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第10話 束の間の安息と王子の悩み

「それではお嬢様。お食事の時間になりましたら、またお伺い致します。」

 二人のメイドは私の着替えが終わると、そう言って部屋から出ていった。私はそれを見送り、ベットの上に寝そべった。

「あぁ~……。疲れた。」

 だらしない声を上げ、ボーっと天井を見上げた。そして、この短い期間に起きた事を思い返していた。まだそこまで時間が経っていない筈なのに、随分と濃縮した日々を経験した。ただその事を思い返すだけで、ドッと疲れが襲い掛かってくる様な気分がする。すると、

「ハァー!ようやく、自由に動けますねー!!」

 ゼクラスが浮き上がり、ペンダントの姿から元の姿に戻った。そして、身体の鈍りを取る様に、身体を動かして飛び始めた。

「そのまま動かず、一言も喋らなきゃ良いのに……。」

私は飛び回るゼクラスを見ながら、面倒臭い様に言った。しかし、

「え~、賑やかな方が良いじゃないですか?」

ゼクラスはそう言い返した。私はイラッとしながら起き上がった。そして、

「アンタと出会ってから、本当にろくな事しか起きない。疫病神の様だよ。」

と、嫌味を込めながらゼクラスに言った。しかし、

「まあ、そう言わずに。僕だって役に立つ時は立つんですから。ね?」

ゼクラスは嫌味に気を止めず、満面の笑みで返事をした。私はそれを見て大きく溜め息を吐き、再び天井を眺めた。

(実際、ゼクラスが居なければ、あの時どうなっていたか分からなかった。少なくとも、今無事なのはゼクラスのお陰だ。)

あの時の事を思い返しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 『リンク・オン』。ゼクラスと契約した事で使えた、前世でも使ったあの能力。その力はゼクラスが過去に契約した人達の力を、ゼクラスを通して私に繋げ、私に彼等の力を与えてくれる能力。『セルフィーネ』、『ジョニー』、『フィリア』……。彼等もかつて、ゼクラスと契約した人達だ。他にも契約した人達は居る。その力をリンク・オンをすれば、私が彼等の力を使う事が出来る。今はまだその一部だけだけど、リンク・オンを使いこなせれば全力の力だって出せる。契約に関しては大問題だけど、リンク・オンの能力は心強い。特に、この世界では前世の世界と比べ、日常の危険はかなり多い。パンドラビーストが居なくても、あの盗賊や魔物、魔獣が外に沢山居る。けど今回の襲撃で、それらにもリンク・オンで十分に対抗は出来た。……しかし、リンク・オンが使えるとはいえ、ゼクラスと契約しているのはなぁ。別に嫌いじゃないけど、兎に角五月蝿いし鬱陶しいし、その他にも色々と……。

 しかし前世ぶりにリンク・オンを使ったけど、あんな直ぐに疲れるどころか、ましてや疲労だけで倒れる事なんてなかった。年齢的な問題なのか、はたまた身体を鍛えていないからなのか……。今回は倒しきってから良かったものの、次は途中で力尽きてしまうかもしれない。

(いずれは契約解除をさせて貰うけど、その間はリンク・オンは使える。少しだけでもリンク・オンが長続き出来る様に、身体を鍛えておかないといけないかもね。使えなくなっても、鍛えた事はなくならないし。)

 私はそう思いながら、そっと目を開けた。目の前には、ゼクラスがニコニコと笑顔で飛んでいた。

「フッ……。」

私はそっと笑うと、ゼクラスもにっこりと満面の笑みを浮かべた。私はそれを見て、勢い良く手のひらをゼクラスへ飛ばした。

<ビタッーン!!>

とゼクラスから良い音が鳴り、ゼクラスは部屋の隅まで飛んでいった。私はそれを見届け、身体をベットから起こした。すると、ゼクラスがフラフラと再び私の元へと近付いてきた。

「ぼ、僕、何もしてないじゃないですか……?」

「なんかイラついた。」

「理不尽!!?」

ゼクラスは怒りながら、両手をブンブンと振った。私はトドメとばかりに、ゼクラスの頭をデコピンで弾いた。

 ……それから暫くして、

<コンッコンッ>

「失礼致します。」

という声と共に扉が開き、メイドがお辞儀をして入ってきた。

「お嬢様、お食事のご用意が出来ました。」

「分かった。今行くわ。」

私はそう言い、ベットから立ち上がった。ゼクラスは姿を変えず、肩の側に飛んできた。私は目線をそっとゼクラスへ向けた。ゼクラスは何も言わず、ニコニコと笑顔を向けてきていた。どうせ何を言っても付いて来るだろう。私は頭の中で、ゼクラスに注意をした。

(付いてくるのは良いけど、静かにしていなさいよ?)

