これは告白? プロポーズ? いや、そんなキラキラしたものじゃない。もっとドロドロと醜くて――言うなればゲロ甘い。砂糖を欲望で煮詰めたような醜悪な言葉の連続
むしろ、俺に歩み寄って、手を握ったまま俺を押して、押して、市場から外れて、水路に掛かる橋の欄干にまで追い詰めてくる。
「ボクは構わないぞ。むしろ隠されたくない。君がボクに女でいてほしい。男でいてほしいと思う気持ちと、ボクの……家族が男でいろ。男らしくいろと思い求めたものは何もかもが違うのだぞ?」
ぐいと一層にじり寄られて、ついには背に煉瓦が押し当たる。水際を撫でる涼しい風が吹き上げると、エルクロの長く黒い髪を艶やかに靡かせていた。
「……だから、気にせずにいろいろ言えと?」
「……そうだとも。恥ずかしいのが君だけだと思うかね? それとも、ギンロウは女の子が辱められるのが好みかね? はたまた、どっちでもない曖昧なボクがどっちつかずで曖昧な君にゆらゆらされちゃうのが好みかね?」
「嫌いではないですが……」
「けっ。そういう茶化しにだけはすぐに喰いついて開き直るのは好きじゃないぞーーー…………」
訴えるような眼差しが向けられる。誰がどう見ても不満そうだった。
「君がデートに誘ってくれたことも、へんてこな理由を教えてくれたことも、ボクを女ではなく親友として接し続けようとして悶々としていたのも、ぜんぶが凄くうれしかったのだぞ? なにせボクのことを気にかけて、気にかけて、思い悩んで、ボクで頭がいっぱいになっている証明に他ならないからね」
(わかっているじゃないか。こいつはボクで頭いっぱいだし煩悩まみれだぞ)
――頭のなかでいっぱいになったエルクロがエルクロの言葉に乗せられて騒ぎ出していく。
俺は結局、……エルクロが男でも女でも敵いっこなかったのかもしれない。
「……俺は本気で悩んでいたんですよ。俺がエルクロに女でいてほしいと思うのは、ただの性欲だけではありません。エルクロが男だと俺より強いからってのもありました。クソ醜いじゃないですか…………」
「ただの性欲……!?!?」
分かり切っていた理由の一つになぜか今更驚いて、あわあわしていた。サウナで俺のことをからかっていたくせに。エルクロのほうこそカマトトぶっていた。
いいや、エルクロはそれが可愛い自覚があってしていた。チラチラと俺の言葉を誘い、確かに待っているようだった。
「……ええそうです。性欲です。もしかして本当にわからなかったのですか?」
――そんなわけあるものか。
エルクロは元男だったからこそ誰よりもそんな欲望も掌握してきたのだから。だけどエルクロは、薄っすらと恥じらいに顔を染めて、知らないフリを続行した。
「……き、君はボクをそんな、目で見ていたのかね……?」
「本当にわからなかったのですか? 本当に?」
意地悪く尋ねるとじとりと高湿度な眼差しが見上げてくる。
期待と恥じらいと混乱と演技めいた妖しさと……とにかくいろんな感情がぐちゃぐちゃになった飄々笑いもどきを浮かべていた。
「………………まぁボクはボクのことが好きな人が好きだし、ボクを可愛いと、格好いいと、言ってくれる人が好きだし……。君がそう言ってくれるのは吝かではないがね」
エルクロはふんとしたり顔で胸を張った。
理性を打ち崩すような微笑みだった。
「わかりにくい言い方だったかね? ボクはボクの本性を曝け出しているんだ。迷惑が掛かると知りつつ、君がとても意識していると知りつつ、もともと男だから、親友だから気にしないだろう? と訳の分からないことを言ってみたりした」
――あれも、わざとだったのか。
半裸での徘徊。一緒に風呂。二人きりでサウナ。そのほかそのほか……。故意だとしったうえで思い出すと少しだけイラっとした。
「もちろん沢山悩みはしたさ。……それでもボクはこの姿を手放せそうにない。……ボクはチームよりボクのことを優先して、文字通り浮かれていたのさ。…………なにせ、君がそう望んでくれていそうだからね。……ふふ、ボク達は似た者同士だな? お互いを言い訳にしたいんだ。それで、実際どうなのだろう? ……望んでいるのかね?」
