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奇師奇喪-クシクモ-  作者: 最上 虎々
第一章 日々に至らず
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第10話 繋ぐもの

2017年12月25日、午前10時。


世間はクリスマスムードに染まり、街は聖なる力と性なる邪気が混ざり合った混沌そのものと化していた。


そのせいか、街には妖怪や悪魔が入り乱れ、数名ではあるが行方不明者も出ているらしい。


故にだろうか。

「現在、我々日本魔術学院『世界魔術学院連合』を中心に、『大呪術院日本本部(呪術師達の最大勢力)』・『ペトラ教会日本支部(世界最大の宗教団体)』・『秘密結社狐火(妖術使いの最大勢力)』の四大勢力が手を組み、全国規模で人ならざる者達の掃討作戦が行われている。故に、政令指定都市以上及びそれ以上の人口・繁栄が人々に認められている市街地への立ち入りは控えること」

という旨のメールが、昨日クリスマスイブの黄昏時あたりに、学院から学生含む関係者全員へ届いていたようだ。


当然ながら、俺と瑠莉奈も漏れなく学生と関係者であるため、特に街へ遊びに行くこともできないまま、暇なクリスマスを過ごすことを強いられている訳だが……一方の蘆屋は、その合同作戦に参加して妖怪や悪魔相手にやりたい放題しているらしい。


ソースは本人からの狂気じみた写真付きのメールである。


……戦闘の最中だというのに、殺す直前の妖怪(瀕死)と笑顔のツーショット写真を撮ったそれを送りつけてくる蘆屋のことだ。


きっと、遊ぶように戦っているのだろう。

そして、俺が出会った人の誰よりもオカルトマニアな蘆屋が、こんな百鬼夜行おまつりを楽しまない筈がない。


「……いいなぁ、クリスマス」


悪魔アガレス、もとい瑠莉奈は呟く。


そういえば俺も瑠莉奈も、去年のクリスマスは散々だったような。


去年の俺は瑠莉奈の死から立ち直り切れていなかった上に、瑠莉奈は瑠莉奈で、まさに死を生きる者、すなわち亡霊となっていたわけだ。


「瑠莉奈。ちょっと抜け出すぞ。ついて来てくれ」


俺は瑠莉奈の手を取り、学院を抜け出して、雪が滾々と降る山を登っていく。


この辺りは、キャンパスを覆い隠すように造られた一般の別荘地……に見せかけた、日本魔術学院の「大書庫」と各キャンパスを繋ぐ扉の中継地点とされている場所の筈だ。


全てのキャンパスと大書庫を繋ぐワームホール的なソレが、どういう訳で宮城蔵王に設置されているのかは分からないが……とりあえず、それ故に結界や警備も厳重であり、「外部からの侵入者を意地でも防ぐ」というような構造となっている。


一方で「監視の目は多い方が良い」という意見のもと、学院所属魔術師の立ち入りは歓迎されていると、蘆屋から聞いたことがあった。


故に、学院所属魔術師のお散歩コースとしてはうってつけな訳だ。


そして、その上部には25メートル四方のスペースが確保できる広場がある筈だ。


瑠莉奈にとって楽しいクリスマスになるかは分からないが、1年ぶりに再会した兄妹であり、契約を結んで2か月やそこらの悪魔と主人との交流を深めるという意味では、良い機会にもなるだろう。


……ということで。


「突然こんなところに連れ出すなんて珍しいね。寒くないの?」


瑠莉奈は、俺が何故ここに瑠莉奈を連れてきたか分かっていない様子だ。


それもその筈。


今日は記念日でも何でもない上、特に喜ぶようなサプライズを用意している訳でもないため、これから俺が何をするのか察しようが無いのである。


「……瑠莉奈。この辺で少しやり合おう」


「やり合うって?」


「いや……俺達、まだお互いの力を知らなすぎると思うんだよ。お前が強いのは、再会した瞬間に思い知らされたような気もするけど……折角だし、年が明ける前に互いの実力を確かめておきたいんだ」


「いいけど……私、手加減苦手だよ?大丈夫?」


「お前のお兄ちゃんは妹に一撃でやられる程ヤワじゃあないぞ」


思えば、この時の俺は愚かであった。


妹の人格と肉体がベースになっているとはいえ、アガレスの名を冠する悪魔と対等な条件で手合わせをしようなどと。


やはり強き者の忠告は聞いておくものであったのだ。


「じゃあ、いくよ!」


俺と瑠莉奈は10メートル程度の距離を開け、向き合う。


「さあ、来い!」


俺が構えをとった瞬間、視界が一気にぼやける。


「【バラル】」


瑠莉奈が耳元で囁く、その声だけが、俺の脳内を蹂躙した。


耳元で「バラル」を囁かれた拍子のことだ。


何を奪われた?


