第14話 2と1 後編
私は右手の親指、人差し指、中指を立て、拳銃を模した形とする。
「フン、岩ならもう見切ったわ!【パワー……」
「ハズレですよ、ベルちゃん。【バラル】」
私はノーモーションで「バラル」を使い、ベルちゃんの認識を阻害する。
今の「バラル」によって阻害されるベルちゃんの認識は、「私に関するもの全て」。
強力故に使用する霊力は多いですが、その破壊力故に「バラル」をかけられた相手は、私本体も私の術も、それらの一切を認識できなくなる……という、とてつもなくハイリスクハイリターンな魔術なのです。
「初代のアガレスから使っている術を、ここにきて最高に近い出力で放ってきたか!面白い!其方は紛れもない天才じゃ!この経験の浅さにして、今までのアガレス達に届かんとするその技と力!其方は類を見ない程に最高のアガレスじゃぞ、四代目!」
「それはありがとうございます!でも、褒めても何も出ませんよ!」
「さあ、大人しく壁にでも寝転がるが良いわ!【胞囲藻】」
ベルちゃんは濡れた植物を壁中から生成し、それを蔓状にして振り回して私を巻き込み、そのまま壁に吹き飛ばした。
「がはっ……!?ど、どうして位置が割れたんですか……!?」
相手の認識を妨げる「バラル」、そして認識できなくなる対象を自分に置いた場合のステルス性能は最高な筈……!
「……天才には変わりないが、やはり未熟か。『胞囲藻』は、其方の位置など気にするでも無く振り回していただけじゃ。戦場で茂みに隠れれば兵士の目は盗めるが、放たれた矢の雨は茂みであろうと更地であろうと容赦無く降り注ぐじゃろう?」
そういえば、あのジメジメした蔓のような何かは全方位から伸びてきたような。
姿、音、匂い、空気の味、空気の流れ、気配……私が関わるそのどれもを認識できなくとも、何となくで振り回していた蔓が当たってしまえば、それすなわち私の位置が分からなくても攻撃を当てることができてしまう……!
ステルスの弱点、それは弾幕や極太レーザー、巨大な隕石などに対して効果が薄いということ。
一瞬で看破されたのか、過去に似たような術を使う相手と戦ったことがあるのか……。
いずれにせよ、ベルちゃんに露骨な「バラル」は通用しないみたいですね。
押してダメなら引いてみろということで、次の作戦に移るしかありません!
「【バラル】」
「ほう、今度は何じゃ?また何かを封じてきたな?」
あえて「バラル」を低出力で使うことによって、何の認識がどう阻害されているのか、それをベルちゃんに理解させないことにした。
ちなみに、今の「バラル」で阻害したベルちゃんの認識は「私の言葉」。
私がどんな術の詠唱をしても、ベルちゃんには全て「散る鏡」の詠唱にしか聞こえない。
「何を封じたかは……自分で確かめてみたらどうですか!乱反射する石が、今度こそベルちゃんを捕らえて逃がしませんよ!【散る鏡】!」
「【パワースポット】」
「【散る鏡】!」
「【パワースポット】」
「散る鏡」を2回撃っておくことで、再び「パワースポット」の発動を追いつかせなくする作戦であるとのブラフをかけておく。
まさかこの状況で、別の術が飛んでくるとは思うまい。
さて、この辺りで切り札を切るとしましょうか!
「【岩石牢】」
「また同じ技を……いや、待て、違うぞ!!?アガレス、貴様……わらわの耳を弄ったのか!?」
「良く気付きましたね!大正解です、ベルちゃん!」
「散る鏡」の詠唱を聴いた瞬間に「パワースポット」の準備をしてしまったのか、ベルちゃんの反応が遅れる。
私は自身の身長よりも遥かに大きな、例えるならば軽トラック程度の体積をもつ高密度の岩石を6つ生成し、その一つをベルちゃんの腹部に押し付けて飛ばし、そのまま壁に激突させた。
「ぐえっ」
そして、そのまま残りの五つをそれぞれベルちゃんの両手と両足、そして股下へ飛ばして拘束する。
「これが私の必殺技です!さあ、負けを認めて下さい!今の貴方に……『マーキィ=フェリディア=ベル』ちゃんに、『悪魔アガレス』は倒せません!」
「くっ……そのようじゃな……ならば!」
ベルちゃんは岩に拘束されながらも、右手から私の背後へ蔓を伸ばし、それは倒れている兄さんの身体へ巻きつく。
そして、みるみるうちに蔓は兄さんを縛り上げた。
「兄さん!?どういうつもりですか!」
「すまない、アガレスよ。わらわは、どうしても其方が欲しい。故に問おう。……これは脅しじゃ。よく考えて返事をするが良いわ。……わらわに従うか、この兄を殺されて主人を失うか」
ベルちゃんは、いつに無く冷めた表情をしている。
「ま、待って下さい!仮にも大ベテランの魔術師が、新人を殺すなんて……」
「新人潰しなどよくある事じゃ。ここ数十年は聞かぬがな。……さあ、早く従うが良い。わらわを攻撃しても良いが、それと同時に蔓が其方の兄を絞め殺すぞ?」
