第12話 無謀な解決策
「お休み。ミリア。」
「お休みなさい。ヨルネスお兄様、バルドお兄様。」
お兄様達に部屋まで見送られ、私はベットに座って部屋から出ていくお兄様達を見送った。扉がゆっくりと閉まると、私はそのままベットに横たわった。
「ハァ〜……。取り敢えず、心配事の一つは解決?……したかなぁ。」
私はそう、枕を抱き抱えて蹲った。すると、
「いや〜、まあ良い家族さんで良かったですね〜。」
ゼクラスが私の視界に入り込んできた。その表情は、何だかいやらしい笑みを浮かべている。私はゼクラスに向け、デコピンをした。
「イタッ!?何で!?」
「なんかイラついた。」
「酷すぎじゃないですか!!」
ゼクラスは怒りながら、私の側に寄ってきた。私はゼクラスを軽くあしらい、枕を手放して仰向けになって上を見上げた。そして、先程の会話を思い返して、大きく溜め息を吐いた。
「お母様達が味方とは言え、城からの伝達が来るまではまだまだ安心は出来ないかぁ。」
そう声に出して言った。家族がとても心強いのは確かだが、巻き込んで家が傾く状況になるのは避けたい。それに、私に何らかの処罰が伝えられれば、家族総出で反抗しそうな様子が目に見える。なんとか回避する方法があれば良いんだけど……。
「土下座で謝罪?」
「それは嫌。というか、無駄な気がする。」
私は即答した。いくらアルティア様の事情を知らなかったとは言え、あの暴言王子に土下座まではしたくない。私だけなら兎も角、家族皆の事を悪く言われたら許せる訳がない。けれど、それで済むなら全力でするけども……。でも、あの王子の性格を考えたら、土下座した所で許されそうにない気がする。
「あ~ぁ、ど〜うしよう~か〜……?」
処罰の回避は無理だと考えて、下される処罰はどうなるだろう?謹慎とか罰金。後は貴族位の剥奪とか、最悪は国外追放?そうなってしまうと、それまでにやらなくてはいけない事は……。お金の面や生活力、国外に追放となれば言語の問題……。一人でも生きていく為には、あまりにも準備する事が多過ぎる。私は両手で頭を抱え、静かに項垂れた。すると、
「ちなみになんですけど?あの王子さんが怒った理由って、積もりに積もった物がミリアさんの発言で爆発した、って感じですよね。」
ゼクラスがそう言って、窓の外を見始めた。
「……まあ、その可能性はあるかな?」
私はそう言って両手を下ろし、ゼクラスの方を向いた。ゼクラスは続けて話していく。
「そもそも乗り気じゃない婚約話。それを押し進められたのは、いつ死ぬかも分からない母親を心配させない為、でしたよね?」
「確か……、そう言っていたね。」
「つまりは、母親を心配させなければ良いって事ですよね。」
私は頷き、お爺様が話していた事を思い返した。不治の病を患って、確か三年は経っていると言っていた。日に日に病が悪化して、いつ死んでしまうかも分からない状況らしいけど……。そう思い返し、私の心の中は暗い気分になった。すると、
「ならその王子様の母親でもある、アルティアっていう人の病が解決すれば、意外とどうにかなるんじゃないですか?」
ゼクラスは両手を叩き、私の方を向いて呑気にそう言った。私は直ぐに起き上がり、ゼクラスを睨んだ。
「そんな簡単な話じゃないでしょ!不治の病だよ?腕の良い医者をかき集められて治療をしたけど、一向に治らなかった病だよ!?」
私は呆れながら言った。けれど、ゼクラスは笑みを崩さない。私はゼクラスのその表情を見て、苛立ちを覚えながらも不思議に思った。すると、
「だったら『聖女様』を連れて、そんな病を治してみせましょうよ!」
「……はぁ?」
ゼクラスは胸を張り、指を立てて自信満々に言った。私はゼクラスのその言葉に、完全に呆れ返ってしまい、片手を頭に当てて伏せた。
(ゼクラスはいつもいつも、能天気な事ばかり言って……。『聖女』なんて居たら、とっくに呼ばれているだろうし。というか、そんな人が居るなんて聞いた事――)
私はそこで呆れ返っていると、ふと『ある人』を思い当たった。そして、ゼクラスに顔を近付けて声に出した。
「『フィリア』!」
私がそう言うと、ゼクラスはその場をクルっと回転した。
「そうですよ!ミリアさんが僕のリンク・オンで『フィリア』になって、その人に奇跡の力を使えば治せるかも知れませんよ?」
確かにリンク・オンを使えば、無学な私でも治療の力を手に入れられる。最悪治せなくても、改善の方向に向けられるかもしれない。
(そうとなれば早速……。んっ?)
