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なんなの!この男!
「大体、あなたこそ誰よ!名乗りなさいよ、無礼者!」(2回目)
アデルは謎の男を睨みにつける。
男は食い入るようにアデルの瞳を見つめる。
まるで信じられないようなものを見つめるように、それでいてどこか喜び、戸惑い、そして不安を滲ませて、幾つもの感情が混ざり合った、マーブルのような感情の潮が男の心を支配していた。
アデルはそんな男の荒れ狂う海原のような心情には全く気がつかない。
何も言わない男に、アデルは畳み掛ける。
「ねぇ、何か言ったら?」
紫色の瞳が興奮と苛立ちで、より一層、鮮やかさを増し、宝石のように煌めいている。
「お前は・・・。」
「??」
ようやく男は声を出した。
「お前は俺のこと知らないのか?」
「はぁ???知らないわよ。」
男は絞り出すように、微かに震える声でアデルに尋ねたが、アデルはあっさりと否定する。
途端に男の瞳からは光が消えた。陽の光が差し込まない、深い海底の暗闇のような瞳がアデルを見つめる。
「そうか・・・。」
明らかに落ち込んでいる様子の男に、アデルは自分の状況を忘れて戸惑いを覚える。
「ちょっと・・・。」
アデルは無意識に男に手を伸ばした。男はハッとしたような顔をして固まっている。
「ねぇ、どうしたのよ。しっかりしてちょうだい。」
アデルは両手を伸ばして男の胸を叩く。
その言葉を聞くと、男は微動だにせず、再び何かの期待を込めてアデルを見つめかえす。
アデルはただただ困惑していた。
目の前の、名前もわからない謎の男は何かを自分に求めているらしいのだが、それが何かわからない。それどころか、自分がいるここはどこで、彼は誰かすらもわからない。
別世界に来てしまった異邦人のような心細さを感じた。
そして、肝心の男は何も言わずにアデルの瞳を凝視している。
アデルも深い困惑ゆえに、同じ強さで男を見つめ返す。
どのくらい時間が経ったかはわからない。
ふと、アデルは謎の男がとても綺麗な顔立ちをしていることに気がついた。
クリームベージュの綺麗な肌に、茶の少しも混ざらない漆黒の瞳と形のいい鼻、そして薄い唇。
しかし、このような男に全く見覚えがない。男の方はアデルに見覚えがあるようである。
男は再び、じっとアデルを見つめる。
アデルはそっと男の胸から手を下ろそうとした。
その時、アデルの脳裏に落雷のように閃きが降りてきた。
アデルはそのアイディアを躊躇なく実行に移す。
男の方も本能的に、目の前の女が何か企んでいることに気がついた。紫色の瞳は一瞬にして、困惑の色から、何かをやろうと意図する人間のソレに変わった。まるで闇夜の猫のように瞳がピカピカと輝いている。
しかし、男はどうしても体を動かすことができなかった。
『ねぇ、どうしたのよ。しっかりしてちょうだい。』
先程のアデルの声が何度も反芻されて、男はどうやってもアデルの紫色の瞳から目を逸らすことができない。
アデルは男の胸に置いていた自分の手を、素早く男の喉元にのばす。
男の首には赤い首輪がまかれている。アデルはその首輪に触れると男の目を見つめたまま唱えた。
「開け!さすれば我は行かん」
その瞬間、眩い光があたりを満たした。




