56
すっかり準備ができたアデルであるが、腕のいいメイドのおかげか、パーティよりずっと早く準備ができてしまい、暇になってしまった。
「アデル様は本当に美しいので、お化粧も楽でしたわ。おかげで準備の時間がずいぶん短く済んでしまいました。」
ミーナはお世辞ではなく、本心からそういった。
しかし、このまま部屋で時間を潰すものもったいないので、王宮の中庭を散歩してはどうかと提案を受けた。
アデルとしても、このまま落ち着かない時間を過ごすより、芳しい花の香りが溢れる中庭を見てみたかった。
ラシュタールの中庭は中に入るともっと素晴らしかった。
芳しい花や、庭の中を流れる川や橋、そして職人が技巧を凝らして作った優雅な東屋。
まるで天国かと思われるほどである。
「このお庭は先王がシャムサ王妃のために作ったのです。シャムサ王妃はとても花が好きな方でしたので。」
ミーナは昔を懐かしむように話す。
「よく前国王陛下と王妃様は一緒にこのお庭でお過ごしになっていました。」
歴代ラシュタール王の中でも最高と言われている前王は、その戦功と同じくらい、王妃を溺愛していたことで知られている。
通常、大国の王として持つべき側室は一人も持たず、たった一人の王妃を生涯愛し抜いた王。
シャムサ王妃は、身分が低い、弱小の地方貴族の出で、大した後ろ盾を持たない巫女の一人だったが、たまたま王に見そめられて、王妃、国母と最高の地位に上り、女性としての栄華を極めた王妃として知られている。
二人の愛の物語は今でも大陸で語り継がれている。
ふと、人の気配を感じて、アデルとミーナは振り返った。
そこには妙齢の女性メイドがいた。
そのメイドはアデルを見ると、まるで凍りついたように、棒立ちになり、驚いたように目を丸くした。
「まあ、クラリス様。こちらで何をしていらっしゃいますの?」
ミーナの声でようやく我に返ったクラリスは、視線をアデルに釘付けにしたまま、絞り出すような声を出した。
「まあ、ミーナ。お隣の方は・・・?」
「クラリス様、こちらはアリシア王国からのお客様ですよ。」
普段と違うクラリス様子に困惑しながらも、ミーナが答える。
「アリシア王国からのお客様・・・。」
ハッとしたように我に返ったクラリスは、慌てて貴人に対するお辞儀をする。
「大変失礼致しました。私は北塔付きのメイド長のクラリスと申します。」
アデルは自分よりうんと年上の女性がこのように頭を下げることに若干の気まずさを感じ、慌ててクラリスを制する。
「頭を上げてください。私は平民ですから、そのような儀礼は不要です。」
「まあ、アデル様!そういう訳にはいきませんわ。ラシュタールの貴賓ですもの。」
「ミーナったら。様はいらないのに。アデルと呼んでと言っているのに。」
「それはできませんわ、お客様を呼び捨てなんて。」
アデルとミーナが可愛らしい言い争いをしているが、クラリスはじっとアデルを見つめる。
金色の豊かな髪、美しい顔、そしてあの紫色の瞳。
アデルを見ていると、まるで靄がかかったような薄暗い記憶の中に、突如、光が差し込んできたような感覚がした。
クラリスは突然現れたアデルの姿に、大きな混乱と極度の不安を感じ、怯んだが、しかし、心の奥底から湧き上がる、大いなる勇気が彼女を支えた。
「アデル様」
何かを決心したかのように、クラリスはキッと目を開くと、いつものメイド長としての威厳を取り戻した。そして、爽やかなハーブのような、上品でキレのある声でアデルに話しかける。
「貴賓の方に不躾な振る舞い、失礼致しました。
お詫びと言ってはなんですが、もし、アデル様さえよろしければ北塔をご案内いたしますわ。
そこにも美しいお庭があり、そして珍しい魔道具もございますの。」
「まあ!よろしいのですか?」
珍しい魔道具にすっかり興味を惹かれたアデルは浮かれた声を出した。
「クラリス様!」
ミーナはクラリスの提案に驚いたような声を上げる。
「ミーナ!お客様の前でそのような大きな声を上げるなんて、はしたないですよ。」
「し、失礼致しました。しかし、よろしいでしょうか?だって・・・北塔は・・・。」
「ミーナ、私が責任を持ちます。あなたは先に戻っていなさい。
アデル様はこれから予定がびっちり詰まっているんでしょう?
でしたら、ちょっとした気晴らしになりますわ。
それに私が最後までご案内いたします。宴の前までに終えて、アデル様のお部屋までお送りいたしますので、心配は不要です。」
「・・・・。承知いたしました。」
自分より格上のメイド長に言われて、ミーナはそれ以上反論できなかった。




