その間も、ゼクラスに語り続ける。

(あまりにも話し掛けづらい。……というか、何故私を無視しているんだろうか?)

ティーカップを下げても、未だに私を見ようともしない。私はティーカップに残っている、紅茶の水面を眺めた。やはり、こちらから何か話さないといけないかもしれない。とはいえ、何を話せばいいか、それも分からない。そう悩んでいると、

「(こういう時はアレですよ。取り敢えず、ご自分の自慢話でもすれば良いですよ。)」

(それは何故?)

「(ミリアさんが面倒臭そうな人だと思われるか――)」

私は静かに、ゼクラスを握り締めた。ゼクラスは痛みに悶えながら、

「(ジョーク!ジョークですって!!)」

と騒ぎ始める。

 するとその時、ふと何かの視線を感じた。そっと前を向くと、ベルドラルド様がチラッとこちらを見ていた。私はベルドラルド様の目を見て、ニコッと微笑んだ。しかし、ベルドラルド様は何も言わずに、また本を読み始めた。

(ハァ……。)

声に出さない様に、溜息を心の中で吐いた。顔の微笑みを止め、じっとベルドラルド様を見た。そこでふと、ベルドラルド様が読んでいる本に目が入った。今更気が付いたのだが、読んでいる本は小説の様な小さい本ではなく、大きく分厚い本だ。背表紙に書かれているタイトルに目をやると、

(『レべロイド薬草学』……?)

 王子様が見るには、随分と研究者向けの様な本に見える。……そういえば、ここの庭園はベルドラルド様が作ったって、あの執事が言っていた。私はそれを思い出し、庭園を見回した。花壇に咲き誇っている様々な花々は、色取り取りで大きな花弁を咲かせている。けれど、よくその花壇をじっくり見ると、花が咲いていない植物や小さな花弁を咲かせた花も混じっている。それらは何というか、綺麗な花々よりも地味で派手ではない。言ってしまえば、この花壇にその植物は合わない様な気がした。私の家の庭園でもこれ程綺麗な花々の中に、あの様な地味そうな植物は植えないと思う。その手に詳しくないけど、私なら植えない。……けれど、不思議とこの花壇には、そんな植物でも綺麗に飾り付けられている気がした。

 私はこの光景を目に焼き付け、ベルドラルド様の方へ向き直した。ベルドラルド様は変わらず、ただ静かに本を読んでいた。私はいい加減に何かを話そうと思い、ベルドラルド様へこの庭園について聞いてみた。

「ベルドラルド様。先程執事の方に、この庭園はベルドラルド様が作られたとお聞きしました。」

私がそう言うと、ベルドラルド様はチラッと私の方へ目を向けた。しかし、何も言わずに見ているだけだ。私は続けて話し掛けた。

「ここの庭園に入られた時、樹木や草花がとても綺麗で幻想的に見え、素晴らしく思いました。」

 ……我ながら、かなり下手くそな感想だと思う。いや、冗談抜きで下手だ。

「(僕でも、もうちょっとマシな言い方が出来そうですけど。)」

ゼクラスは、そう頭の中に呆れて言った。こういう事を言う機会なんて、今までなかったんだから仕方がないじゃん。私はそう思いながら、話を続けた。

「私の家の庭園でも、これ程の物はありません。全て、ベルドラルド様がお一人で作られたのですか?」

私は微笑みながら、ベルドラルド様に聞いてみた。ベルドラルド様はじっとこちらを見ているだけで、一言も言葉を発さない。私と喋る気はない様だと思い、ベルドラルド様から目を背けようとした。その時、

「あぁ。」

 ベルドラルド様はその一言を言って、本を開いたまま私の方を見た。ようやくまともに話せる事に、私は内心ホッとした。しかし、ベルドラルド様の表情は、どことなく冷たい感じの無表情である。私は戸惑いつつも、笑顔を崩さずに話し続けた。

「これ程の庭園をお一人で作られるなんて、とても素晴らしいですね。ベルドラルド様の好きな花々を植えておられるのですか?」

取り敢えず、ベルドラルド様に失礼がない様に言葉遣いを考えてから話している。でも、自分でも分かる位に、言葉がぎこちない。

「(わざとらしさが際立ってますよ!)」

ゼクラスはそう小声で嘲笑っていた。私は直ぐに、

(庭園が綺麗で、見惚れてたのは事実。ただ、それを上手に伝えれてないだけ。)

そう心の中で、ゼクラスに伝えた。しかし、ゼクラスはそれでも、馬鹿にするかの様にニヤニヤと笑っているのが分かる。帰ったらゴミ箱に投げ捨ててやろう、と思いながら、表情を変えない様にしていた。するとその時、

