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エルクロが女の子の姿のままなのは困るが、正直な話もとに戻ってしまうのは惜しい





「――――そんな夢を見ながら俺は目を覚ました」


「夢ではない。……お前の醜態は全部現実だ。ギンロウ」


 頭のなかの言葉は気絶から覚めたばかりのせいかそのまま口に出ていた。冷静にツッコミを入れたのはサンゲツだ。眼鏡の奥から鋭い眼差しを向けていた。


 ……どうやらあの模擬戦で俺は自分の頭を打って気絶したあと自室まで運ばれたらしい。壁に掛けていた刀鞘を見てすぐに判断できた。


「……あれからどれくらい経ちました?」


「そんなに時間は経ってないがエルクロがもってきた料理はルロウが、娘の手料理に似ていてつらいとか言いながら持って夜空に消えた」


「そんな流れ星みたいな……」


 呪いを受ける前まではここまで自分勝手なやつじゃなかったはずなんだが。


「……エルクロはどこに?」


「ルロウが作った分を独占したからと言って厨房を占領していた。……パーティを追放すると言ったんだがな。オレは何もかも甘いらしい」


 サンゲツから深いため息が漏れる。……彼としては重い判断を下したつもりだったのだろう。毅然とした表情はそのままだが、どこか罪悪感のようなものが見え隠れしていた。


「……俺が動揺しなかったらあんな決断をしなくたってよかったんです」


「違う。……違うんだ。ギンロウだけじゃない。ルロウも、オレだっておかしくなっていた。酷い話だが、エルクロがあの姿になってからお前に嫉妬していた。羨ましいとさえ思った。……これではまるで獣だ」


 サンゲツは眼鏡をクイと、持ち上げた。プライドの高い彼が無表情を取り繕うときの癖だ。……今の話はジョークなんかじゃない。


「追放の話を出したときも、ギンロウならと言っていた。訓練のときのやり取りも見ていると本調子になれそうになかった。……オレにとっても追放は必要なことだったんだよ」


 彼が自分の弱みを明かすのは滅多にないことだった。鋭い目つきも変わらないままだが、よほど悩んでいたらしい。


「……なんとかするしかありません。今すぐにとは行かないでしょうが」


 そもそもこんな原因になったのはずっと男所帯でお互いモテないことはないはずなのに、サンゲツはパーティリーダーだからと自戒し、俺は話すことを恐れて修行に明け暮れた所為だ。


 もしくは天社ダンジョンがもたらす恩恵ギフトが曰く付きだったせいだ。エルクロは魔力量の増加の代償として大切なモノを失った。


 そうした特別な呪いに対する処置さえ見つければ治すことだってできる。


「パーティを再結成するためには俺達が女性に対する免疫をつけるか…………呪いを解く方法を探すしかないかと。そしたらエルクロも一緒にダンジョンの踏破を目指せるはずです」


 エルクロが女の子の姿のままなのは困るが、正直な話もとに戻ってしまうのは惜しい。やや生意気で荒んだような、けれども大きな赤い瞳も、長く柔らかい髪も。華奢な身体つきも。全部が魅力的で――――。


 何を考えてるんだ! すぐに顔を横に振った。自戒し、サンゲツと向かい合った。彼はニヒルな笑みを浮かべながら眼鏡を指で押し上げて、そうだなと。同意の言葉を呟く。




「「どうにかして呪いを解こう。エルクロも喜ぶはずだ」」


((呪いを解かずとも一緒にいられるように慣れるしかない))


 建前と本音は自然と合致する。サンゲツが表情を隠していたことに気づくのは手遅れになってからだった。




「……とにかく、騒がせてしまいましたし皆さんに謝罪して参ります。サンゲツ、あなたにも負担をかけて申し訳ないです」


「いや、気にするな」


 サンゲツの言葉をしり目に部屋を出た。そのままばったりとユスティーツと鉢合わせる。熱帯夜だというのに暑苦しい修道服のままだった。


「ああ、ちょうどよかった。訓練での傷ならまだしも、負傷内容が全て自傷でしたからね。治療のお礼を言いたかったんです。助かりました」


「これが仕事なのですからお礼などいらないと何度も言っているではありませんか。面白いものも見れましたしね。それよりもギンロウ、傷は治せますが泥と汗が消えるわけではありません。一度身体でも流したらどうです。見ている限り、思い悩むこともあるでしょう。スッキリしますよ」


 すくーる水着とやらを手に取っていたときはとうとうこいつも頭がおかしくなったかと思ったが、気のせいだったのかもしれない。


 今目の前にいる奴は誠実で穏やかな笑みを浮かべる好青年にしか見えない。


「……そうしてきます。ありがとう」


 あの醜態について言及してこないだけで助かったと思いながら、浴場のほうへ向かった。




 ――彼の背をジッと見届けるユスティーツ。気配が無くなると同時、窓の外から羽ばたく音が響いた。


「今さー、お風呂場でエルクロちゃんが出汁取ってなかった?」


 ルロウが逆さ向きで飛びながら尋ねると、ユスティーツはすぐに頷いた。修道服でも取り繕えない邪悪な笑み。


「えぇ……なんですそのキモい表現は。ですが肯定しましょう。主もおっしゃっています。いますと」


「知ってて言ったんだ。そーいうことはおじさんにやってほしかったなぁ。だってそしたら免罪符できるじゃん?」


「あなたに渡したいのは冤罪符だけですよ。ルロウ」


「変なもの自作しないで。おじさん新しいものは受け付けられない主義だからさぁ……」


 ルロウは引き気味にぼやいて、逃げるように翼を仰ぐ。夜空のなかを羽ばたいて、不意に違和感が過ぎる。


「ん-ー……。パーティ全員が宝珠の恩恵を受けたのにどーしてエルクロちゃんだけが呪いにねぇ」


 いや、それも勘違いかもしれない。とっくのとうに全員が呪いの効力化だとしたら。自分の呪いはなんだろう。ロリコン? ……だとしたら酷くない?


 一瞬で嫌気がさしてルロウは考えることをやめた。

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