赤い瞳は細く、笑みとも挑発ともつかぬ色を宿していた。傾き始めた陽が斜めに照らすほど、影が色濃く映り込んでいく。
頬は光を受けて淡く染まっていた。
「……俺は」
握る手はみっともなく強張っていた。指先にかすかな汗が滲んでいるのも、エルクロは気づいているだろう。
……グイと近寄った相貌を前に、視線も逸らせない。至近にある瞳の赤が、陽の残照を取り込んで輝いている。
「…………」
言葉が詰まる。単純に緊張のせいだ。格好つけようとしているせいだ。
エルクロはじっと見透かすように待ってくれていた。
人影は少なく、遠くを馬車が通りすぎる音だけが残響していく。
市場の喧騒はここまでは届かず、静けさはかえって心音を際立たせた。
どちらの鼓動かも分からぬ速さが伝わってくるようだった。
「――――望んでいます。エルクロ、俺のために……! 変わらないでください。どっちつかずでいいとこどりで、……けど俺には少しだけ女っぽいままでいてください」
「ふふ……。きもいな。けど君がムッツリなことなど既知なものでね。ほら、続けたまえ。なに、ボクも男性性は持ち合わせているさ。君のキモさなど生娘と違って全て受けてやる」
蠱惑的な微笑み。親友としてバカにして笑い飛ばすような笑み。
エルクロの自信に満ちた言葉が俺が栓をしていたはずの醜悪さを引きずり出していく。
「……俺のために生やさないでください。俺のために他の男とちゃらちゃらとパーティに行ったりしないでください。弱い俺のために今のエルクロでいてください。……俺は、エルクロが自分のことを可愛いだろうと誇らしげに言って、からかってくれるのが好きなんです」
これは告白? プロポーズ? いや、そんなキラキラしたものじゃない。
もっとドロドロと醜くて――言うなればゲロ甘い。砂糖を欲望で煮詰めたような醜悪な言葉の連続でしかなかったが。
「…………君は、本当っに……! 馬鹿だなぁ……ギンロウ」
エルクロはふふんと鼻息を鳴らして、無様な俺をクスクスと嘲りながら、余裕なく顔を真っ赤に染めて目を泳がせていた。
「……うん。変わらない。変わらないとも。変わらないことを選ぶとも」
早まっていく心臓の鼓動。じっと至近距離で見合った。エルクロは口角をあげながらニヤけ面を誤魔化すように耳元に顔を寄せて、囁いてくる。
「……けど二つだけお願いがあるんだがいいかね……?」
「……内容によりますが」
「そんなこと言わないでくれたまえ。そこは何でもっていうべきだろ……。こほん、そのだね。呪いのような言葉とやらがボクをこうさせたのだとしても、……父上と母上のおかげでこうなったとは思いたくないなくてね……。つまりは…………」
エルクロはしばらくモニョついていた。
「つまりはあの二人のおかげでこの体になったとは思いたくないのだよ。だからだね――」
唸って言葉に悩み続けて、結局開き直るみたいにふんと自分自身を鼻で笑った。
「ギンロウ、君がボクを女にしたまえ。君を理由にさせてくれたまえ」
「はい。わかりま――……????」
「あとボクに男らしいを望んでいた父上と母上にこの姿を見せて、完璧に絶縁したい。いわゆるあれだ。久々に顔を見せた長男が娘みたいになって、彼氏紹介だ。無理強いしなければこうはなっていなかったかもしれないのに、後悔してももう遅いってやつだな。それで奴らの脳みそを破壊したいのだが、どうかね?」
「…………??」
思考の整理もつかないままボケっとしていると、エルクロは小さく舌を巻いた。
「さて、込み入った話もあるし、少し足も疲れたし、ちょっと休める場所にでも行こうかね」
聖人の盲目通りにまで手を引かれていった。
今日はなんと二話投稿だな。
そして相談なのだがね。えっちぃのノクターンに書くかどうか悩んでて、よければ感想くれると嬉しいぞ