「全て、母上の為だ。」

ベルドラルド様はそう言い、本を閉じてテーブルに置いた。

 ベルドラルド様のお母様……『アルティア王妃』様の事だ。確か、お母様が副騎士団長になる前に、一時仕えていたと聞いた事がある。教えて貰った時は、お母様が凄く興奮していた覚えがある。とても誠実で気高く、勝ち気な性格らしい。けれど、自らの権威を威張らず、常に腰が低く誰でも対等に話をし、頼りがいがあって尊敬できる人と聞いた。私も何度か会った事はあるらしいが、顔もその時の事も覚えていない。何故なら、生まれて間もない頃にだからだ。そんな時の記憶なんて、覚えている筈がない。それ以降も、お母様とのお話で聞いた事があるだけで、会ったり見たりした事はなかった。……でも、婚約したなら今後お会いする事はある筈。お母様があそこまで絶賛していた方なら、私も一度お会いして話してみたい。私はその事を楽しみにしながら、ベルドラルド様と話しを続けた。

「王妃様の為に作られるなんて、ベルドラルド様はとてもお優しいのですね。私は生まれて間もない頃に、王妃様とお会いした事があるらしいのですが、何分幼かったものですから、余り覚えがないのです。一度でも良いですから、お話をしたいものです。」

「……」

 私が微笑んで言った途端、ベルドラルド様の目付きが変わった。その目は鋭く、冷たく、睨んでいる様な目だ。私は驚きの余り、微笑むのを止めて巣に戻ってしまった。何か言ってはいけない事を言ったのだろうか?早く何かを喋らないといけないと思いつつも、ベルドラルド様のその顔を見ていると、口が開こうにも言葉が思い付かない。ベルドラルド様はその間も、不機嫌そうな表情を変えない。お互いが再び黙ったまま、静かな風が私達の間を流れていく。

(ゼ、ゼクラス。この状況、どうしよう……?)

私はつい、ゼクラスに助けを求めてしまった。しかし、

「(さあ?何で怒っているのかも分かりませんし。取り敢えず、土下座でもすればいいんじゃないですか?)」

そう適当に返してきた。最初から頼りにはしていなかったが、少し真面目にやれ、とゼクラスに怒鳴りたくなった。テーブルで見えない様に、膝の上で手に握り締めて、どうにかしようと考えていた。するとその時、

「そんな事を言ったのは、お前で何人目だと思う?くだらん上っ面の世辞など、もう聞き飽きた。」

 ベルドラルド様は口を開くと、そう怒り気味で言い放った。私は呆気に取られ、その言葉で思考が止まった。言葉の中で『何人目』という言葉に、何故か引っ掛かった。私は止まった思考のまま、つい、

「それは……一体どういう事でしょうか?」

そう聞いてしまった。ベルドラルド様は表情を変えず、一度溜息を吐いた。それに少しイラっとしつつ、表情に出さない様にした。少しの静寂の中、ようやくベルドラルド様が話し始めた。

「お前がこの婚約についてどう聞いたかは知らんが、一言言っておこう。お前は所詮、ただの『婚約候補』の一人なだけだ。」

 ベルドラルド様は口調を強め、ティーカップを取った。そして、ティーカップを口に付ける前に話し始めた。

「この婚約の話は、候補に上がった何人もの貴族に提案されている。当然、それは俺の意志ではない。王家の為の話だ。既に他の令嬢とは面会が終わって、お前が最後になった。」

そう言って、ベルドラルド様は紅茶を口にした。私はそれを聞き、更に思考が混乱した。

(えっ?だって、私とベルドラルド様との婚約の話って聞いていたけど、婚約候補っていうのは聞いてないんだけど。そもそも、それを聞いたの今日目覚めてからだし。というか、別に私はこの婚約自体、そんなに乗り気でもなかったし。)

私は頭を抱えたくなる程、頭が痛くなった。一体何処で、こんな誤解を生んだのかを考え始めた。

(伝えてくれたあのメイド長が、わざわざ私を誤解をさせる様な事を言うとは思わないけど。婚約候補ってなら、しっかり伝えてくれそうだし。…………もしかして、お父様の勘違いか伝え忘れ?)

