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白い大きな扉をあけると、白いローブを纏った数人と、灰色のローブを纏った数十人、そしてアデルと同じ見習い魔導士のローブを纏った2人がいた。
「ルカ・ディラ・ストランゼ、ただいま参りました。翼の同胞の皆さま、大変お待たせしました。」
ルカは頭を下げると、ちらりとアデルを見る。
「た、大変、お、お待たせしました。」反射的にアデルも頭を下げる。
「初日に遅刻とはいい度胸ですね、アデル・ラ・トラヴィーチェ。」
灰色のローブを纏った銀縁眼鏡の魔導士(多分若手)がお説教モードでアデルに呼びかける。
「いや、えっと、ちょっと所用がございまして」
「ほぉー!最終属性発表の後は速やかに各属性の宮に挨拶というのが、見習い魔導士の誰しもが知るところですが、それを差し置いてやる所用とはなんでしょうか?ご説明いただけますか?」
(うげー!白き癒し手になるのが嫌で、赤き龍にしてくださいって頼んでたとは、流石に言えないヨォ!)
冷や汗をかくアデルがモジモジしていたとき、
「フォッフォッ・・・!おもしろきおなごじゃの!」
「エスメラルダ様・・・!」
一つのシミもない純白のローブを纏い、魔導士の中でも最上位の者にだけ許される翼をかたどった大きな杖、宮の最高責任者であることを示す魔法具のペンダントをさげたしわくちゃの老婆がアデルの前に進み出た。
「アデル・ラ・トラヴィーチェだね、おぼえておくよ」
エスメラルダはそう言って左手の人差し指を立てると、左右に振った。
これはもうこの話題はおしまい、というエスメラルダの合図である。
眼鏡魔導士は大人しく引き下がる。
アデルはこの小柄で華奢な老婆にふと懐かしさを感じた。
(エスメラルダ様・・・。噂でしか聞いたことしかない、白の癒し手の最高責任者。この方がそうなのね。ものすごいオーラだわ)
(でも、この方、私どこかであったような・・・?)
アデルは必死に思い出そうとしたが、若手眼鏡の「アデル・ラ・トラヴィーチェ、さっさとこっちに来て並びなさい!」という声に我に帰った
(そんな訳ないわ、こんな最高位の方と知り合いなんて。きっと気のせいね)
アデルは慌てて、若手眼鏡に言われた通り列に並ぶ。
列といってもアデルを入れた同期3人の列である。
1人目は金と茶がまざった髪に、あざ黒い肌、ブルーの瞳をしたアデルと同じ15歳くらいの男性。
そしてもう1人はカールした緑の髪に、同じく緑の瞳をしたこれも同じくアデルと同じ頃の男性。
(えー!同期は2人とも男〜いや〜!)
白き癒し手なんてすぐやめてやる!同期なんて興味ない!と生意気を言っていたが、同期が2人とも男であることにちょっとがっかりするアデルである。
「ルシリュー・ロドキンス」
「はい」
1人目の男がよく通る声で返答する。
「ロランジュ・ラド・バルモア」
「はい」
2人目の男も同じくを返事する。こちらはきれいなテナーである。
「そして・・・アデル・ラ・トラヴィーチェ」
「ん?あ!はいぃぃ!」
同期に気を取られて、間抜けな声をあげてしまった。
師匠をみると、肩を震わせて、にやにやしている。
「アデル・ラ・トラヴィーチェ、これは白の離宮へ入宮を許す正式な式典ですよ!気を引き締めなさい!」
若手眼鏡がかなりイラついた様子で注意する
「も、申し訳ありません」
「まぁ、よいよい。」
「エスメラルダ様!」
「今年は3名も入宮するとは、良き年かの。これほどの数になるのは、ルカや、お前の時以来ではないかのぉ」
ルカ(という名の私の師匠らしき男)のにやにやがさっと引っ込む
「おっしゃる通りですね。」
ルカは静かに答える。
「3とは良き数字じゃ。3人に翼の祝福を。そして癒やしの福音を。なによりも自分を信じ進む強さを。」
エスメラルダはさっと杖を振る
周囲に優しい光の粒が現れると、それらが雨のように3人に降り注いだ。
(これは!高位の守護魔法!)
