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知ってる? 鶏も雄より雌がいいんだ。加えて若い方がいい。やっぱロリいいよねぇ? でも一番高価なのは去勢した若い雄の鶏さ

 遅くなったうえにおそらく普通の回な気がして若干申し訳ないです。

「ほーらーぁ。エルクロ、私の部屋は上ね」


 ラジアに手を引かれて階段を上がっていく。部屋は存外、普通だった。少なくとも、想像していたようなピンクめいて少女趣味全開の部屋ではない。


 それでも鼻に触れる仄かに甘い匂いが、心臓を高鳴らせる。緊張した。


「ベッドは一つしかないから一緒に寝ようね?」


 竜の瞳が強く見つめてくる。言い知れない威圧感が全身に圧し掛かった。


「ボクは男だがいいのか?」


「大丈夫だよ? そう思ってるのエルクロだけだから。荷物はその辺に下ろしていいよ。どうせ武具でしょ」


 冒険者用具を部屋の隅に下ろした。火打石やら鍵縄、バックパックの類だ。未練がましく腰に吊るし続けていた魔剣を壁に立てかける。


「しかし本当に助かったぞ。街一番の看板娘の部屋を使えるなんてボクとしても嬉しい限りだ」


「いいの。いいの。私だって……えへ、おへぇぇ……♡」


 気色悪い声を発しながらラジアは竜尾をしならせる。ここ一か月、彼女は調子がおかしい。


「調理場はどこにある?」


「あへ……ええっと、調理場は外だよ? もしかして私のために夕餉を作ってくれるとか!?」


「欲しいなら作っておこう。いや、今日の食事当番がボクだったからな。急な事情でこうなったわけだ。迷惑をかけたくないからせめて数品だけでも持って行ってやろうと思ってな」


「ならついでだし、その服着換えちゃわない? ブカブカだし、無理して着続けてたのって皆に気遣ってたからでしょ? でも追放されてるし、もう気にしなくていいと思うけどなぁ……」


 ラジアが衣装棚を開けて、適当な衣服をボクの前に差し出す。フリルのついたシャツにスカート。


「女物じゃないか。ボクがそんなもの着たらどう見ても変態だろ」


「どう見ても普通の女の子だと思うんだけど……。それに、冒険者業を続けるならそういう衣服にも慣れるべきだよ。防具、困るよ?」


 それは事実だ。女物でないと防具に僅かな動きづらさはある。


「うぐ……。しかし、何か超えてはいけない一線ではないか?」


 流石に恥ずかしさはある。変な表情になりそうだった。考えると顔が熱くなって、誤魔化すみたいに前髪を掻き分けた。


「うーん、深く考えなくていいんだよ? しいて言うなら仲間の皆を少し!させるためのドッキリみたいな? 絶対面白いよー? エルクロすっごく可愛いもん」


「可愛い……? そうか?」


 頬が緩んでしまった。言われ慣れない言葉だった。ボク自身としては自覚がなかったわけではないが。


「だ、か、らぁ……まずはこれ着てみよぉ?」


 彼女が寄越してきたのはなんてことのない白いワンピースだった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――寮のメインホールに張り詰めた緊張が走る。エルクロを除いた全員が、パーティリーダーのサンゲツを筆頭に集まっていた。テーブルの誕生席、彼は眼鏡を煌めかせながら深刻そうに頬杖をつく。


「…………エルクロを追放した。パーティとして彼、……彼女とは。もう拘わらない。同じ寮に住むことは認めがたかった。でなければ、パーティ崩壊の危機があると判断した」


 サンゲツは罪悪感を呑み込みながら、確かにそう口にした。


 ――だが彼に非があったか? 確かに危機感のなさというか、無警戒さはあったが。いつもの通りにしてくれればいいと言ったのは俺達だ。


「サンゲツ、僕らが悪いのにエルクロを追い出すのはおかしいんじゃないか? 僕らが、もっと親友が女の子になったくらいで動揺しなければ」


「言いたいことはわかる。が、ギンロウ。一番動揺していたのは貴様だ」


 ぐさりと、言葉の刃が突き刺さる。俺だけがエルクロと幼馴染というか、子供の頃から親友だったんだ。


 突然、あいつだけ性別が変わって、しかもそれが可愛くて、無警戒で……無関心でいられるほうが異常者ではないか?


