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第2話 家族

「(ちょっと隠れてて!)」

「グェ!?」

 ゼクラスを鷲掴みに掴んで、布団の下に潜り込ませた。そして、

「ミリアリスお嬢様、失礼致します。」

扉越しに女性の声が聞こえ、ドアノブが回った。私は慌てながらも、布団を綺麗に直して座り直し、その直後にメイドが入ってきた。ゼクラスの事や、前世の記憶が取り戻したせいなのか、心臓の鼓動が高鳴っている。心を落ち着かせようと、扉を開けて入ってきたメイドに、

「お、おはよう。」

 平静なふりをして、いつも通りに笑顔で挨拶をした。すると突然、メイドは驚いた表情になり、目から涙を流して私の元へと駆け付けて来た。

「――ッ!お嬢様!お目覚めになられたのですね!」

そう言って、ベットの横に座り込んだ。間近で見るその表情は、涙でグチャグチャになりながら、切羽詰まった表情をしている。私はそれを見て、余計に動揺してしまった。

「う、うん。ついさっき。」

「痛い所はありますか?ご気分は大丈夫ですか!?」

メイドは間を開けずに聞いてくる。私はその圧に押されそうになるも、なんとか平静を保ち続けた。

「だ、大丈夫よ?何処も痛くもないし、気分もいつもと変わらないわ。」

そう言うとメイドの表情はようやく和らぎ、両手を合わせて涙を流しながら喜んでいた。

「あぁ精霊様、お嬢様を御守り下さいまして感謝致します!――直ぐに奥様方とお医者様をお呼び致します!それから……お食事の用意も。」

そう言って立ち上がり、慌てて部屋から出ていった。私はこの間、ずっと呆気に取られていた。高鳴っていた心臓も、いつの間にか静かになっている。

「あの慌てぶり、一体どうしてなの?」

私が不思議そうに言うと、

「そりゃあ、ベランダから落ちてれば慌てますよ。」

 私はそれを聞き、壊れたロボットの様にゆっくりとゼクラスを見た。ゼクラスは布団からヒョコっと顔を出して、私の方へと向いている。その表情はニコニコと笑みを浮かべていた。

「ベランダから……落ちた……?」

「はい。それはもう頭から地面に向かって。それから六日間、ずっと眠ってましたよ。」

「六日……?」

ゼクラスがさりげなく言った言葉に理解できず、クラっと頭が眩んだ。そして、頭を抱えて状況を整理してみた。

 あの時、ゼクラスが突然現れて意識を失い、そのまま頭から落ちたんだろう。そして、今日までずっと寝ていた。私は頭を整理しようと、頭頂部や首、身体を触ってみたり、服を捲って肌を見てみる。けれど、綺麗な肌のままで、何処も痛みも怪我らしき跡もない。

「なんとも……ない?」

「流石、強靭ボディの持ちぬ――」

<ムギィー!>

 喋っている途中のゼクラスを引っ張り出し、両頬を思いっ切り摘まみ上げた。

「|いひゃいでふ。ほほをひっはらないへ……《痛いです。頬を引っ張らないで》」

「どうして!?そんな重要な事を言わない!!」

<パチンッ!!>

ゼクラスの頬を離し、音を立てて頬が元の位置に戻る。

「だって……、話すタイミングもなかったですし、なんともなさそうだったので……。」

 ゼクラスはそう言いながら両頬を手で押さえ、そのまま布団の上に落ちて寝転んだ。私は呆れながら、捲った服を元に戻していった。しかし、これでようやく、あのメイドの慌てぶりの理由が分かった。私がそんな事態になっていれば、当然あれ位は慌てる。無傷で済んでいるのも奇跡だろう。

「あ、後、一応落ちている時に頑張って引っ張り上げてたんですよ!僕に感謝してくだ――」

「やかましい!!」

<ベシンッ!!>

 ゼクラスが自慢げに身体を起こして言い、私は即座にチョップを繰り出した。ゼクラスは避ける事も出来ず、その身体が布団に押し潰された。手を持ち上げると、布団の上にぐったりと倒れている。しかし、

「暴力はんた~い……。」

ゼクラスはそう言いながら、余裕そうにゴロゴロと布団の上で転がり始めた。それを見て余計にイラッとし、溜め息を吐いた。

「ホント、アンタと居るとろくな事が起きない。……いや実は、落ちたショックで前世の記憶を取り戻して、その影響でアンタが幻覚として見えているだけなのでは?また眠れば消えてくれるんじゃないかな?」

