第40話 緊急集中講義:「塩の杭事件」
自室を出ると、真田先生が迎えに来ていた。
「アンタ達、ここに集まっていたのかい。蘆屋先生まで。……これから、講堂を貸し切って緊急集中講義を開くんだ。この蔵王キャンパスにおいて、アンタ達の存在は特例中の特例。特に道明。身体が動くなら、参加しちゃあくれないかい?」
「おお、丁度良いところに来たのう、真田。わらわが説明するよりも早そうじゃ」
「兄さん。先生が事件について、色々説明してくれるって。行こ?おぶっていってあげようか?」
「いや、大丈夫。よっこいしょっと……」
非日常的な物々しい雰囲気が漂う廊下、そこで腕を組みながら手招きをする真田先生は、瑠莉奈、霊音、蘆屋、ベル、そして俺を連れて講堂まで先導した。
「しっかし、今回も派手にやったみたいだねえ」
「ハハハ……左目だけじゃなくて、腕まで機械になっちゃいました」
「いいんじゃないかい?イカしてて」
「先生?倫理観とかあります?」
「魔術師であり秘匿存在でもあるアタシにそれを求めるのかい?」
「ハイハイ悪うございました」
俺は講堂に並べられたパイプ椅子に腰かけ、真田の講義開始を待つ。
他学年の学生や先生達も集まり、ようやく真田による講義が始まった。
「じゃあ、講義を初めていこうかねぇ」
一般人にも隠し切ることができない程に露呈した現象、「塩の杭事件」。
それは7月8日、午後0時0分。
日付が変わった瞬間。
全世界の「罪人」、そのごく一部が何の前触れも無く、塩の杭と化した。
世界的に有名になってしまったテロ行為の糸引きをしていたカルト教団の教祖。
差別主義的な思想のもと、大量殺人事件を起こした死刑囚。
利権を以て国家を牛耳り、思想を以てカネをかき集め、私腹を肥やしていた悪徳政治家。
権力、権威、支配。
そういったものを黒い欲望のために使うもの。
彼らのようなものは、特に多くが塩の杭となった。
女神アリシアは、民の声を聞いただけであった。
多くの民が邪悪であるとする者を、ただ戒めただけであったのだ。
しかし、神は融通が利く存在ではなかった。
塩の杭は、人が知らぬ故に悪であると思い込んでいる者達も神は悪として認識し、例えば魔術師、例えば聖職者。
特に宗教を嫌う傾向にある日本では、それが顕著に出ているようであった。
その証拠に、日本では特にオカルトや宗教に関わる人間が多く塩と化しており、こちらとしてもその被害は少なくなかった。
現在、女神アリシアを信仰対象として掲げているアリシア教、ペトラ教をはじめとした宗教団体は、他宗教関係者だけではなく、魔術師や呪術師達からも責任を問われ、対応に追われているという。
神がやらかしたのだから仕方が無いとはいえ、お相手の団体も大概憐れなものである。
講義終了後。
1年A組へ集められた俺、瑠莉奈、霊音の三人は、蘆屋が渡してきた書類に目を通し、今後の対応についての話を聞くことになった。
「という訳で。道明クン達三人には、珍しく『普通に講義を受けるだけの日々』を送ってもらおうカナ、と思うヨ」
「どういう訳ですか?」
「しばらく療養が必要だって事だヨ。道明クンは義手にまだ慣れてないだろうし、この蔵王キャンパスどころか、日本の中でもかなりの戦力にあたるベルちゃんはベルちゃんで、まだ『バエル』の概念が定着しきっていないから……今はリハビリ期間みたいなものなんだよネ~。つまり今、この状況でボク達ができる事は何も無いって事サ」
「……無念」
「神に抗うっていうのは、相応の覚悟と準備が必要なものなのサ。だから、今はその期間ってワケ」
「でも、しょうがないよな」
霊音の言う通り、こんな状況で何も出来ないのは確かに無念ではあるが、義手に慣れていない今の俺に出来ることは限られている。
人工の神経は反応こそ良いが、その使用感覚に慣れるかどうかはまた別の話なのだ。
「ま、そもそも皆、事案の対処やらベルちゃんの件やらで、まともに講義受けられてなかったデショ?この機会に、普通の若手魔術師みたいな生活を味わってみなヨ」
そう言いながら蘆屋は「シラバス」と名のつく講義の予定表を俺達に投げ渡し、教室を後にした。
それから俺は霊音を部屋に招き、俺、瑠莉奈、霊音の三人で、どの講義の何回目に出席するか大まかな予定を立てた。
「……普通の魔術師、か。ホント、つくづく魔術師一年目で経験するようなものじゃない経験ばっかりしてるような気がするよ」
俺は机に杖を置き、ベッドに寝転ぶ。
それを見た瑠莉奈も自分のベッドに飛び乗り、そのまま大の字になった。
そして、瑠莉奈はついでと言わんばかりにベッドに引きずり込んだ霊音を抱きしめながら、そのまま眠ってしまう。
「……瑠莉奈ちゃん、僕を抱っこしたまま寝ちゃった」
「ああ……しばらく解放されないぞ、それ」
「……そ」
「大丈夫か?この後用事とかあるんだったら、無理矢理にでも瑠莉奈起こすけど」
「大丈夫。今日も明日も暇」
「そうか。じゃあ……ごゆっくり」
俺は瑠莉奈と霊音から視線は外し、壁の方を向いて俺も意識を手放す。
夢の世界へ旅に出るその時まで、俺の心には「普通の魔術師」という言葉が引っかかっていたのであった。




