――――俺のエルクロに何か用ですか?――俺のエルクロに何か用ですか?俺のエルクロに何か用ですか?「………俺のエルクロに何か用ですか?」
――待ち合わせの場所は街の中心でもあり人混みを成していたが、エルクロの姿は幸いすぐに見つけることができた。
「ッーーー……!!?!??!?」
黒く艶のある髪が白くフリフリとしたワンピースを際立たせて目が奪われる。柔らかに羽織っているベージュのパーカーも似合い過ぎていた。
……それに靴と帽子。
可愛い服を着ていることはあっても歩きにくい靴を履くことはなかったし、まして大して日差しも遮れないふにゃっとした帽子を意味もなく被っているのは初めて見た姿だった。
デートのためだけに用意したということに他ならない。
――――なのに俺はエルクロのように万全の用意をしたか??
それどころかアズに言われるがままに遅刻している。
酷い焦燥感が足を速めた。
すぐに声を掛けようとして――先にエルクロに声を掛けたものがいて咄嗟に立ち止まる。スキルまで使って気配を殺し人混みに同化した。
声をかけたのは見るからに冒険者の荒くれ者だった。見知った顔もいないので到達階層は五層も行ってないだろう。
「君さ、結構長い時間待ってそうだけどもしかしてドタキャンされた? 俺ほんとうに君のこと可愛いと思ってるから狙っちゃいたいんだけど、よかったら全部おごるから一緒にどっかいい店行かない?」
「俺たちこう見えてもちょっと有名な冒険者なんだよね。知ってる? オルカ猟団って」
「君……魔力量凄いね。え、いや、本当に凄くないか? 冒険者か? 冒険者じゃないなら本当に一緒にパーティなってほしいんだけど」
男たち三人が必死にアプローチをかけていた。
「……まさか本当にナンパされているとは」
若干一名だけエルクロの力に勘づいてか、女ではなく冒険者として誘い始めているが。
エルクロはまんざらでもない様子で目を見開き輝かせた。つり上がる口角。ニマニマと笑みを隠し切れない様子で鼻息を立てた。
「……ボクは可愛いかね?」
その問いかけはそれ以上の意味などないと俺だからわかるが、ナンパをしていた輩からすれば脈があるように見えるだろう。
男たちは嗚呼と食い気味に頷いた。
「いやほんと、こんなかわいい子見たことないかも」
「魔力量がまだ増えてる……!? 一体どうすればこんな――」
「ボクっ娘? いいじゃん。可愛いよ」
何気ない言葉だったのかもしれないがエルクロはピタリと表情を強張らせた。俺も同じだったかもしれない。
……ただ褒めているだけならいいが、最後の言葉だけがどうしようもなくムカついて、許せなかった。
消していた気配を解除して、差し伸ばされる男の腕を遮って割って入る。
「っち、てめえ誰だよ。邪魔しないでもらっていいかなぁ」
「…………」
俺は沈黙したまま睥睨を向けた。視線だけを突き刺して、物言う輩を黙らせる。威圧的な沈黙を押し付けながら、言いたい言葉を必死になって心のなかで復唱していく。
――――俺のエルクロに何か用ですか?
――俺のエルクロに何か用ですか?
俺のエルクロに何か用ですか?
「………俺のエルクロに何か用ですか?」
言った。言えた。言ってしまった。勢いのままに俺はエルクロの手を握って、彼女より一歩前に出た。
「……今、俺の? って言ったかね? 俺のって。もう一度言ってみたまえ」
鬼の首を取ったとばかりにキャーキャーとエルクロが言及してくる。牙を露わにした満面の笑み。キラキラと輝く赤い瞳がこちらをじっと期待の眼差しで見上げてくる。
ただのからかいと茶化しのはずだが、断りづらかった。
「…………お、俺のエルクロに……何か、用ですか?」
「フッ。尋ねても相手はもういないぞ。みんな僕らを見て反糖が出るとか言って逃げてしまった。……ところでどうしてボクがナンパされているのをじっと観察していたのかね? そういう趣味はないと思っていたのだが」
――見ていたのはバレバレだったらしい。
「……アズにアドバイスをされて、ナンパされてるところを邪魔したほうが印象に残るかと思って様子を見ていました。……けど何も知らない奴が『ボクっ娘』などと軽々しくカテゴリ化するのがムカついたので邪魔しました。以上です」
嘘をつくこともできず、恥ずかしい真実を赤裸々に明かした。
これでは格好つけるどころか醜態を余計に晒しただけだ。
エルクロはジッと俺を見据えた。
フッ、と鼻で笑うと、堪え切れずにさらに笑みをこぼしていく。
「ふふ……くふふ…………!! キモいぞ。けど悪くない……嬉しいぞ」
エルクロが顔を赤く染めながら、握った手に指をぐりぐりと押し込んでくる。
少し痛かったが、俺は容易く蠱惑さに絡め取られて唾を呑み込むことしかできなかった。
「ほら、遅刻覗き魔。遅れた分は君がボクをエスコートしたまえ。生憎、ボクは可愛らしいお嬢ちゃんになっているものでね」
また格好つけるべきところを盗られてしまった。
「っ……行きましょうか。考えてみたらここの定期市場なんて街に来たとき以来じゃないですか?」
「そうだな……ふふ、懐かしい」
手を握った。人の波に身を滑らせていく。……エルクロの小さな歩幅は、なんだか昔に戻ったかのようだった。