「残念でした~。幻覚じゃないですし、契約してくれるまで消えませんよ~。」

<ムギッー!!>

ゼクラスの生意気な表情に、私のイラつきが限界まで達し、無言で今迄よりも強く頬を引っ張った。ゼクラスの頬は、ゴムの様に延びきっていた。

ほえんなしゃい(ごめんなさい)じょうはんんえす(冗談です)……。」

<コンコン>

「!!」

 再びドアがノックされ、私はゼクラスの頬を離し、慌てて布団の中へと隠した。そして、平常心に戻り声を掛ける。

「どうぞ。」

そう言うとドアが開き、ドアの向こうでメイドがお辞儀をした。そして横に退くと、その後ろにお母様と二人のお兄様が居た。そして、

「ミリア!」

ヨルネスお兄様が私の元に駆け付け、私を強く抱き締めた。

「良かった、怪我がなくて本当に良かった。」

ヨルネスお兄様は身体を震わせ、頬からを伝っていた。それを見て、もう一度自分の身にとんでもない事を起こしてしまった事を再認識したのと、家族や使用人達に大きな心配をかけた事に申し訳ない気持ちが広がった。

「ヨルネスお兄様……、ごめんなさい。」

私の目からも自然と涙が流れ出て、お兄様の身体を強く抱き締めた。すると、もう一人のお兄様も歩いて近付いてきた。

「全く、少々お転婆が過ぎたんじゃないか!?これからは、一人の令嬢として自覚するべきだ!」

バルドお兄様は私に怒った。それは当然の事なのだが、今まで怒った時よりも怖い。私は直ぐに謝った。

「ご、ごめんなさい。バルドお兄様……。」

「本当に分かっているのか?そもそもヨルネス、お前が――」

<バチンッ!>

「痛っ!」

 後ろに居たお母様が、バルドお兄様の頭を持っていた扇で叩く。そして、お兄様の横に移動した。

「お叱りはそれ迄よ、バルド。」

「は、母上。しかし……」

「ミリア、本当に怪我がなくて良かったわ。」

お母様がそう言いながら、ヨルネスお兄様と一緒に抱き締めた。バルドお兄様はそれを見て、叱るのを止めた。

「お母様、ごめんなさい。」

「良いのよ、ミリアが無事なら。精霊様のご加護があって、本当に良かったわ。」

この暖かさが、随分と懐かしい様に感じた。私は大声を上げて泣き始めてしまった。その間、家族は静かに泣き止むのを待ってくれた。

 暫くして、ようやく私は泣き止む事が出来た。あれだけ泣いた事で、色々と気持ちの整理が出来た気がする。お母様は私から離れ、私の頭を撫でてくれた。私は涙を拭いてお母様の顔を見た。しかし何故だか、お母様のその目は輝いているように見えた。すると、

「では、今度はベランダから落ちても、無事に着地出来る様に訓練致しましょう!」

そう言って、私の肩に手を乗せてガッツポーズを決めた。

「母上!!」

 バルドお兄様が即座に、お母様を私から離して叱り始めた。流石、元副騎士団長のお母様。考えている事が違う。私は苦笑いを浮かべていた。

「ミリア~、ミリア~……」

それと、ヨルネスお兄様が未だに抱き付いたまま離してくれない。少し息苦しさを感じ、お兄様に離れて貰う様にお願いした。

「ヨルネスお兄様、もう大丈夫ですから。そろそろ離してください。……息苦しいです。」

「ほんとうにだいじょうぶなの?ほんとうに?」

「大丈夫ですから。」

 私は泣き続けているヨルネスお兄様の頭を撫でた。それでもお兄様は泣き止まず、私の肩に顔を伏せてしまう。私はお兄様が満足するまでこのままでいようと考えたが、同時にこれではどちらが年上だか分からないと思ってしまった。

(いや、精神年齢で言えば、確かに私の方が上なんだろうけども。)

「(つまり、もうそんないいお年なんですね。)」

頭の中にゼクラスの声が響く。

(合算しても、そんな年じゃないわ!)

