徹夜で煮込み料理でも仕込んでたのかい? クタクタになるまでさぁ。随分と出汁が出たじゃないか? そのうえ朝に味見までしたのかい?
――――結局、ギルドハウスにいるパーティの皆と合流したのは昼過ぎになった。
デートがどうだと騒いでからの朝帰り……。否、朝すら超えた。
大扉を開けると全員の視線が集まるのがわかった。
エルクロは吸血鬼であることを隠そうともせず、黒い魔力の翼をパタつかせながら、構わない様子で甘えるみたいに腕を組んだまま。
血と魔力を吸うだけ吸った黒く長い髪は鮮やかな深紅に染まっていて、頬までつやつやしている。
そんなかつてないほど機嫌と体調の良いエルクロと、血ともろもろを吸い尽くされて、貧血でふらつく視界と足取りの俺を、全員が交互に注視した。
「おじさん少し彼とお話があるんだぁ? 借りるよ?」
ルロウとユスティーツが満面の嫌な笑みを浮かべて、弱り切った俺を廊下の端にまで拉致してくる。
「…………なんですか?」
「いやぁ随分と調理に時間をかけたねぇ。徹夜で煮込み料理でも仕込んでたのかい? クタクタになるまでさぁ。随分と出汁が出たじゃないか? そのうえ朝に味見までしたのかい?」
「……ルロウ、あなたはどうしてそう気持ち悪い語彙力だけ豊富なんですか?」
「おじさんの脳みそが若くて腐ってない証拠さ。それに料理人はいい食材を見つけたらどんな料理にするかとか考えるものさ。茹だった二人を見たら料理内容ぐらい、ぽんと出るとも」
「本業は武闘家でしょう……。それで、俺のことをバカにしにきたんですか?」
「主は尋ねています。どんな感じでしたかと」
「おじさん予想でギンロウの真似していい? 嗚呼、エルクロ……待ってください。俺の――――」
俺は二人の仲間を遠慮なく一発ずつ鞘で殴って、ルロウの言葉で言うなら肉共を締めてやった。
エルクロの方へ戻ると、エルクロはしたり顔で俺を見つめて、そしてサンゲツにひけらかしていく。
「――そう。凄くよかった」
『あなや』
サンゲツは達観した様子でそう一言だけ宙に綴った。それから少し気まずくなってか、カロロと、肉食獣めいた呻きを漏らして、長く、真剣に文字を綴っていく。
『オレは二人の関係性を縛るつもりはない。ただ我々のために悩んで、他人の塔を無理に勃造することは思いとどまって欲しかった。いまはどう考えている?』
文字だからって強引にルビ振って上手いことを言ったつもりでいるのはいかがなものか。
サンゲツ自身は至って真面目に見えたから指摘もできないが。
「……心をこのままに体を男に戻しても、ボクは前のボクでいられないだろうし。それはやめることにしたさ。けど体をこのままにして、こうなった原因の一つに見て見ぬフリをしても、前のように上手くに戦うことはできないだろうから、根本の鬱憤を晴らすことにした」
エルクロは気に留める様子もなく小さく微笑んで、不意に俺の手を握り引き寄せた。
「迷惑を掛けていることは承知しているのだがね。呪いを断ち切るために数日の間留守にするが許して欲しい。ギンロウをボクの両親にご挨拶させにいく」
サンゲツが虎になっていようが容易に理解できる。突拍子のない宣言に目を丸くして思考が止まっていた。
それでも、カロロと乾いた唸り声だけをこぼして、彼は放棄していたリーダーとしての責務を全うするようにじっとエルクロに視線を向けた。
『迷惑だとは思うまい。縛りつけるつもりもないが、無視するつもりもない。手を貸せることはあるか? オレが貸せるのは猫の手ぐらいだが、この手は前よりも憎いやつを切り裂くのに長けているぞ』
エルクロは差し伸べられた手を取って、巨大な肉球を遠慮なく堪能したのちに決然とした表情を向けた。
「大丈夫だとも。冒険をしにいくわけではないからな」
『……追放などと言ったことは今でも後悔しているんだ。結局は曖昧な立場を取って、君を悩ませてしまった。自己満足な罪滅ぼしかもしれないが、何か手を貸せることがあればいつでも言って欲しい』
「まぁ今でも曖昧なのはボクなのだがね。ふふ……。けど本当に大丈夫なんだ。安心したまえ。極東土産も買って帰るとも」
『もう行くのか?』
「転がる石に苔は生えないからね。善は生き急げって言うだろう?」
少し違う気がするが誰も指摘はしなかった。
「……サンゲツ。すみませんがそういうことなので数日は留守にさせていただきます」
『獣畜生になっても案外なにも変わらんな』
綴られる愚痴に苦笑いしているところを、エルクロはずるずると引っ張っていく。
激流のような勢いに流されるまま、段々と駆け足になっていく。
昨日デートでのほほんと歩いていた場所も一瞬で走り抜けて、ろくな準備もしないまま船着場へ。
青々とした快晴の空と海は穏やかだった。
海鳥の鳴き声と船乗りの喧騒が遠く響いていく。
魚の匂いが混じった潮風が、エルクロの黒と紅の髪を靡かせていた。
大陸横断用の船は巨大な帆船だ。
甲板にあがると風の勢いは増して、少し肌寒いぐらいに吹きつけていた。
「……エルクロ、あなたも気づいていますよね?」
サンゲツ達が後ろを気づかれないようにコソコソと着いて来ていた。
巨大な虎が平然と徘徊するだけでも小さな騒ぎになっているし、そこに変態二人と天使まで加われば一瞬で見世物同然だ。
むしろ気づかれていないと思ってコソコソ移動し続けているのが白々しい。
「まぁ、ボクらが極東に行くのと、サンゲツ達の旅行先が極東になるのが偶然重なることもあるだろう?」
皆が変装しながら船に乗り込んでいくのを見て、エルクロは嬉しさを隠す様子もなく穏やかに微笑んだ。
ノクターン用の内容をちまちまと描いて6000文字ぐらいにはなってきている