「……そうですか。どこまでも、甘いですね」
「なんじゃと?」
「もう、模擬戦は終わって……今は場外乱闘みたいなものですよね?」
「それがどうした?最早、『模擬戦』という縛りは無くなった。……だからこそ、今のわらわは其方の兄を殺すことが出来ると、そう言っておろう」
「なら、もう試合気分は終わりということで」
「む?」
「兄さん!もう寝たふりはいいですよ!」
「おう!【ビームソード】!」
兄さんの杖から、白く輝く魔力の刀身が伸びる。
その刀身は1メートルを優に超え、兄さんが杖を足元に向けると、その刀身は足元から伸びる蔓をまとめて断ち斬った。
「貴様、いつから狸寝入りを!」
「瑠莉奈のステルスが破られた辺りから」
「小賢しいマネを!ならばまず、貴様を同じ攻撃で沈めてやろう!【胞囲藻】!」
ベルちゃんは私の岩に縛られたまま、兄さんの方へ壁から太い蔓を何百本も伸ばす。
悪魔の私が受けるにはそこそこな攻撃だったが、果たしてビームソードが使えるだけの人間に耐えられるのだろうか。
このままでは兄さんが危ない。
私は、右足で地面を蹴り飛ばすように、兄さんへ向かって走り出す。
しかし、もう蔓の先端と兄さんとの距離は2メートルにまで迫っている。
生前から50メートル走のタイムは10秒以上をキープしていた私には間に合わない。
「兄さん!!」
「大丈夫だ、心配いらない!」
しかし私の不安はただの杞憂だったのか、全方位から迫る蔓を、兄さんは容易く流れるように切り裂いていく。
「よかった……!」
「ビームソードだけ3ヶ月も使ってりゃ、これくらいはな」
「ぬぅぅ……兄妹揃って、どうしてこうもわらわの思うようにいかぬのだあああああ!!」
ベルちゃんは、私が出した岩をどかそうと必死にもがく。
しかし、やはり四肢と腹部を壁に押し付けられているからか、ベルちゃんは全くもって抵抗できなかった。
私はベルちゃんの側にゆっくりと歩み寄る。
そして、ベルちゃんの腹部と股下から岩をどかし、右手でベルちゃんの顎を持ち上げた。
「さあベルちゃん、これで懲りましたか?」
「フン、懲りる訳なかろう」
「そうですか。反省したなら、やめてあげようと思ったんですけど……フンッ!」
「ぶっ!」
右手からの平手打ち。
小さい身体にはダメージが大きいのか、ベルちゃんは瞳に涙を浮かべる。
「泣いても無駄ですよ。……ベルちゃんは私を盲目呼ばわりして、そして兄さんを『あんなの』なんて言った。私のことは100歩譲って許してあげますけど、ご主人様であり大切な家族である兄さんをバカにした上に、謝るどころか懲りた様子でも無いのでは、簡単には許してあげられません」
「この小童が……!ぶえっ!」
「さあ、覚悟して下さい!」
「なっ!?」
私は再び右手でベルちゃんの頬を打った後に拘束を解き、地面から拳の形を模した岩を隆起させる。
コントロールを失ったまま空中へ吹き飛んだベルちゃんは、見事に私の真上へ降ってきた。
ベルちゃんに全力のパンチをお見舞いしてやろうと、私は拳を構える。
しかし。
「よっと」
あろうことか、兄さんはベルちゃんに杖を投げ飛ばして軌道をずらし、そのままベルちゃんの小さい身体を、腕の中に納めてしまったのだ。
「き、貴様……?何故、わらわを庇うような……」
「いくら何でも目の前で年寄りが嬲られてるのを見るのは気が引けるだろ」
「こんなシチュエーションでロマンスの欠片も無いな、こやつは」
「ロリともババアともロマンスは予定しておりません」
「そりゃあ良かった、わらわも貴様のようなデリカシー無し野郎とは願い下げじゃ」
ベルちゃんは浮遊して、それまで抱きかかえられていた兄さんの腕から離れる。
おのれベルちゃん、妹の私でさえ中学生になってからはおんぶも抱っこもしてもらっていないというのに。
「ベルちゃん。今の、忘れませんからね」
「今のとは何じゃ、わらわがこんな未熟者に抱きかかえられるなどという醜態を晒したことか」
「そうですよ!そういうのは妹の特権だと思ってたのに」
「ハッ、しょうもないのう」
「なんですってぇ!?」
「今度は本気で殺り合うか?ウン?」
「負けた身分で良く言いますね!」
「まあまあまあまあ落ち着け落ち着け」
その後、私とベルちゃんは兄さんによって引き離され、その後しばらくは廊下や書庫でベルちゃんと会う度に、軽い言い合いをするような関係になりました。
もうすぐ日付は4月になり、兄さんも晴れて魔術学院の一年生になります。
ベルちゃんはまだ話が通じる人なので良かったですけど……。
クセの強い魔術師達のことです。
これから、本当にバーサーカーみたいな人が出てこないとは言い切れません。
その時は……たとえ本人の意志を無視してでも、兄さんを守らなければならなくなることもあるかもしれませんね。
私も、覚悟を決めなければ。
一人前の魔術師、その従者として。