片手で布団の上からゼクラスを探り、頭らしき部分を強く握った。

<ギリギリ……!>

「(痛い痛い痛い!冗談ですってば!)」

布団の中でゼクラスが暴れる。すると、ヨルネスお兄様が私の顔を見た。

「ミリア、どうしたの?」

ゼクラスが暴れすぎて怪しまれたか?と思い、直ぐにゼクラスを離して誤魔化した。

「いえ、何でもありません。少々、身体が痒くなってしまって。」

「……本当は怪我を隠しているんじゃないの?」

「へ?」

 お兄様は私から離れ、顔を間近まで近付けてきた。その目は真っ直ぐと、私の目をじっくりと見てきて、私の身体は固まってしまった。

「見せて?僕が見てあげる。」

そう言って、ヨルネスお兄様は布団に手を掛ける。私はハッとし、お兄様の手を抑えて止めた。

「ま、待ってください。大丈夫ですお兄様!本当に何ともありませんから!?」

「大丈夫だから。ほら――」

<パンッパンッ!>

 ドアの方から、手を叩く音が響き渡る。私達全員がそちらを向く。そこにはメイド長と、女性の医者らしき人が居た。ヨルネスお兄様も手を止めて後ろを向いていた。

「皆様方、お医者様が来られました。そろそろご退出をお願い致します。」

(た、助かった!)

私はつい安心してしまった。ヨルネスお兄様はなんだか残念な表情をし、私から離れていく。そして、

「……仕方ない。また後で来るからね、ミリア。」

ヨルネスお兄様はそう言い、私の額にキスをして去っていった。私は驚き、キスされた部分を触った。

(一応兄妹とはいえ、これは恥ずかしい。)

「(見ているこっちも恥ずかしくなりますよ?アレは。)」

恐らく今鏡を見たら、私の頬は真っ赤に染まっているだろう。私はそっと手を下げて深呼吸をした。すると、

「では、私は母親としてここに――」

お母様がベットの脇に移動して座ろうとした。しかし、

「母上は仕事がまだありますでしょう!後は医師に任せて、ほら、行きますよ!」

「あ~ミリア~……。」

 お母様はバルドお兄様に引き摺られながら、部屋から去っていった。それを苦笑いを浮かべて見送った後、メイド長とお医者様が入って来られる。そして、ベットの脇にお医者様が座り、話しかけてきた。

「おはようございます、ミリアリス様。ご気分は如何でしょうか?」

「ええ、問題ありません。」

「ご無事で何よりで御座います。そうですね……。身体の所見と念の為に触診を致しましょう。上着を脱いで頂けますでしょうか?」

「分かりました。」

 私は軽やかにベットから立ち上がる。メイド長に手伝ってもらって、上着を脱いだ。そして、お医者様の方を向いてベットに座った。

「失礼致します。痛い所があればお申し下さい。」

お医者様は私の身体を、隅々まで触っていく。その手から魔法を使っている様で、薄っらと魔法陣が浮かび青く輝いていた。私はそれを見ていると、光が反射して輝く自分の肌に目が行く。変な話だが、あまりの綺麗さに少し惹かれてしまう。

(なんだろうか……。前世の時は泥や怪我だらけになっていたし、こうも綺麗になっていると違和感を覚えるなぁ。)

「(ああ、記憶を取り戻さなければ、その綺麗な身体のままでいられたのに。これからは、筋肉モリモリになっちゃうのですね。)」

(ゼクラス!前世でもそんな事になってないから!……アンタ、後で覚えときなさいよ。)

「?ミリアリス様、痛い所が御座いましたか?」

ゼクラスに怒りが出た瞬間に、少し力んでしまった様だ。

「あ、いえ。ちょっとくすぐったかっただけなので、気にしないで下さい。」

「失礼致しました。続けさせて頂きます。」

お医者様はそのまま続けていった。

(……全く、今はあまり怒らせないで。というか、人の心の声を聞かないでよ。)

「(別に良いじゃないですか。僕達の仲なんですから。)」

(全然良くない。)

 暫くして診察が終わった。私は新しい上着をメイド長に着させて貰い、ベットに座り直した。

「特に怪我等は御座いませんでした。ですが、眠っていた時間が長かったので、栄養のある食事を摂りながら二、三日は安静にしてください。」

「ありがとうございます。」

「ではお嬢様、直ぐにお食事をお持ち致しますので、此方でお待ちください。メリア様、本日は大変ありがとうございます。」

 メイド長とお医者様は、そのまま部屋から出ていった。私がベットに行儀悪く寝転ぶと、ゼクラスが布団から出てきた。そして、私の真上をグルグルと飛び始める。

「いやー、大変でしたねー。」

「アンタのせいでしょうが!」

<ムギィー!>

呑気なゼクラスを捕まえ、両頬を引っ張った。

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