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誰かに呼ばれた気がして、アデルはふと目を覚ました。
「目を覚ましたかい、お嬢さん。」
不意に優しい声が聞こえて、アデルは飛び起きた。
見覚えのない家にアデルはいた。
丸太小屋のような小さな家で、暖炉で赤々と炎が燃えている。
そして、大きな鍋がグツグツと煮え、部屋いっぱいに美味しそうな匂いがする。
「ここはどこ・・?私はどうしてここに・・・?」
アデルは混乱して訳がわからないまま呆然と周りを見渡した。
アデルのベッドのそばにいた老婆が、心配そうにアデルに駆け寄る。
「おやおや、急に起き上がると危ないよ。」
「あなたはどなた・・?私は一体どうしてここに?」
急に体を動かしたせいか、鋭い痛みがアデルを襲う。
「うっ!!」
「ほらほら、まだ寝ていないと。魔力も完全には回復していないんだから。」
老婆はそっとアデルを寝かせる。
「私・・・どうしてここに?あなたはどなた?」
「じっとしててごらん。」
老婆はそっとアデルの肩に触れると優しく呪文を唱えた。
アデルの肩が何事も無かったかのように痛みが消えた。
(治癒魔法・・?なんでこんなおばあちゃんが治癒魔法なんて使えるの・・?)
アデルは驚愕して老婆を見つめる。
治癒魔法の使い手は一般庶民の中には存在しない。
治癒魔法が使える者は、その希少性ゆえに全て王家の管轄におかれる。
見たところ、この老婆は小さな家に住む、「普通の」老婆のようだ。
しかし、治癒魔法が使える時点で、彼女は「普通の」人間であるはずがない。
アデルの困惑を悟ったのか、老婆は安心させるように微笑んだ。
「私のことが気になるんだね、お嬢さん。」
アデルは心の中が読まれた気がして、ぎくりとする。
「私も、お嬢さん、あなたのことが気になっているんだよ。」
老婆は真っ直ぐにアデルを見つめる。
賢そうな青い瞳がアデルの紫の瞳を捉える。
一瞬、老婆は驚愕の表情を浮かべるが、よく躾けられた人間がそうするように、
あっという間に平静な表情に戻る。
「お嬢さん、まずはよく食べて、よく寝て、魔力を回復させることだよ。」
老婆はそう言うと、席を立って、暖炉にかかっている大きな鍋の蓋を取って、中身をかき混ぜた。
美味しそうな匂いがより一層強くなる。
その美味しそうな匂いを嗅ぐと、アデルのお腹は悲鳴を上げた。
アデルのお腹の音を聞くと、老婆はにっこりと笑う。
アデルは恥ずかしくて俯いていると、大きな皿にたっぷりと盛られたシチューがアデルの前に現れた。
「さあ、お食べ。」
アデルはもう訳がわからず、食べてよいものか、不安がよぎったが、
自分を介抱し、貴重な治癒魔法までかけたこの老婆が、今さら自分を害するはずがない。
そう思うと気前良く盛られた大皿を受け取ると、夢中で食べ始めた。
老婆はそんなアデルを見つめながら、心の中で、女神に祈りの言葉を唱えていた。
「女神の恩寵、かくありきや。」
ぽつりと呟いた言葉はアデルに聞かれることなく、静かな夜に消えていった。




