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真っ逆さまに落ちていく!
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
あまりの恐怖にアデルは絶叫する。
そして、次の瞬間、
バシャーーーン!!!
水の中に落ちたらしい。
アデルは本能的に水面に向かって無我夢中で泳ぐ。
やっとのことで水面に顔を出すと、犬かきで泳ぎながら、やっとのことで肩で息をする。
「なんなのよ!この展開!」
アデルは再び絶叫する。
よく考えたらアカデミーに入ってからロクな目にあっていない。
それもこれもあのバカ教師のせいだ。
アデルはなんとか泳いで岸に着く。
アデルは元の場所に戻ってきたのかよくわからないが、湖のような場所に落ちたらしい。
全身びしょびしょだ。
とりあえず簡単な風魔法を起こして濡れた体を乾かす。
周りの景色はどうやら夕方らしい。
太陽はオレンジ色に輝き、西の彼方に沈もうとしている。
東の空は葡萄酒色の薄雲が、夜の闇を纏って空を覆おうとしている。
アデルはその美しい空を見上げていた。
なんで美しいのだろう。
アデルは深呼吸をする。
その時であった。
魔物の雄叫びが森を揺るがした。
その振動に煽られて、水面が波立つ。
アデルは雄叫びの方向をみた。
何十メートルもある大きな「黒鬼」が黒い炎を空に向かって口から吐きながら、雄叫びをあげている。
「ブォォォォォ!!!」
アデルは仁王立ちになり、その黒鬼を見つめる。
彼女は逃げもしないし、隠れもしない。
紫の瞳はじっと黒鬼を見つめる。
そして、両手を胸の前に持って来る。
光の粒子を集めて、光の玉を作る。
黒鬼はかなりの距離があるにも関わらず、自分より遥かに小さなアデルに気がついた。
その空虚な眼はアデルをしっかりと捉えると、躊躇うことなく大股でアデルの方へ向かう。
アデルは黒鬼が向かって来るが、みじろぎひとつしない。
光の玉はアデルの頭より大きくなり、夕暮れの中で昼のように光り輝いている。
黒鬼はアデルの目の前にやってきた。
さっとアデルは光の玉を黒鬼に向かって放つ。
その光の玉は黒鬼の額に吸収された。
黒鬼は恍惚の表情でその光の玉を受ける。
そして目を閉じて自らの中に光の玉が吸い込まれると、謎の紋様が黒鬼の額に現れた。
黒鬼はまるで忠実な騎士が主人にするように、片手を心臓の位置に当てて、恭しく跪く。
(ヴァイーストゥヌ・ヴァスクリェース)
アデルの脳裏に黒鬼の言葉が響く。
なんのことかアデルにはわからない。しかし、アデルには黒鬼に対して全く恐怖がわからなかった。
ただ、涙が出た。
その言葉がなぜか懐かしい。
そっとアデルは黒鬼に近づくと、その額の文様に触れる。
黒鬼の文様に触れた手から、魔力がどっと流れだし、ドクンッと心臓が跳ねる。
アデルの脳裏に悲痛な叫び声が響く。
「ティア!ティア!どこにいる!
どうか側にいてくれ!どんな姿でも構わない!
お前がいない世界に置いていかないでくれ。
もういっそ俺を狂わせてくれ!
俺はお前になんでも差し出せる。
分たれた片割れ、もう一つの魂!それ無くしてどうやって生きていけるんだ!生きていけるわけがない。」
(これは・・・何?なんの映像なの?)
全てを投げ出して、誰かが号泣している。
(あなたは誰?)
一筋の涙がアデルの頬を伝う。
その声に応えたいのに、声が出ない。
(ねぇ、泣かないで・・・。私は・・・。)
急に意識が遠のく。
アデルのいた世界はぐにゃりと歪み、そのひずみにアデルは吸い込まれていく。




