第1話 聖騎士のはく奪
わずかな黒土と豊富な水資源で形成された聖海王国エストヴァ。
商船に適した海岸があり、国籍、種族を問わず多くの人々が暮らしている豊かな都だ。
しかし近年、恵まれた資源を狙って隣国が侵攻して来るようになった。
これを守るのは、聖騎士を筆頭とした王国騎士団と治癒力の高い聖職者たち。
騎士団は人間とエルフが混成した集まり。
老練の騎士ホッグは、それらをまとめる隊長でエルフの部下にも慕われている。
「ロシャル! 敵の侵攻間隔が早い。防御は騎士団が引き受ける。聖職者と協力して支援を頼む!」
国境であるソルダ関門防壁では数日に一度、守備を固める必要があった。
敵は魔物を引き連れ、徒党を組んだ隣国の兵士ばかり。
それでも必要以上に討伐することはなく、無益な殺生は避ける戦いだ。
「分かりました! 回復は俺にお任せください」
ここでの役目は、ホッグ隊長率いる騎士団への支援。
魔剣を使う聖騎士一人よりも、統制の取れた騎士団に守備を任せる方が都合がいいからに他ならない。
魔剣は聖剣と対成す剣で、聖剣はかつての聖騎士である父が使用していた。
息子として父の遺志を継いだものの、魔力が強かったことで対成す魔剣が自分を選んだ。
もっとも、本来聖騎士は聖剣を使うべき存在。
そのせいで父を知る騎士のほとんどから、魔剣を使うことを良く思われていない。
しかし聖剣と対成す魔剣は最強の力を有し、使い方次第で全てをこなすことが出来る剣だ。魔剣だからと敬遠されているものの、聖剣に劣るはずも無く威力は凄まじい。
とはいうものの、交易を主とする王国としては魔剣使いの聖騎士は隠したいという思惑があった。
そういった経緯があり、敵との守備戦ではまだ一度も魔剣を使ったことが無かったりする。
王国は俺がまだ十七の子供であるという認識が根強いようだ。
下手をすれば、魔剣の使い方を誤ってしまいかねないといったことを恐れているらしい。
「よし、引き上げだ! 隊列を崩さず戻れ!」
いつものように被害を出さず、隊長の号令と同時に騎士団が引き上げようとした時だった。
すでに敵のほとんどが撤退済みにもかかわらず、魔物の群れが向かって来ているのが見えた。
「ホッグ隊長! 土煙が見えます! 魔物の群れが残っているのでは?」
「ぬぅ、やむを得ないな。ステウスとゼノン! ここは奴に任せて早急に戻るぞ」
「ですが!」
「聖騎士の子供にですか?」
隊長であるホッグと、その部下二人がこぞって俺の方を気にしている。
もしかして魔物に気付いて声をかけて来るのだろうか。
「……いつも支援に徹しているが、奴はまだ子供だ。魔剣を使って戦いたいと思っているはずだ。そうすれば……分かるだろう?」
「さすがです、隊長! では、このステウスがロシャルに伝令ついでに仕掛けましょう!!」
「よし! ではゼノンとオレとで王に報告に行くぞ!」
「はっ」
ここで自由が利くのは、最後列を務めている聖騎士の俺だけ。
俺しか戦える者がいないということは――
そう思っていると、騎士団のステウスが伝令にやって来た。
「伝令の騎士ステウスです。聖騎士ロシャル・コンラド! 王国騎士隊長ホッグ・アイスからの伝令である。『貴殿の持つ全てを使い、魔物を掃討せよ!』とのことです」
老練の騎士ホッグ隊長は、エストヴァ王から全幅の信頼を寄せられている。
最年少である俺は、聖騎士であっても戦場では彼に従わなければならない。
とはいえ、今まで伝令に来られたことは無かった。
――つまり、これは魔剣を存分に使っていいという意味に違いない。
「承知しました。魔物は俺がやります!!」
そう言いながら漆黒に染まる魔剣を構えると、伝令の騎士は恐る恐る頼みごとを言って来た。
「それが魔剣……! ロシャルさん、一瞬だけでいいので持たせてもらっても?」
「え? 少しでしたら構いませんよ。どうぞ」
ステウスと名乗った騎士は本当に一瞬だけ魔剣を手にして、すぐに返して来た。
何かをしたように見えなかったし、多分大丈夫のはず。
「……ひ、ひひひ。い、いやぁ、凄まじいですねぇ。これならきっと……」
聞こえて来たのは、心配するほど興奮したステウスの声だ。
魔剣といっても精神を侵すような性質は無いはずなのに。
気を取り直し、俺は魔剣を手にして向かって来た魔物の群れを全て掃討した。
そして騎士ステウスとともに王国に引き上げる途中――
俺は王国近衛兵に拘束された。
◇
「……ロシャル・コンラド。聖騎士でありながら、魔剣を使いソルダ関門の守備力を著しく低下させた。この罪は深く、許しがたいものである。よって、聖騎士の資格をはく奪するものとする!」
ソルダ関門での守備を終え、王国に戻った俺を待っていたのは聖騎士のはく奪宣告だった。
王の間にはホッグ隊長他、伝令に来た騎士ステウスが笑いをこらえて整列していた。
「ぷぷ、くふっ……」
「ステウス落ち着け。ふっ、先代に敵わないどころか被害を出すとは驚きだな」
