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アデルはその後ルカにたっぷりと叱られた。ユキは別で話があるからと、後で自分の部屋に来るよう命じ、普段のおちゃらけた雰囲気からは想像できない冷徹さでひたすらアデルを詰めた。
ようやく解放されたアデルは精神的にヨレヨレの状態だったが、すでに宴会が始まる時間だったため、そのまま会場に向かった。
しかし、気分は最悪である。
そんなアデルの心境も知らず、リューとロランはアデルを見つけると、無邪気な様子で駆け寄ってきた。
「なぁ!アデル!俺、ロランとクラテス先生と一緒に、ラシュタールのすっげえ貴重な魔道具を特別に先に見せてもらったんだぜ!」
「まさに国宝級でしたね。まさか古代王国の遺物とまみえるとは!今度はアデルも一緒に見ましょう。」
「でさ!でさ!今日の夕飯なんだろうな!俺、めっちゃ楽しみで昼飯抜いたんだ!」
「リュー・・・。あんなに素晴らしい魔道具を拝見できたのに、もう食事の話ですか・・・。」
「いやだって!クラテス先生が、ラシュタールの飯はスッゲェ美味しいって言うからさ!」
アデルはそんなやりとりを聞いて、思いっきり笑い、あっという間に元気を取り戻した。
しかし、2人には北塔で起きたことを一切話さなかった。特にあの女神の絵のことは、なぜか秘密にした方がよい気がしていた。
宴の会場にはいると、すぐに給仕が恭しくお辞儀し、彼らを貴賓席に案内した。
目の前にはズラリと、珍しいご馳走が並んでいる。
たくさんの香辛料が使われているのか、食欲を誘う香り高い熱々のスープが、獅子の装飾がついた銀色の鍋にいれられて、それが何種類も用意されている。
その横には口直しとして新鮮な野菜と果物が、皿にたっぷりと盛られており、ざっくりと揚げられている白身魚がハーブがどっさり入った甘酸っぱいソースに絡められていた。
平たい丸いパンのようなようなものは、頼めば竈門で焼きたての熱々のものがすぐに供給され、ラシュタール特産の大角山羊のミルクから作った濃厚なバターが添えられている。
その薄いパンにたっぷりと山羊バターを塗り、ズラリと並んだご馳走の中から、好きな具材をつけ合わせて食べるのが、ラシュタールの典型的な食べ方らしい。
そして、たくさんのハーブ、香辛料、タレがあるので、自分好みに無限にアレンジできるのだ。
全ての料理は、一人ひとりについた給仕にお願いすれば、好きなだけ取り分けてくれた。
しかも、料理名やおすすめの食べ方、そしてラシュタールの食事のマナーをさりげなく教えてくれるので、特にアデルとリューは大変助かった。
メインディッシュは巨大な豚の揚げ焼きで、給仕が丁寧に取り分けてくれる。
スパイスのきいた分厚い衣をまとい、クランベリーソースや辛味のある濃厚なグレイビーソースを好きなだけかけて食べるのだ。
そして、ラシュタールではなんとお酒も出た!
アリシアでは、何歳であろうとお酒は学生の身分では御法度である。
学生の本分は勉学であり、飲酒など怠惰な人間のすることである、という認識だからだ。
しかし、ここラシュタールでは特にそういった制限はないらしい。
アデルは面食らったが、ロランは済ました顔で飲んでいる。そして、リューも嬉しそうに飲んでいるではないか!
「ちょっと!2人とも!これ、お酒よ?飲んでいいのかしら?」
「うめー!この木苺酒!」
「ちょっと、リューったら!」
「大丈夫ですよ、アデル。だってここはラシュタールなので。」
「えー!そうなの?ロランはともかく、なんでリューは普通に飲んでるのよ!」
「だって、俺の実家では夏になるとたっくさん木苺の実を取ってさ、それを母さんが樽に詰めて酒にしてくれたわけ。冬の間はそれを温かいミルクで割って、家族みんなで飲んでたぜ。寒い中、ストーブのない牛舎で家畜の世話して、その後冷え切った体で飲む、温かい木苺ミルクがすっげえうまいのよ。」
「そ、そうなんだ。南部ではお酒は子供でもみんな飲んでたの?」
「まあな。だから南部人は酒に強いんだよ。」
「たしかに、南部の酒の強さは異常と言われてますね。」
アデルも恐る恐る木苺酒に口をつける。
「甘酸っぱくて、すっごく美味しい!!」
「だろ?もっと飲もうぜ!」
そういうと、リューは給仕から酒の入ったピッチャーをひったくるようにとると、アデルのグラスにナミナミと注ぐ。
ルカに初めてコッテリと叱られて、気が滅入っていたアデルは、それを一気にグビグビと飲み干した。
冷たい木苺酒は爽やかな余韻を残して、あっという間に喉を潤す。
(なんだかすっごく気分がいいわ。ルカ先生に怒られてしまったけれど、せっかくの文化交流なんだから、グズグズと引きずらずに楽しまないとね!)
ロランは呆れた表情で2人をみる。
「ちょっと・・・アデル、大丈夫ですか?」
「大丈夫!だいじょーぶ!」
「おお!アデル!結構イケる口だな!」
リューはまたしてもグラスに酒を注ぐ。
アデルはまたしてもそれを飲み干した。
ロランはため息をついて2人を眺めた。
素晴らしい料理と極上の酒のせいで、食欲が爆発していた成長期の3人は誰も気がつかなかったが、ルカとユキはまだ宴の席についていなかった。
そして、アスラン王もまだ姿を見せていない。
夜の帷はすっかりと落ち、日はとっぷりと暮れて、夜の闇が包んでいた。




