第6話 城へ
食事を食べ終えた頃、馬車が城へ通ずる大通りを進んでいた。もう間もなく、王城へと辿り着く。私はその間、王城へ近付くにつれて、心臓の鼓動が高鳴っていた。勢いで屋敷から出たのは良いが、馬車に揺られる内に心が落ち着き、その勢いもなくなってしまった。それに、数日前にあんな事があった上、よくよく思い出せば、私は寝起きしたばかりだ。それに身嗜みは綺麗にしてくれたとはいえ、言葉遣いとか礼儀とか、ある程度は習っていたが実際に使った事がなく、習う時以外で練習すらしていない。つまり、ぶっつけ本番という事になってしまった。
(……やっぱり、別の日に行けば良かったかも。)
私は前髪を弄りながら、心の中でそう思った。徐々に不安が募り、大丈夫か?大丈夫か?と考えてしまい、気持ちが落ち着かなくなった。鼓動の高鳴りを抑えようと、大きくゆっくりと息をし始めた。その時、
「お嬢様、大丈夫で御座いますか?」
そうメイド長に声を掛けられた。
「えぇ、大丈夫よ。ちょっと……緊張してきただけだから。」
私は作り笑いを浮かべ、メイド長に微笑んだ。すると、メイド長が私の手の上に、自分の手を優しく乗せてきた。そして、
「ミリアリスお嬢様は、本当に奥様に似ておられます。」
「えっ?」
メイド長は突然そう言い、私は困惑してしまった。けど、メイド長は穏やかに微笑んでいた。
「私が、お母様に似ているの?」
私はメイド長に尋ねた。すると、メイド長は優しく笑い、語り始めた。
「はい。私も奥様にお仕えしてから、随分と時間が経ちました。昔から奥様は、兎にも角にも勢いで飛び出し、何でも勢いで解決しようとしてきました。そしてよく、周りから心配されていましたし、時には起こる事もありましたね。……きっとお嬢様も、今日の事は勢いで出て来られたのでしょう。」
私は図星を突かれ、頬を指で掻きながら、困り笑顔を浮かべた。更にメイド長は微笑み、話を続けた。
「ただその点、大事な局面の時に緊張して、それを誰かに悟られない様に作り笑いを浮かべるのは、旦那様に似ておられます。それも、直ぐに見抜かれてしまう所も。」
そう言った。私はそれを聞き、変な所が似た事に恥ずかしくなった。きっと、顔が真っ赤になっているだろう。頬が少しばかり熱くなった。
すると突然、話をしていたメイド長がゆっくりと目を閉じ、静かになった。何だか、少し雰囲気が変わった様に感じた。一瞬の沈黙の後、メイド長がゆっくりと口を開いた。
「それから、民を守ろうとするその意思。お二人にとても似ておられます。」
メイド長はそう言って目を開けると、メイド長の目は真剣な眼差しへと変わっていた。私はそれに驚き、顔が素に戻った。そして、ジッとメイド長を見た。
「本来なら、ユートラス家の者をお守りするのは我らの使命。それは、我らの命を掛けて全うすべき使命。しかし、この度の事件。その使命を全うする事が出来なかった事を、彼らの代わりにお詫び致します。」
メイド長はそう言い、座りながら私に深く頭を下げた。私は困惑しながら、
「お、お詫びなんて、別に要らないよ?」
メイド長に頭を上げる様に言うが、メイド長は頭を上げずに首を振った。そして、
「実は、お嬢様と共に行かれたあのメイド達は、私の双子の娘達なのです。」
「えっ!?」
そう話し、私は驚きのままじっとメイド長を見続け、メイド長は話し続ける。
「彼女らが使命を果たせなかったのは、母親である私の責任であります。申し訳ございません。……ですが、」
メイド長はゆっくりと顔を上げた。その目に涙が溜まっており、メイド長は涙を指で拭いてから私を見た。
「お嬢様。私の娘達をお救い頂き、本当にありがとうございます。」
先程のお辞儀より浅く、また頭を下げた。私は良かったと思う気持ちがあるが、こういう時に何て言えばいいか分からず、
「あの、怪我をしたあの娘さんは、あの後大丈夫だったかしら?」
私は、守って傷付いた彼女の事を聞いた。ゼクラスから一応聞いてはいたが、彼女の口からも聞きたかった。すると、メイド長は顔を上げて、満面の笑みを浮かべていた。
「はい。傷一つも残らず、元気に致しております。また後日、娘達からもお礼を申し上げさせて下さい。」
私はそれを聞いて安心した。私は微笑んで頷き、王城に到着するまで静かに微笑み合っていた。
そうしてしばらく経ち、ようやく王城に到着した。王都を象徴する、高く大きな城がそびえ立っている。
「(随分と大きい城ですね~。)」
(そうね。)
馬車で会話していたおかげか、緊張も解れて気分も楽になっていた。城の入口で馬車が止まり、御者が扉を開けてくれた。私はゆっくりと馬車から降り、胸を張って立ち上がった。すると、
「お待ちしておりました。ミリアリス様。」
入口で待っていた執事が、お腹に手を押さえてお辞儀をしてきた。私は両手でスカートの裾を摘まみ上げ、片足を内側に下がらせて膝を曲げ、背筋を伸ばして挨拶を返した。
「ミリアリス・オーベルト・ユートラスで御座います。此度の、ベルドラルド・オウル・ラザベルト様との婚約のお話を受け、参上いたしました。本日の突然の参上をお許し下さい。」
私はそう言い切り、元の体勢へと戻った。そして、ジッと執事の顔を見続けた。執事は一瞬、戸惑った表情を浮かべていた。私はつい、ゼクラスに聞いてしまった。
