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アデルは精一杯の魔力を込めて風を起こした。落ちてくる「何か」は急速に落下のスピードを緩め、はっきりとその姿が確認できた。


「あれは・・・あれは・・・龍????」


アデルは目を疑った。

龍なんて、古代に存在したとされる伝説上の魔獣ではないか。

現代にいるアンギャナスはじめ、龍族の血を引いているとされる魔獣はいくつかあるが、その全ては最強クラスの魔獣ばかりである。


しかし、その先祖となる、本物の龍は現在、存在せず、古代遺跡に描かれたり、古代神話に出てくるのみである。

全ての子供がそうであるように、伝説の龍に関してアデルも幼い頃は興味があり、地元の魔法学校で魔獣や魔法歴史の先生に質問したりした。

どの先生の答えは全て同じだった。

「幾つかの研究があるが、どれも龍の存在を認めたものはない。おそらく古代人が作った神話世界の架空の生き物であろう」


しかし、あの、落ちてくる生き物は、魔法歴史の教科書でみた龍の姿にしか見えない。

光り輝く光魔法の粒子のせいで、どんどんその姿ははっきりとしてくる。

黒くて、アデルの背丈の半分ほどしかないが、しかし確かに龍である。


「真っ黒な・・・子供の・・・龍・・・?」


アデルは驚きながらも、しかし、確かな確信をもってその両手を開いたまま、更に風を強める。


アデルの頭上から1メートルほどになって、ふわりと小さな黒い龍は落下のスピードをさらに緩め、優しくアデルの両腕に収まった。


そっとアデルはその龍を抱き抱える。

黒くて冷たい鱗はヌルヌルして、一瞬手から滑り落ちそうになった。


「あわわわわ!」


アデルは慌てて、龍を抱きしめる。


光の粒子に照らされた小さな黒い龍は、あちこち傷を負い、さらにその上にひどい火傷を負ってほとんど瀕死の状態だった。

鱗は傷口から流れる鮮血で覆われ、それがヌルつきの原因だった。アデルの両腕も龍の血で真っ赤に染まる。


「なんて・・・ひどい・・・。」


アデルはあまりの満身創痍の龍に言葉を失った。

このままでは確実にこの龍は死んでしまうだろう。しかしなんで、こんなところに、こんな深傷を負った龍がいるのだろう。

何一つわからないが、アデルはとてもこの小さな黒い龍を見捨てることはできなかった。


「ねぇ、どうしたのよ。しっかりしてちょうだい。」


思わずアデルは龍に声をかける。

その声を聞いてほんの僅かに、龍はピクリと体を動かした。

しかし再び動かない。

ヒューヒューと苦しそうな息だけが漏れている。


「どうしよう・・・。私、私・・・治癒魔法なんて使えない・・・。治せないわ、こんな深い傷・・・。」


アデルの瞳から涙が溢れる。

あんなに治癒魔法には興味がなく、攻撃魔法ばかり勉強していたアデルだが、実際に目の前にいる傷ついた龍を見て、自分の無力さにどうしようもなく打ちのめされた。


治癒魔法が使えれば・・・。私は、「白き癒し手」なのに・・・。こんな可哀想な小さな龍が死にそうなのに、何にもできないなんて・・・。


アデルは龍を抱きしめたまま、その場に座り込んだ。


ああ、女神様。お願いです。

この可哀想な龍を助けてください。


しかし、何も起きない。

光の粒子はやがてその光を失い、やがて漆黒の闇がアデルと龍を包んだ。


静寂を切り裂いて、崖の上から騒ぐ声が聞こえる。何を言っているか全くわからないが、おそらくアデルの起こした風や光について、「確かめてこい!」と言った類の言葉であろう。


そうするとまもなくアデルの元に追っ手がやってくる。

きっと彼らはアデルの言葉なぞ聞かず、龍と共にアデルを屠るだろう。躊躇なく、確実に。


絶体絶命のピンチである。


アデルは必死に記憶をたどり、なんとかこの大ピンチを回避できる方法はないか考えたが、全く思いつかない。


黒い龍は、小さいがそれなりの重さがあり、この龍を抱えて逃げるなんて15歳のアデルには簡単にはできない。追手に捕まるのは時間の問題だろう。

何より、この龍の命は風前の灯火なのだ。


「ああ、一体どうすればいいの?」


アデルは思わず項垂れた。

アデルの手足は悪路を歩いたせいで、所々擦り傷が出来、血が滲んでいる。


アデルは自分にできた傷と、そこから流れる血を見て、地元の魔法学校で仲が良かった優しいおばあちゃん先生を思い出した。

魔法属性の先生で、仲の良いアデルに授業では話さないような色々な話を聞かせてくれ、孫のように可愛がってくれた、ミス・オハラ先生。


「アデルや、この世で1番珍しい属性は白き癒し手だと言ったじゃろう?」

「私は赤き龍になるから関係ないわ」

「ふおっふおっふぉっ!アデルの赤き龍の熱烈志望は知っておるよ。

まぁ、でもよく聞きなさい。どこかで役に立つかもしれん。白き癒し手がこんなにも少ないのはな、古代の忌まわしい出来事のせいとされておるんじゃ。」

「忌まわしい出来事?」

「そうじゃ。白き癒し手の血にはな、死者をも甦らすことができると言われる程の、強力な蘇生魔法に匹敵する不思議な力があるんじゃよ。」

「ふーん。」

「そのせいで、大昔、白き癒し手は捉えられ、その血を抜かれて大勢の者が死んだそうじゃ。

それを知り、悲しんだ女神が白き癒し手の出現数を減らしたため、こんなに白き癒し手となる属性が減ったとされておる。

さらに、その血が強力な蘇生魔法を発現するのは、条件があって、ただその血を使うだけでは効果は全くないんじゃよ。」

「へぇ、どんな条件なの?」


アデルは両手に抱えている黒い龍を見つめた。

「私の血・・・。」


アデルは躊躇なく小さな風魔法を起こすと、左手の指先を切った。

タラタラと傷口から赤い血が流れる。しかし、迫り来る追っ手や、目の前の死にそうな龍による極度の緊張と恐怖のせいで指先の痛みは全然感じない。


「お願い、助かって!私の血を飲んでちょうだい。


アデルは額に汗を滲ませながら、懇願した。

アデルの指先から滴り落ちた血は、龍の口へと注がれ、やがてその体内へ吸収された。





「へぇ、どんな条件なの?」

幼いアデルは、ミスオハラ先生に尋ねる。

「その魔法は、癒し手が、心から助けたいと願うたった一人の相手にしか発動せぬのじゃ。不思議なことよのぉ。」

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