「(は~い。)」

ゼクラスは間延びした声を出して返事をした。その様子から見て、守る気がないように見える。余計な事をさせない為に、何処か頑丈な壁に張り付けておきたいが、そんな時間も道具もない。私はつい、小さく溜め息を吐いた。すると、

「お嬢様、いかがなさいましたか?」

 メイドが少し心配そうに声を掛けてきた。私は少し冷や汗を掻きながら直ぐに、

「大丈夫、なんでもないよ。」

そう笑顔で返した。メイドは軽くお辞儀をし、

「では、行きましょう。」

そう言って、後ろへ向いて部屋から出ていった。私はホッとしながら、

(本当に静かにしていなさいよ。)

そうゼクラスに伝えた。しかし、ゼクラスは適当に頷くだけで、ちゃんと静かにしてくれそうに見えない。これ以上、ゼクラスに注意しても無駄だと分かり、諦めてメイドの後ろを付いていった。

 食堂へ着くと、長いテーブルの上に豪華な食事が用意されており、お爺様以外は席に着いて待っていた。

「お待たせしました。」

私は軽くお辞儀をして、自分の席へ近付いた。すると、付き添ったメイドが私の椅子を引いてくれ、私はそのまま椅子に座った。

「お爺様は何処に?」

「お爺様は……、少し騎士達と話をしている。もうそろそろ来る筈だ。」

バルドお兄様はそう言った。少し間があったけど、気にしない方がいい気がした。

「先に頂きましょう。ミリアもお腹を空かしていますから。」

お母様がそう言い、私達は楽しく食事をし始めた。


……時は遡り、王城の庭園にて……


「……」

 草木が揺らぐ音が、静かとなったこの庭園に響く。俺は叩かれた頬を軽く摩り、机に置いてある本を取った。そのまま何事もなかったかの様に、本をペラペラと捲り読み始めた。そう、いつもの様に……。

(……クソ。)

 あまり本を読む気力が出ず、書かれている文字と絵をただただ眺めていた。紅茶を一気に飲んでも、この気分が落ち着く事はなかった。いつもの様に候補の一人を、ただ追い返しただけなのに何故だろうか……?

 別に、俺に婚約者なんて全く必要ない。いずれ決められる時は来るだろうが、それは決して今ではない。だが、父上と父の側近達が勝手に話を進められ、俺の予定を全て無視し、候補者達と一人一人会わされていた。俺はそんな選ばれた令嬢達を、泣こうが怒ろうが喚こうが適当にあしらったて帰させた。それに呆れた父上や側近達が何を言ってこようとも、俺には何一つの言葉も響かなかった。だから今回の対面もいつも通り、あのユートラス家の令嬢も適当にあしらって帰そうと考えていた。

 しかし対面の予定日直前に、こちらに向かっていた令嬢一行が襲われたという事を、伝達を付けた精霊鳥(フェアード)が城内へ伝えた。城内はかなり騒動になり、父上もユートラス侯爵も対応に追われていた。特にユートラス侯爵とすれ違った時は、今にも死にそうな表情をしていたのを覚えている。『大事な娘が悲惨な目に会わされるかもしれない』と、その心配事がその表情で伝わった。……だが俺はその顔を見ても、巻き込まれた令嬢の心配は一つも思い浮かばなかった。

 けれど、城内が慌ただしかったのも、その日の夕暮れに到着した伝達人によって収まった。ユートラス家の令嬢も付き人の使用人、その護衛していた騎士達全員が無傷で向かっているとの報告を受けたのだ。更には、襲って来た盗賊の頭領も捕えたとの事。その報告を受けてから、城内の騒動は安堵の声に変った。ユートラス侯爵もその報告を受け、一気に老け込んだ様に見える程に安堵していた。ただ、まだ何か引っ掛かっているのか、ソワソワとした様子が見られた。

 ……当時の俺もついさっきまでの俺も、この婚約予定の対面する令嬢が減らなかった事に残念だと思っていた。何故なら、ユートラス家の令嬢が無事だったとの事で面会の日程が変えられ、その後の予定も俺の予定も大きく狂わされた。まだ『その日』ではないが、その為の準備が必要だというのにも関わらず……。

「随分と不機嫌そうだな、ベル?」

 俺はその声の方へ顔を向けた。そこには、白服の学者姿の男が意地悪な笑みを浮かべて立っていた。俺は溜息を吐きながら、

「何処かの誰かが、全く自分の婚約の話を進めない所為だからな。……分かって言ってるだろ、『兄上』。」

「ハッハッハッ……」

兄上は笑いながら、対面の席へと着いた。そして、机に積み重なった本を手に取り、ペラペラと本を読み始めた。

「相変わらず、お前は勉強熱心だな。」

「兄上程ではない。」

「いやいや、俺にはコレ位しか取り柄がないだけさ。」

兄上はそう言い、懐に手を伸ばして短杖を少し見せた。俺は微笑み返し、

「いや、まだまだ兄上には叶わない。」

そう言って、本の続きを見始めた。兄上も杖を懐にしまい、静かに本を読み始めた。

 俺の兄、『ルウィズ・フォン・ラザベルト』は腹違いの兄弟だ。元々は第一王子であったが、俺が産まれた事で今は第二王子にされている。それが何故かというと、俺が父上の正妃である母上の子で、兄上は側室の子であるからだ。俺が生まれる前までは兄上が王位継承者として、今の俺の様に色々と振り回される予定だった。しかし、その後に俺が生まれて俺が第一王子に繰り上がり、兄上は第二王子にされた事でその予定もなくなったようだが……。この事に関しては当時も今も、次期王位継承で色々と面倒事が起きている。特に兄上のその『特質』も大きく関係している。……まあ、当の俺も兄上も元々王位継承なんて興味がないし、兄上は今は精霊学の学者として悠々と没頭して生きている。……俺も今は、兄上の様に自分のやるべき事に集中していたい。