そこまで考えた私は、ふとある事を思った。
「つまり、私が城に行く事になるって事だよね?」
「当然そうですよ。」
ゼクラスは頷く。その様子はやはり、そこまでの事を考え付いていない様に見えた。私は淡々と、その思った事をゼクラスに言った。
「……幾らなんでも、『私が治しに来ました』って言って、王妃様の元に連れて行けるとでも思う?こんな小さい子供で、更にはベルドラルド様を叩いた人を?」
「……」
私がそう聞くと、ゼクラスは明後日の方向に顔を向けた。私はガクッと項垂れた。
「治すのは良い案だけど、常識的に考えて通される訳がない。追い返されるのが目に見える。……それに確か、この事は秘密にされているってお爺様が言ってたじゃん。」
私はそう言って、溜め息を吐いた。すると、ゼクラスは再び私の方へ向き、
「なら、コッソリと忍び込みましょう!」
そう笑顔で言った。私はゼクラスを呆れた表情で見た。当のゼクラスはその場で、動きを付けながら喋っていく。
「いや~、一度はやってみたかったんですよ。今までの契約してきた人達は、大体派手に動き回ってましたから。だから、こう忍ぶって事をした事がないんですよ。なのでちょっと、王妃様の枕元に忍び込んで、こうナイフでガッと――」
「それ、暗殺だから。」
ゼクラスが喋りながら動きを付けていた所を、私は即座にツッコミを入れた。ゼクラスは演技を止め、私の顔をしょぼくれた表情で見てきた。少しの無言の後、ゼクラスは咳き込んで喋った。
「まあ、通されないなら忍べば良いんですよ。それなら誰にもバレませんし?丁度今日は良い月夜ですし、今から行きましょうよ!善は急げって奴です」
ゼクラスはベランダに通じる扉の前に移動し、外の景色を眺め始めた。私はベットから立ち上がり、ゼクラスの後ろに立った。
「今からって……。ここから城まで、少なくとも馬車で半日以上は掛かるんだよ?いくらリンク・オンを使ったからって、往復で帰れる程の体力があると思う?前世の時とは違って、あの戦いだけで倒れた位なんだから。」
「そこはホラ……、自慢の根気で?」
「っんな無茶な……。てか、根気を自慢とか言った覚えないし。」
ゼクラスの無鉄砲な考えに、私は溜め息を吐いた。それにそもそも、王妃様の病を治せるかも分からないし、治せた所でなかった事になるかも分からない。途中で誰かに見付かって捕まる事も有り得るし、そもそも道中で倒れるかも知れない。
私はベランダの扉を開いて出た。そして、夜空を見上げた。夜空はゼクラスが言った通り、外は晴れて月明かりが明るい。忍び込むには少々明る過ぎる気がするが、良い月夜であるには違いない。私はその夜空を眺め、決心を固めた。
(元より自分が蒔いた種だ。お母様やお兄様の未来の為、我が家を慕って仕えてくれる皆の為、少しでも良い方向に向かうのなら……。)
私はクルっと、ゼクラスの方へ向いた。
「凶と出るか吉と出るか、それは分からないけども……。取り敢えずやるだけやってみて、もし駄目だったらその時に考えるよ。……後は見つからない事を祈るだけだ。」
私がそう言うとゼクラスは笑い、私の側に寄ってきた。
「そうこなくっちゃ。後先の事なんて、誰にも分からないんですから。」
ゼクラスは無責任な事を言い、デバイスの姿に変わった。
『折角ですし、こんな綺麗な夜空を飛んでいきましょうよ。魔法少女らしくね。』
「もう、観光じゃないんだから……。」
私は呆れ笑いを浮かべ、ゼクラスを握り締めて構えた。その途端、私の足元に魔方陣が浮かび上がり、淡く輝き始めた。私は息を整え、言葉に出した。
「『リンク・オン ウィンターズ』」
そう声に出した瞬間、多彩な色の光の球達が魔法陣から浮かび上り、私の周りを飛び始めた。光の球達は何回も回ってから私の頭上に集まり、やがて互いが溶け込み合って虹色の塊へと変わった。そして、その塊は私の元へ降り落ち、私の身体は光の中に包み込まれた。光の中では私はフワフワと浮かび上がり、冷たくも暖かい心地の良さが身体を包んでくれた。次の瞬間、虹色の塊が足元から少しずつ割れ、私の姿が露わになっていった。塊から現れた私の姿は、全身を隠す程に大きなローブに、頭の大きさに合わない大きな三角帽子を被っていた。そしてゼクラスは、全長が私の背よりも長い、機械で出来た箒へと姿を変えて浮いていた。光が完全に消えると、私はフワッと地面に足を付けて立ち上がった。
「フゥ……、これで準備万端。……それにしても、ちょっと色々と大き過ぎない?前が見え辛いし、動き辛いんだけど?」
