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記憶に残るのは、貴女の声、芳しい香り、そして美しい紫の瞳だけ。
「ユキ、聞いてる?」
ユキは黙って頷く。
黒い仮面を被った人物はやれやれと言ったように続ける。
「聖十字騎士団の動向がかなり不穏な様子だ。背景にはおそらく・・・。」
「ラシュタール王国だろ」
「ご名答。」
黒い仮面を被った人物の声は明るいが、これは極秘情報なので、誰にも聞かれないようにユキの作ったトランスルームで行われている。
「3年前に戴冠した、ラシュタール王国の若き王、アスラン王はかなり野心家のようだ。」
「好戦的で、そして魔力も強く、従わない小国を次々に攻略して、獅子王と呼ばれているらしいな。」
「そこまで知っているなら話が早いね。」
「それで?俺に何をして欲しいんだ?」
黒い仮面はしばし沈黙する。
ユキはこの男が面倒な依頼を持ち込む際、核心部分の直前になるとしばし沈黙する癖があることを知っている。
「面倒ごとか。」
「君に命が下るってことはそういうことだよ。」
しばしユキと黒い仮面は見つめ合う。
やがで黒い仮面が口を開く
「かなり異例のことだが、ラシュタール王国から見習い魔道士の文化交流の誘いが来た」
「ほぉ・・・。」
「もちろん文化交流なぞ、ただの建前。これはアリシア王国の下見、あるいはスパイ行動のためのものだろう。」
「しかし、アリシアと戦火を交えるほど向こうも馬鹿ではあるまい。」
大陸に名を馳せる魔法大国、アリシア王国は世界でも極めて魔力の強い魔術師を抱えている。
「ウチには君もいるしね。」
揶揄うように黒の仮面は言うが、目は笑っていない。
「しかし、聖十字騎士団はラシュタール王国とは犬猿の中のはずだが。」
「目的のためには手を組む可能性もあるだろう。」
「随分と仲のいいことで。」
ユキは鼻で笑う。
「ラシュタール王国はうちの魔道士が喉から手が出るほど欲しいだろう。特に白き翼はね。」
ユキの瞳が殺気を帯びる。
「白き翼を?」
「そうだよ。ここ何年も白き翼はラシュタール王国に新たに出現していないそうだ。まさに日照りが続いている状態だね。
白い翼は生まれないが、ラシュタールからは最近鉱山がいくつか見つかり、国庫は潤っている。
一方、聖十字騎士団は彼らの領海の航路の通行量が激減しているせいで、通行料収入が激減している。
最近、航路に謎の嵐が頻発し、船が回り道して、彼らの領海を通らなくなっているせいだ。
通行料は騎士団の大きな収入源だからね。相当の痛手だよ。」
「流石、魔法大国アリシアの密偵だな。」
ユキは軽口を叩くが、剥き出しの刃物のようなギラギラとした殺意は隠せない。
「聖十字騎士団の懐に沢山の金貨を詰め込んで、白き翼を獲得するつもりか。ラシュタール王国ともあろう大国が人身売買とは墜ちたものだな。」
「背に腹はかえられないさ。白き翼はそれくらい貴重な魔道士だからね。
特に、我が国のアカデミーに所属する白き翼たちは、その魔力は折り紙付きで、極めて貴重な魔道士なんだよ。」
「そして、その文化交流とやらに招待されるのは・・・。」
「白き翼の見習い魔道士達だ。もちろん他にもいるけれど、目的は白き翼だけだろうね。」
ユキはアデルを思った。
あのお転婆娘は、珍しい魔法をエサにされれば、「文化交流」とやらに、嬉しそうに参加するだろう。
きっと無邪気な喜びの表情を浮かべて、ラシュタールの珍しい攻撃魔法に歓声をあげるだろう。
ふと、そんな風に喜ぶアデルを見てみたいと思った。
だか、危険すぎる。
彼女に何かあれば、錯乱した自分はラシュタール王国を壊滅させてしまうかもしれない。
「文化交流とやらを断ればいいだろう。」
「それはそれで、我が国の威信にかかわることだからね。最初から尻尾を巻いて逃げ出すのはできまいよ。」
「だからと言って、向こうの罠にわざわざ乗っかるのは・・・。」
「そこで、君だよ。」
黒い仮面はニヤリと笑う。
「ユキ、君も行くんだ。君もちょうど『新入生』だからね。」