平衡感覚さえも失いそうな、不安定な視界。


しかし目玉は付いているし、視界が暗転したわけでもない。


「……っ」


「私の『バラル』は、人格を持つ存在から言葉、認識、概念……そういうものを混乱させて認識できなくする混沌魔術なんだよ。そして今、私は兄さんから『みる』っていう言葉を奪って、兄さんに『ものの見方』を忘れさせた。こういう五感の一つを奪うような使い方は負担が大きいんだけど、その分強いでしょ?どうかな、何も『みえない』気分は」


なるほど、今の俺は「視界は晴れやかだが、脳内は目に映ったものを認識できない」状態らしい。


瑠莉奈が俺の周囲を飛んでいる。

風の流れと共に、瑠莉奈の香りがふわりと漂う。


しかし、もはや視界は使い物にならない。


さあて、どうしたものか。


俺は魔術師でも何でもない頃から、実体を持たない・実体化していない状態の妖怪や悪魔などに対しても、何故か直接攻撃が通じてしまう。


理由は不明だが、ただの人間だった俺のパンチが河童に効いていたのは、そういうことだろう。


「やぁっ!」


フワフワと漂う不自然な風の流れから瑠莉奈との距離感を掴み、俺はリーチが広いラリアットで、瑠莉奈の首元に腕を引っ掛けて吹き飛ばした。


「きゃっ!?よくわかったね、兄さん!?」


瑠莉奈は付近にあった大木を蹴り飛ばし、器用に着地する。


アニメやドラマでしか見ないような動き。


身体強化やら何やらの術でも施さない限り、人間にはできない動きだろう。


こんなに大暴れできるのか、悪魔コエ―。


「長い時を過ごしてきた妹の気配くらい分かるぞ、お兄ちゃんをナメるな」


「うーん、下手に『バラル』で何かしても意味無いかも……?」


瑠莉奈は僅かに、息を吸い込む。


黒かった瞳は山吹色の光を宿し始め、辺りの石が浮き、瑠莉奈の周囲を漂い始めた。


「本気モードか」


「うん。……ちょっと本気でいくよ」


「さあ、改めて」


俺が再び戦闘態勢を取り直した瞬間。


「【散岩】」


「ダメだこれ死ぬ」


全身に尖った岩の破片が突き刺さり、それは勢いのままに肉を抉る。


銃を扱うゲームの界隈において、近距離ショットガンは犯罪だとよく言われるが、その気持ちが身に染みて分かったような気がした。


「……兄さん、大丈夫?」


「あんまり大丈夫じゃない」


全身血だらけ傷だらけ、身体の動きが大きく鈍る。


予想外であった。

「ちょっと本気を出す」で、これ程までとは。


「待ってね、軽い手当てならできるから……【魔力壁】と【拒まれる痛み】……っと」


瑠莉奈は俺の身体をあちこち触りながら、傷口に魔力を固めて生成した壁を張って出血を止め、痛覚に対して「拒む力」を添加して痛み止めの代わりとする。


「いやぁ……散々イキっておいて、このザマだ。……でも、これでお互いの実力は何となく判っただろ。それだけでも有益な時間だったってことで」


「そうだね。でも兄さん、あれを受けて気絶してないのが驚きだよ!全弾当たったら死にかけるかも知れないくらいの威力で撃ったのに!」


「身体が貫通しないだけマシだからな、あのくらいじゃ死なねーよ。…多分」


河童の時は、肉が抉られるどころか骨まで貫通したのだ。


アレに比べればマシである。


「ふふっ。やっぱり、兄さんは何か『違う』ね」


「ちょっと丈夫に育っただけだろ。……ま、こんな身体だから俺は今でも生きていられるんだろうけどな」


俺は瑠莉奈に右肩を支えてもらい、左手で瑠莉奈が岩から作った即席の杖を突きながら、ゆっくりと山を下って自室へと戻る。


その途中、斜面から見渡した蔵王の景色。


雪の白に微かな緑が映え、のどかな町並みが心に暖かみを取り戻させるようなものであった。


「いい景色だね、兄さん」


「そうだな。……瑠莉奈。帰ったら、一緒に寝るか」


「は、はい!?に、ににににににに兄さん、何でいきなりどうしたんですかっ!?らら、らしく、らしくないですよっ!?」


「いや、深い意味は無いんだ。……ただ、俺が魔術師として生きていく以上、俺もお前も、いつ死ぬかなんて分からないんだ。だから……せめて生きている間に大切な家族と、できるだけ長い時間を一緒に過ごしたいんだよ」


「そ、そう、ですか……」


俺は瑠莉奈に半ば引っ張られるようなかたちで部屋へ戻る。


そして日が沈んだ後、俺と瑠莉奈は久しぶりに同じベッドで眠りについた。


それでも、大書庫でアガレスについての文書を読んだ日以降触れることが無かった瑠莉奈の頬は、瑠莉奈という元人間が生物をやめているにも関わらず、何故か温かかった。

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