私は帽子の鍔を指で握り、帽子を上側に上げて位置を調整した。しかし、帽子の重みで少しずつ下がってくる。ローブも大き過ぎて身体全体が隠れてしまっており、全身に重みが掛かって動き辛い。ゼクラスの長さも、私の身長を優に越えて扱い辛そう。セルフィーネやジョニー、フィリアの時はまだ身体に合っていたし、前世の時もまだ余裕はあった筈なのに。
『丁度良いんじゃないですか?その服装のお陰で、ミリアさんの姿はハッキリ見えませんから。』
ゼクラスはそう言いながら、私の手から離れて独りでにその場で回った。
「そう言うなら、まあ我慢するけど。」
私はそう言いながらも、変身した自分の姿を見回していた。すると、
『元々ちんちくりんなんですから、高望みせずに諦めてください。……あ、前世でもある意味ちんちくりんでしたけど。』
ゼクラスがそう言った途端、何故か胸辺りに視線を感じた。私は無表情で動きをピタッと止めた。少しの静寂の後、私はゼクラスに満面の微笑みを掛けながら、ゆっくりとゼクラスに手を伸ばした。そして、
「悪かったわねぇ。貧相な身体で!」
私はゼクラスを全力で握り締めた。
『アダダダダッ!ジョーク、ジョークです!!僕の身体が割れるのでもう止めてください!!』
ゼクラスは箒の先を揺らしながら、痛みに悶えていた。私はトドメに、一瞬だけ更に力を込めて力を緩めた。
『ヒギュッ!!』
ゼクラスは一瞬、情けない声を出して静かになった。私はゼクラスを手放すと、ゼクラスはユラユラと倒れていった。私は鼻息をフンッと鳴らし、顔を下へと向けてローブの襟元を上げた。
「全く。私はまだ成長期真っ只中なんだから、これから大きくなるに決まっているでしょ。(……お母様だって大きいんだから。)」
何かとは言わないが、絶対に大きくなるに決まっている。そもそも前世の時だって、学生の時に死んじゃったのだから。きっと生きていたら、もう少し大きくなってた筈だし。
『ビッー。お探しの希望はありませんでした。』
「……本気でその身体を折るよ?」
私は逃げようとするゼクラスを素早く捕らえ、両腕を広げて両端を握り締め、箒の中心辺りに足を置いて体重を掛けた。ゼクラスは痛みで悲鳴を上げ始めた。なんとなくゼクラスから、軋む良い音が鳴っている気がした。
『ウソウソウソゴメンナサイ!本当に折れちゃう!!僕の身体がメキメキ言ってますって!!』
ゼクラスは暴れるも、私は動きを止める様に力を込め続けた。すると、
『じ、時間がないですから!もうここまでにしましょうよ……!』
ゼクラスは痛みに悶えながら、そう言葉を発した。私は溜め息を吐き、ゼクラスを片手で持ち直した。そして、ゼクラスに真顔で顔を近付けた。
「今度同じ事を言ったら、本気で折るからね。」
『……ピ〜ッピッピッピ〜』
私がそう言ったが、ゼクラスは私から視線を逸らして口笛を吹いていた。
(本気で一度は折った方が良い気がするな。)
私は心の中でそう思いながら、部屋の中へと戻っていった。
『どうしたんですか?早く行きましょうよ。』
「ちょっと待ってて。もし、私が居ない内に誰かが此処に訪れたら、居なくなった私を探しに騒ぎが起きるでしょ?」
『あ〜ぁ、確かに。』
私はベットの前に立ち、ゼクラスを前に構えた。そして、
「[影よ。其の身は模倣する我が身なり。其の意思は我である。敵を欺き翻弄する形になりて、我が前に具現せよ。]【シャドウドール】」
私は、かつてウィンターズが使っていた魔法の一つを唱えた。魔法を唱えると、月明かりで出来た私の影から黒い影が浮かび上がってきた。黒い影は次第に形作り、やがて私が着ている寝巻きを着た、私の姿へと変わっていった。私は試しに左手で手を振ると、目の前の私も同じ様に動く。頭を左右に動かすと、それに合わせて一緒に動いた。
「よし。じゃあ私達が戻ってくるまで、ベットで寝ていてね。」
私がそう言うと影は一言も発さずに、スッとベットに入り込んで寝始めた。本体である私が見ても私そのものだし、取り敢えずは部屋に入られても騒がれる事はないだろう。私はそれを見届け、安心して再びベランダへと出ていった。すると、
『(影みたいに静かにしていれば、ちょっとはミリアさんも可愛げが出てくるのに……。)』
私はそれを聞き逃さず、ゼクラスを強く握りしめた。
『ゴメンナサイゴメンナサイ!静かじゃないミリアさんも可愛いです!!』
「反省してないでしょアンタ!!全く――。」
私はゼクラスの上に跨ぎ、思いっ切り勢い良く体重を掛けた。
『ヒグッ!!』
ゼクラスはまた間抜けな声を出した。
「ホラ!もう行くよ!!」
私はそう言い、その場で高くジャンプした。箒になっているゼクラスはそのまま、私の身体を乗せて空に浮かび上がっていく。
「問題ないね。それじゃあ、このまま空高くまで飛ぶよ。」
『ハ〜イ……。』
ゼクラスは間延びした返事をし、更に空高くまで飛び上がっていった。