「そうだベル。」

 兄上が何かを思い出したかの様に、本を勢い良く閉じて高らかな声を上げた。俺は本から兄上へ視線を向けた。兄上の表情は何故だか、面白そうなモノを見付けた様なにこやかな笑顔だった。俺は何処と無く、嫌な予感が感じた。

「さっき、何処かの令嬢とすれ違ったんだが、彼女が例のユートラス家の令嬢だろ?」

兄上はそう笑顔で話した。やっぱりなと思いながらも、兄上が意気揚々な雰囲気を出すのも不思議だ。俺は表情を変えずに返す。

「そうだが、それがどうした?」

兄上は笑顔のまま返した。

「彼女、見かけた時に随分と変わった子だなって思ったんだ。道の途中でしゃがんでいたから、いつもの様にベルに泣かされたんだろうなって思って近付いてみたら突然、大きな声で、面白い独り言を喋っていたんだよ。」

「……は?」

 俺はあまりのくだらなさに、つい力の抜けた声が出てしまった。たかが独り言を言っていただけで興味を持つとは。……まあ確かに、あの令嬢は他の大勢の令嬢と違って変わっている。誰よりも下手な世辞を述べる割りに、他者の手柄を自身の手柄として奪う事もせず、民を守ろうとする騎士道精神の考えを持っていた。親の影響もあるのかもしれないが、少し大人びている様に思えた。そう思うとふと、彼女の姿を思い返した。俺の言葉に怒り、俺を頬を叩いたあの姿。俺はそっと、叩かれた頬を擦った。

「どうしたベル?」

 兄上に名前を呼ばれ、俺は頬を擦った手を元に戻した。

「いや、何でも……。それで、独り言を喋っていただけで、どうしてそこまで興味を持つ?」

「ただの独り言なら別に興味なんて持たないさ。変わった子だなって思うだけさ。……けどな、その独り言が見えない誰かと会話、と言うよりも喧嘩をしている様な感じだったのさ。」

「見えない誰かとの喧嘩?それは、ただの変……変わった子だからじゃないのか?」

俺がそう言ったら、兄上は首を笑いながら横に振った。

「いや、一瞬だけ確かに何かを感じた。彼女の周りには何も見えなかったが、確かにあの子の側に『何か』が居る。特に怪しいのは、彼女のあのペンダントだ。アレを握り締めて喧嘩していたから、きっとアレに何かがある……。ベルは彼女に、何か気になった点はなかったかい?」

 兄上は残念そうな笑みを浮かべながら、俺に聞いてきた。俺は彼女との面会を思い返した。しかし、一字一句互いの会話を思い返しても、特に兄上が気になる様な事は思い出せない。……というか、俺も色々と不満が積もっていたせいだろうか、彼女に随分と失礼な態度をしていたなと、思い返しながら思った。追い返す為とは言え心配の一言もなく、特に幾ら何でも命を軽視する言動は慎むべきだった。彼女が言った事は、この国の王子として反省すべき事だ。――だがそれでも、俺を叩くなんて前代未聞だぞ。下手に父の側近に知られれば、ユートラス侯爵も只では済まない。彼女も処罰は免れないだろう。……怒ったからと言って、彼女は少し勢いに任せ過ぎなのではないだろうか?

「……なあベル。」

俺は兄上に呼び掛けられ、ハッと意識を戻した。俺は咳払いをして返した。

「特に気になる点はなかった。」

「そうか……。」

兄上は和かに微笑んだ。俺は再び本を読み返した。すると、

「彼女の事が気に入ったか?」

俺はそう言われ、咄嗟に立ち上がって反論した。

「――ッ!そんな訳ないだろ!?誰があんな暴力女と……。」

 そこまで言った瞬間、しまったと思って慌てて片手で口を押さえた。兄上はそれを聞いて満面の笑みを浮かべ、

「遂に叩かれたのかベル。ハッハッハッ……。」

笑い始めた。俺は兄上にやられたと、頭を掻きながら座った。そして、

「誰かに公言しないでくれよ。処分は免れないだろうからな。」

「分かっている分かっている。……折角、我が弟に良い相手が見つかったんだから、それを邪魔する――」

「兄上!!」

俺が大声で怒ると、兄上は笑っていた。

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