3人とも驚きを隠せず呆然とする。やがて光は3人の中に取り込まれ、消えていった。
驚いて口を聞けない3人を前にエスメラルダが続ける
「さて、白の離宮の我々のローブの色について、なぜ大多数のものが灰色か知っておるかのぉ?」
エスメラルダはしわくちゃの顔を笑ってさらにしわくちゃにさせる。
「・・・・。」3人とも沈黙する。
マントの色の理由は誰も知らない。
しかも最高位の魔導士からのいきなりの問題に3人とも固まってしまっている。
「よいか、我ら癒し手は最後の砦なのじゃ」
エスメラルダはそっとローブを払う。光の粒がきらきらと宝石のようにエスメラルダの周りを漂う。
「どんな魔道士も病気になり、そして怪我もするじゃろう。そんなときに、傷ついた魔導士を癒すのが、我ら癒し手。じゃから我らはどんな時も最後まで生き抜かねばならぬのじゃ。
特に戦争となれば・・・もちろん戦争なぞないことが1番じゃがの、我ら癒し手は出陣しても戦線から最も遠い場所をあてがわれる。
わかるな?
われらは決して傷を負ってはならぬ。
我々一人の死は、その何倍もの仲間の死を意味する。
じゃから我々は目立たぬ灰色のローブを纏うのじゃ。」
見習い魔導士の3人は沈黙して聞いている。
「そして、一部の癒し手にのみ許される、この白のローブ、これは癒し手でありながら、強力な攻撃魔法や防御魔法を使える魔導士を意味する。なぜ灰色ではなく、白いローブを纏うか、わかるかのぉ、ルシリュー・ロドキンス?」
急にエスメラルダに当てられたルシリューはドギマギしてしまう。
「えっ?えっと・・・白いローブを纏うのは、高位のお方なので・・・えー・・・偉い人がわかるように?」
「フォッフォッ!はずれじゃな!」
エスメラルダは高笑いをする。
「よいか?これは敵から的になるためじゃ。
白と灰色では白が目立つじゃろう?
灰色のローブを纏うのは、攻撃魔法や防御魔法が使えぬ、或いは使えてもかなり弱い者じゃ。
そのような者が攻撃を受けたら、あっさり死んでしまうじゃろう?
だから白いローブを纏った者が攻撃の対象になるよう分けておるのじゃよ。」
エスメラルダは静かに歩いて3人の目の前に来た。
「そして、本日入宮したそなたらは白き癒し手の中で最も弱き者たちじゃ。それは最も守らねばならぬヒナドリたちであることを意味する。よって、ワシが先程、高位の守護魔法をかけたのじゃ」
大きな杖で3人を1人ずつ指す。
「よいな?我らは弱く、しかし強い。
そして、治癒魔法は魔法の中でも、修行により上達が大きく見込める魔法じゃ。それはすなわち、日々研鑽し、熟練練達を極める必要があることを意味する。
才能のなさは言い訳にはならぬ。
たとえ、攻撃や防御の魔法が一切使えぬとしても、治癒魔法は一流でなくてはならぬ。」
エスメラルダの声は強く3人の心に染み渡った。
「道を極めよ、そして広く癒しの力を行き渡らせよ、白き癒し手たちよ」
エスメラルダはそう言い終わるとそっと微笑んだ。
アデルは静かにエスメラルダを瞳を見ていた。
光を灯したような琥珀色の瞳。
冬の暖炉のような色。
ああ、この瞳の色、私知っているわ。
誰かしら?
しかし、アデルは思い出せない。
エスメラルダも紫色の瞳を持つアデルを見た。
(やはり不思議な娘じゃ)
そう思うと静かに踵を返して、退席した。