(大丈夫だったよね?今の……。)
「(さあ?それっぽかったですけど、僕は礼儀作法なんて知りませんし。)」
ゼクラスが無関心な感じで言い、私は直ぐに心配になった。すると、
「ベルドラルド様がお待ち致しております。どうぞ、こちらへ。」
そう執事が言って、城の方へ手を差し伸べた。
「ミリアお嬢様。お二人、お付き人をご同行させます。私共は旦那様の元へ向かいます。」
「えぇ、お願い。」
私がメイド長に言うと、側にいた二人のメイドがお辞儀をし、私の側に付いた。
「では。」
執事が城の方へ歩き始め、私達は静かに執事の後ろを歩いていった。
大きな廊下を歩いていると、前から来る使用人や騎士達が私にお辞儀をする。私は軽く会釈をして、彼らと通り過ぎていった。しかし何故か、彼らと通り過ぎた後、後ろから私を見る様な視線を感じた。気のせいかもしれないが、どうしても見られている様な感じがしてしまう。
(変な気分……。)
私は気にし過ぎと思い、気持ちを落ち着かせながら歩き続けた。
そうして暫く歩き続けていると、ふと前から、良い香りを乗せた風がそよいできた。その香りは、甘い果実の様な匂いだ。更に歩き続けていると、大きな扉の前に辿り着いた。執事が取っ手を握り、扉をゆっくりと開けた。その扉の先には、素晴らしい景色が広がっていた。
「……綺麗。」
様々な草花が植えられ、木々からは甘そうな果物が実っており、緑溢れる自然が目の前に広がっていた。一瞬、ここが別の場所なのかと思ってしまったが、自然の隙間から見える城の外壁が、ここが城の中だと再認識してくれた。
「ここは、ベルドラルド様が造られた庭園で御座います。」
そう執事が、私の方を微笑みながら話した。私はベルドラルド様に驚嘆していると、執事は木陰の下に伸びている、一本の石畳道を歩んでいった。私はキョロキョロと風景を眺めながら、執事の後を付いていく。二人のメイドも私の後に付いて来るが、私と同じ様に周りを見渡し、この光景に目を奪われている様だ。確かに、私の家の庭園より小さいが、遥かにこちらの方が綺麗である。すると、
「(随分と、お金が掛かりそうな事をしますね~。何が良いのか、僕には分かりませんけど。)」
ゼクラスが嫌味っぽく言い、つい私はゼクラスを握り締めた。痛みに悶えるゼクラスを無視し、私はこの景色を見続けた。
石畳道を歩き続けていると、道の先から仄かな光が射し込んでいた。木陰を抜けて光の射す場所へと辿り着くと、その光景に私達は立ち止まった。広く開けた場所に小さな緑に包まれ、清々しい風が流れ、透き通った水が水路を巡り、花壇には彩り豊かな様々な花が咲き誇っていた。それは言葉では言い表せない程、幻想的で美しい光景が広がっていた。そして石畳道の先に、この庭園の中央であろう丘にポツンっと、テーブルと椅子を置いているガゼボが建っていた。そして、そこにある椅子に座って、本を読んでいる青年の姿が見えた。恐らく、彼がベルドラルド様で間違いないだろう。
身体はスラッと細く、金色の髪が目立つ。けれど、青い瞳の鮮やかさも、髪の色に負けず劣らず際立っている。無表情の横顔だけ見ても、顔が整っているのが分かり、ハッキリ言って人形の様な綺麗な美青年。
「(ミリアさんって、こういう人が好みなんですか?)」
(客観的な評価で、私の好みではない。……まあ、嫌いでもないけど?)
ゼクラスにそう言いつつも、少しその姿に見惚れているのも事実。婚約者が王族である事にも驚きだが、あんな綺麗な人と婚約するのも驚きだ。……ただ一つ不満なのは、父親が決めた婚約で仕方がないとはいえ、出来れば私が本当に好きになった人と結婚したかった。まあ前世の私は、恋愛の『レ』の字すらなかったし、誰かのせいで戦いに追われる毎日だった上、学生生活を謳歌出来ずに死んだし……。とはいえ、前世も含めてまだ出来た事もないけど、もう少し人生をゆっくりと楽しんで、心の底から好きになる人を見つけたかった。仕方がないけども。
「(意外とロマンチストなんですね。)」
(うっさい。)
私は少し恥ずかしくなりながら、再び足を進めた。付き人のメイド達は、木陰で立ち止まってお辞儀をして止まっていた。どうやらここから先は、私だけで行かなくてはならない様だ。執事の後に付いていき、ベルドラルド様の顔が良く見えてくる。見れば見る程、その見た目に見惚れていく。丘を登り、ガゼボの内側まで入った。
「ベルドラルド様、ミリアリス様がお見えになられました。」
執事がお辞儀をして言い、私の前から横にずれた。私は緊張しながらも、ここに来て挨拶をした時と同じ様に動き、ベルドラルド様に目を閉じてお辞儀をした。
「ミリアリス・オーベルト・ユートラスで御座います。此度のベルドラルド様との、婚約の御挨拶をしに参りました。」
……そう挨拶をしたが、いつまで経っても返事も声掛けも何も聞こえない。ただ聞こえるのは、そよ風に揺られる木々の音だけだ。私は姿勢を崩さずにそっと顔を上げ、ベルドラルド様の方をチラッと見た。するとそこには、無表情で本を読み続けているベルドラルド様が居た。その様子はもう、私という存在に気が付いていない様な、そもそも居ないと思っているのだろうか……、ただそんな様子だった。
(――いや!無視すんなよ!!!?)
つい、心の中でツッコんでしまった。




