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ラシュタール王国は、アリシア王国の東方に位置する砂漠に囲まれた国である。
資源は豊かで、さらに砂漠に囲まれているが、北方の山脈から流れ出る2つの大河の川辺にはいくつもの街があり、アリシア王国と並んで、長い歴史ある王国である。
アリシア王国とラシュタール王国は馬車で1か月ほどの距離があるが、今回は特別の魔法陣を双方で組んで、あっという間に移動したので、アデルは全くラシュタールに来たという実感がなかった。
ただ、アリシア王国と違う、暖かくて乾いた空気は、独特の香辛料の香りを含み、そして、魔法陣が組まれた王宮の部屋から一歩外に出ると、そこは異国情緒あふれる世界であった。
繊細で美しいタペストリーは廊下の隅々まで敷き詰められ、建物のあちこちに金の装飾があり、壁は緻密な花模様が描かれた青と白のタイルで彩られている。
魔法陣でアリシア王国一行が到着すると、魔道士を束ねる紺色のローブを纏ったラシュタール王国の長官がルカと握手を交わし、王宮の広間にアデルたちを案内した。
そこにはアデルたちを歓迎するべく、ずらりとラシュタール王国の要人、そして王族が集まっていた。
アデルは平民出身で、このような宮中の式典のような場に出たことがなかったので、非常に緊張していた。そっと同期を見ると、貴族のロランは慣れた様子で涼しげな顔をしているが、平民出身のリューは居心地悪いのか、キョロキョロと周囲を見回しており、アデルと目があうと、恥ずかしそうに鼻の下をゴシゴシと擦った。
その様子を見て、アデルも思わず微笑んだ。
やがて王の登場を告げる声があり、皆が控えていると、アスラン王が登場した。
「遠いところ、はるばるご苦労であった。」
人に命令することに慣れている、よく通る声が広間に響いた。
「これが、ラシュタールの若獅子、アスラン王!」
アデルは無躾にも、アスラン王をマジマジと見た。
まさにラシュタールの太陽のように豊かな金髪は、顔の周りで波打ち、整った顔立ちは少年のあどけなさが抜け、青年の精悍さを醸していた。ラシュタールの強い日差しのせいだろうか、リューと比べてもっと褐色かかった肌をしており、それがいっそう彼を精悍に見せていた。しかし、何よりも美しいのは、サファイヤのような青い瞳である。
(なんて美しいの!まるでお伽話の王子様みたいね。)
アデルは久しぶりに、鏡に映る自分と同じくらい美しい顔に出会い、びっくりしていた。
生まれつき、抜きん出た美貌だと、鏡でいつもその顔を見るので、大抵の顔では美しいと思わなくなるが、アスラン王はそんな「辛口」のアデルも認める美男子であった。
アスラン王もアデルを見つめた。
そして同じくアデルの美貌に目を見開き、彼女の瞳にその美貌以上の強い個性を感じ取ったが、よく躾された人間がそうであるように、すぐに目線を逸らした。
そして一行の中で異質なユキを見た。
こちらの方はアスラン王も礼儀を忘れてじっと見つめた。ユキも強い警戒心を隠そうともせずに、アスラン王をじっと見つめる。
ほんのわずかな時間であったが、二人の間にはお互いにピリピリとした静電気が起きた。
「こちらこそ、お招きいただき、至極光栄です。ラシュタールの太陽、アスラン王。」
ルカも普段からは想像できないお行儀の良さで対応する。
いくつか形式的なやり取りの後、夕べに歓迎の宴が開催される告知をもって、その挨拶会はお開きとなった。
「滞在中に、皆様のお世話をいたしますメイドたちです。」
各自、専属のメイドをつけられて、部屋を案内された。
アデルの部屋はとても豪華な客室であった。
「なんて素敵なお部屋なの!」
思わず声が出た。
アデルの専属メイドであるミーナは礼儀上許される範囲で、得意げに「王様のご意向により、最上のお部屋を用意しております」と答えた。
「テラスをご覧くださいませ。素晴らしい眺めですよ」
そういって、テラスに続く大きな扉を開けた。
王宮の中で一際高い位置にしつらえられた最上の貴賓室のテラスからは、ラシュタール王国の首都アルカーンが一望できた。
白亜の王宮が白いドレスのひだのように広がり、花の香りが芳しい美しい中庭、王宮を護る第一城壁、さらにその奥には大きな城下町があり、街を取り囲むように第二城壁、そしてその遙か奥にうっすらと海が見えた。
アデルは言葉を失っている。その様子を誇らしげに見つめるミーナは「さあ、湯の用意がすでにできておりますわ。お召替えを。今から準備なさらないと宴に間に合いませんわ。」
「・・・・?」
「ほら、早く、こちらへおいでください。」
「えっと・・・。」
ミーナはキョトンとしている。
「アデル様、早くお召し物をお脱ぎになってください。私が隅々まで洗って差し上げますわ。」
アデルは恥ずかくてたまらなかったが、奥から何人ものメイドが出てきて、あっという間にアデルの服を剥ぎ、そして風呂に入れ、あれこれといい香りの香油を塗りたくってしまった。
そして、着たことがない素晴らしい衣装を着せられたが、これも王の配慮らしい。
客人であることを示す、白くて大きい薔薇を髪につけると、準備が整った。
「まあ、なんてお美しい・・・!」お世辞ではなく、ミーナは心からそういった。
アデルは鏡に映った、異国の服を身に纏った自分を不思議そうに見つめた。
お化粧をしているせいで、いつもより大人っぽく見える。
(どこかで見たような・・・・?)
アデルは化粧をして、着飾った自分の姿に微かに既視感を覚えた。
しかし、いったいそれが何だったか、はっきりと思い出せない。
(最近こういったことが多いわね。なんか目まぐるしく環境が変わっているせいかしら。)
アデルはそう思って、もう考えないことにした。
(さあ!宴で美味しいものたくさんを食べよーっと)
純真無垢な育ち盛りの少女は、美味しい料理を想像してうっとりとしていた。