 だとすれば、俺は何も間違っていない。


「そもそもエルクロが俺にだけとりわけ優しいし笑ってくるし、そもそも性格が合うから一緒にいたんだ。俺は悪くない」


 ――いや、俺は正常だよ。今だって冷静だ。


 …………言いたいことが逆になった。


 フォローを入れるようにパーティの一人にして自称天使、有翼のルロウが翼を広げて視線を集める。赤色の羽根が舞っていた。澄まし顔でニヒルな笑み。緋色の髪が靡く。


「まぁ~。仕方ないんじゃない? エルクロちゃんさぁ、すっごく可愛いじゃん? 知ってる? 鶏も雄より雌がいいんだ。加えて若い方がいい。やっぱロリいいよねぇ? でも一番高価なのは去勢した若い雄の鶏さ」


 最年長、既婚者の発言だとは思えない。何もかもが最低だった。


「なるほど。確かにサンゲツの言うとおりかもしれません。神もこれを見れば、汝、エルクロを追放すべきと助言なさるでしょう」


 うんうん、と神官ヒーラーのユスティーツが頷き、一人で納得しだす。細い双眸は何を考えているかも分からないが、厳格な教会信者だ。


「パーティとして同じ寮での生活は難しいですが、彼女と個人的に交流することは構いませんか? あのぶかぶかの服も可哀想だと思いまして、転移者から可愛い衣服を買ったのですが渡しそびれてしまいまして」


「個人的な交流なら構わない。どんなものを買ったんだ?」


 サンゲツは深いことを考えないまま訊ねると、敬遠で無欲であるはずの教徒が、修行のためにダンジョンを探索するユスティーツは誇らしげに耐水性のある布を見せつけた。


『ろくるえ』


 紺色の生地に神聖文字で書かれたエルクロの名前。サンゲツの眼鏡が割れたから、俺が代わりに質問するしかなかった。


「…………それはなんだ?」


「スクール水着というらしいです。転移者の世界であった最も着用者の多い水属性防具の一種だそうで、エルクロのスリーサイズを伝えたところこれがいいと。断言してくださいました。神も同意することでしょう」


「だから言っただろう。エルクロの追放を間違った判断だとは思わない」


 サンゲツは死んだような眼差しでぼやいた。


「エルクロのスリーサイズはどこで?」


「彼に頼んで計測しました」


 敬遠な神官はそのときのことを思い出し、満面の笑みを浮かべて両手を蠢かせた。


 ……終わってる。エルクロが女の子になって一か月。たった一か月で、既婚者で傍観的で冷静だったルロウがロリコンになって、禁欲を掲げる神官がこんなことになったのか?


「そんな、ゴブリンを大量に拉致監禁したエルフの女を見るような眼はやめてください。しかしわたしは、ああ。啓示だと考えております。想像してみなさい。絶対に似合うと思いませんか?」


 ユスティーツは悪びれもなく『ろくるえ』を見せつける。――苛立ちを鎮めろ。冷静になれ。侍はつねに冷静で、其のしずかなること林の如く、中庸的に物事を判断すべきだ。


 すなわち、彼の言い分にもあえて聞く耳を持ってみせる。エルクロが仮にこれを着たらどうなるか。


 まず今のあいつの衣服はぶかぶかで、露出の露の字もないものだったが、この特殊な生地はおそらく身体に密着するようになるだろう。結果として垣間見えていた胸を布地に収まるが身体の輪郭はハッキリとわかるようになる。肉体に無駄はない。小さな膨らみ、すらりとした腹部。


 露出するのは太ももや腋か? 


「…………いいな。いや、良くない。落ち着け。俺達は頭がおかしくなっているんだ。冷静に考えろ。ずっと命を預けてきた男だぞ。仲間だぞ? それがたかが体が変わっただけで…………たかがか?」


 酷い話をしていると不意にドアベルが鳴り響いた。サンゲツが煩わしそうに俺に視線を向ける。


「オーバーリアクションで眼鏡が砕けたから代わりに出てくれ。レンズを直してくる」


「……えぇ。了解しました」


 サンゲツもだいぶガタが来ているな。


 ともかく、俺は慌てて扉を開けた。見下ろして、視界にエルクロが入り込む。


 自信に満ちた笑みを浮かべていた。黒く長い髪が露出した肩を撫でている。不健康そうなクマとは対照的な、白いワンピースが際立つ。ふわりと揺れるフリル。


「……どうだ? ラジアに似合うと勧められてな。下がスース―するのはなんとも言えないが、しかし夏場はいいな」


 そう言ってエルクロは見せつけるように裾を片手で摘まみ上げ、ひらりと一回転。背中の素肌が見えていた。


「どうだ? なんてな。それより夕餉の番がボクだっただろう? 少しばかり料理を――――」


「落ち着け俺!!! 【風林火山(精神保護取得。攻撃力増加)】!! 心頭滅却(精神保護。熱耐性取得)!! 其のしずかなること林の如く!!!」


 咄嗟に叫んで。俺はスキルを唱えながら自分自身の頭を壁に殴打した。


 力強く、理性を保つために思考を叩き潰す。血走る双眸。膨張する力。


 転職して間もなかったにもかかわらず己との戦いによって目覚める狂戦士の第一の技術スキル。《狂化》。


「ギンロウ……まさか本当に転職を……!」


 エルクロがショックを受けるように声をあげる。ジッと目を合わせたけれど、数秒で恥ずかしくなって俯くことしかできなかった。

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