そう考え付くと、妙に納得感が湧いてきた。一人で勝手に納得していると、ベルドラルド様がティーカップを置き、更に話を続けた。

「元々、ユートラス伯爵が父上の仲の良い馴染みなだけで、ついでに俺と歳の近いお前が候補に上がっただけの話。俺の好みでも何でもないお前とな。」

「(まあ、中身も筋肉モリモリヘビーコングですからね。)」

 私は続けざまに言われた二人の言葉に、一気に心の底まで怒りが満ちた。ゼクラスの言葉はベルドラルド様に聞こえていないが、私の外側と内側を同時に馬鹿にされ、無性に腹が立つ。更には、口を開いてから私の事を『お前』呼ばわりとは。王子とは言え、礼儀がなっていないのではないか?余りにもイラつきが登り、今怪しくにこやかに微笑んでいるだろう。私は静かに、ベルドラルド様の顔を見続けた。ベルドラルド様は、まだまだ口を動かす。

「他の令嬢達も大概だ。口を開けば、上っ面の世辞に身の回りの自慢話ばかり。自身が築き上げたものでもない筈なのに、まるで自分がやりましたとでも言いたいのか。……まあ、興味はなかったが、数人はまともな令嬢は居たがな。」

そう言いながら、ベルドラルド様は溜息を吐く。テーブルに両肘を付けて手を組み、私の顔を見た。どことなく、その目は睨んでいる様に見える。けど、私はそれに怯まずに、何一つ言い返さないで静かにしていた。最早、もう婚約とか候補だとか、今の私にはそんな話はどうでも良くなっていた。兎に角、さっさと終わらせて、お父様と大切なお話をしたい。

「(怒ってます?)」

後、この首にぶら下がる馬鹿を思いっ切りぶん投げたい。いや、今すぐに壁に叩き付けたい。にこやかな顔の裏で、私はそう思っていた。すると、

「ここまで来るのに、随分と大変な目にあったそうだな。……だが、そこまでの事をして、自らの功績を上げたかったか?」

 ベルドラルド様がそう言った。私はその言葉の意味が分からず、首を傾げそうになった。けれど、なんとか首を真っ直ぐに保ちつつ、私は聞き返した。

「一体、何の事でしょうか?」

そう聞くと、ベルドラルド様はまた溜息を吐いて、頬杖を突いた。その姿は、あまりにも横柄な態度をしている。まあ、さっきからだけど。心の中でそう思っていると、ベルドラルド様は口を開いた。

「三日前から、城に居る騎士達がお前の噂を聞く。何でも、お前が襲い掛かってきた盗賊達をたった一人で追い返した上、その盗賊のリーダーを捕えたとの話だ。今でも誰かが口にしている。まあ、誰も信じていなかったがな。」

 私は直ぐに納得した。ここまで来る時に、騎士達や使用人から変に視線を感じたのは、その噂話があったからか。けど、そう不機嫌に言い返される覚えはない。私はつい、聞き返してしまった。

「……何を仰りたいのでしょうか?」

 確かに、まだ十歳になったばかりで、そんな小さな少女が盗賊達を撃退したなんて、普通なら誰だって有り得ない事し信じない。ましてや、例え剣術とかを今まで学んでいたとかで、戦いに助力したなら信憑性はあるかもしれないが、生まれてからそんな事は今までしていなかった。前世の話は別ではあるけど、それでもゼクラスが居なければどうにもならなかっただろう。

「(そんな褒めなくても。)」

(契約解除の仕方を知らない、ポンコツな奴だけど。)

「(本当にその事は申し訳ないですって!!)」

まあともかく、誰も信じる訳がない。私だって、他の人がそんな事をしたと噂されても信じない。だから、その噂話が出回ってベルドラルド様が噂話を聞き、それに対して怒っているのだろう。でも、所詮は噂。信じなければいいし、そこまで怒られる筋はない。……って、何処から出回ったんだ、その噂話は?それに、何故そこまで怒っている?そう疑問に思っていると、

「自身の功績の為に、そんな芝居を用意するなど……。恥を知れ。」

 ようやく、その言葉で怒っている理由を理解した。まさかとは思うが、ベルドラルド様はあの襲撃を私が仕組んだ事だと思っているみたいだ。当然、私はそんな事はしないし、私の家族や使用人達だってそんな恥知らずな事をして、功績を上げようなんて絶対にしない。この国に住まう、大切な民を傷付ける事なら尚更。お父様もお母様もこの国に忠誠を誓い、その身を以て守ろうとしている。それはお兄様達や私だってそう。あの襲撃を私達が仕組んだ事なら、それはこの国に反逆を示す事だ。絶対にそんな事はしない。

「私が、私達家族が、あの襲撃を仕組んだとでも言いたいのでしょうか?」

 湧き上がる怒りを抑え込み、今までになかった位、とても低い声を出した。それでも私は微笑んでいた。それが不気味だったのだろうか、ベルドラルド様は少し怯んでいる様に、表情が素に戻った。けど、直ぐに睨み付けて言い返した。

「それ以外に何がある?わざわざこの時に、そんな偶然が起きるとでも思うか?そんなくだらん功績の為に、騎士達の手が――」

<パチンッ!!!!!>

庭園に音が反響して響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