「――そんなっ! そんなはずありません!! あの防壁は以前から崩れていました! ですから――」
「ロシャル・コンラド。追って処分を伝える。翌日まで外出を控えて待て!」
反論したところで無駄だった。
恐らく俺に魔剣を使わせて、ついでに排除しようと考えていたに違いない。
父を知る騎士団の多くは老練ばかり。
使命を帯びた聖剣を使っていた父を尊敬していた者たちは、俺を良く思っていなかった。
たまたま魔物が残っていたことをいいことに、魔剣を使わせて聖騎士をはく奪させるつもりがあったに違いない。
王城を出て家に向かう先で、
「ふははは!! 聖騎士とは聖剣を使い、我ら騎士団を率いる存在! 少年ロシャルよ、先代であるお前の父はまさにそういう存在だった。何とも残念なことだな!」
俺を陥れたホッグ隊長が悪気も無く諭して来た。
「……父は父だ! 魔剣を持つというだけで何故こんなことを――」
考えが古いだけでなく、聖騎士への固定観念がひどすぎる。
魔剣を使って王国に危険を及ぼしたことなど無いのに……。
「ホッグ隊長! こいつ、どうなるんです?」
「子供とはいえ魔剣を持たせておくのは危険なのでは? 王は何と?」
「ゼノン、魔剣を奪ってエルフの物としちまえよ!」
「嫌ですね。ステウス……あなたみたいに浅はかな行為に及ぶつもりはありませんよ」
ステウスとゼノンという騎士は、便乗して俺を小馬鹿にして来た。
「心配いらんぞ。明日になれば解決する! 我ら騎士団は少年を快く送り出す役目。今は"最後の聖騎士"さまをたっぷりと拝もうでは無いか!」
そう言うと三人の騎士は組み手を後ろに整列して、俺が家に着くまで見送っていた。
完全に馬鹿にされた感じだ。
家に戻ると母であるロシャル・フェリンが出迎えてくれた。
早くに聖騎士である父を亡くし、女手一つで俺を育ててくれた優しい母だ。
「コンラド、お帰り! 王さまからは何と?」
「大丈夫。何でも無いよ。明日になったら伝えられるけど、きっと謹慎だと思う」
「……そうなるといいね。でもあなたは魔剣を正しく使える正当な聖騎士。どんなことが待っていようとも、挫けずに生きなさいね」
母ロシャル・フェリンは魔力がずば抜けて高い魔術師だった。俺は母に似て魔力に優れたことになる。
父は剣に優れていたものの、魔力はからきし。
魔法が得意な者と剣が得意な者。
それぞれの得意分野を備えた者が夫婦となり、王国を守っていたらしい。
しかし父は病気で去り、聖剣も父とともに……。
「……? うん、道は自分で決めてるから大丈夫だよ!」
そして翌日。
王に召喚された俺に下されたのは、商人となって他国へ交易に向かうことだった。
「聖騎士改め、エストヴァを代表する商人ロシャル・コンラドよ。これより商船に乗り込み、我が王国の黒土を広めて来てもらいたい!」
し、商人……? それじゃあ、やはり聖騎士の資格ははく奪なのか。
「黒土をですか……?」
「他国はエストヴァのようにいい土が育っておらぬ。これを広めれば、王国はさらに豊かになるであろう!」
聖海王国エストヴァには、豊富な水資源の他にわずかながら貴重な黒土がある。
今回はその黒土を他国に売りに行くことが目的らしい。
「で、ですが、装備はどうすれば?」
いま身に着けている装備は、魔剣以外は全て父から譲り受けた王国式の鎧一式。
商人として動くとなるとさすがに動きづらいし、警戒されるはず。
「ホッグ・アイス。ロシャルを連れて行くがよい。見送りは騎士団に一任する!」
「――は! お任せを」
――な!? 聖騎士だって?
聖剣も無い一介の騎士が、どうして聖騎士になれるんだ……。
その場では何も言えず、王に言われるがままホッグは俺を連れて騎士団控室に入った。
そこでは有無を言わさずに騎士鎧を脱がされ、見事に軽装な商人の服を着させられた。
「お似合いではないか! なぁ、皆の者!」
「おおぉー! とても聖騎士には見えませんね!」
「ホッグ隊長。魔剣はどうされるんです?」
くそぅ、こうも騎士たちに囲まれては彼らの思うままだ。
ここで逆らったところでどうにもならないとはいえ、昨日の見送りはこういう意味だった。
「王国に魔剣は必要無いからな! 商人に必要も無いが、お守り代わりに持たせてやろう。それが先代へのせめてもの恩返しだ!」
何が恩返しだ! 恩を仇で返してるくせに。
「ふ、ふざけるな! 聖剣の無い騎士が聖騎士になれるわけがない!!」
「……ん? なれるとも! 聖剣はすでに掘り起こしてあるのだからな! 聖剣を使うことの出来なかった少年に代わって、このホッグが使って差し上げよう」
駄目だ、こんな奴が聖剣を手にしたら王国は……。
こんな思いを募らせても、もはや俺にはどうすることも出来ない。
魔剣を振れば形勢逆転出来るとしても、それは王国への反逆となる。
とにかく、まずは王国の為に商人として頑張るしかない。
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