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一緒に買うことが大事なんです。異性として扱えば男だって女の子です。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


(……そんなことか? 別に構わないが。どうしてボク達二人なんだ? ルロウとかも誘えば来そうなものだが)


(デートだからです)


(ほーん? まぁそしたら教会の昼の鐘時に噴水広場で合流しようか)


 …………もう一時間も経つが未だに実感がなく、頭のなかでさっきの約束を取り付けるまでの会話をリピートし続けていく。


 エルクロは気のない返事をしていた。別に緊張することではない。いままでだってあっちから挑発したり、からかったりしてきた。


 その一環みたいなものだ。……エルクロはきっとそう考えてたからなんてことのないように了承したはずだ。


 俺が緊張する必要はない。いつもどおりに会えばいい。それにこれで――。


「……一応デートの約束を取り付けました。これで合コンだのパーティだのはしなくていいですか? 俺にそういうのを誘えって言いましたが、説明的にはこれでもいいですよね。男女が自然といい雰囲気になれるような機会を作ればいいんですから」


 隣の通路で盗み聞きをしていたアズ達に尋ねる。


 いたのはユスティーツとアズだった。


 バレていたのかと驚くような白々しい演技を挟んで歩み寄ってくる。


 彼女は期待交じりにほーん、と相槌を打って、天使の翼でパタパタと背を撫でてくる。


「ふっ――。むしろいい。むしろいい。貴方が素直になったのがとてもいいです。私のデータ通りの行動。データ通りの嫉妬と独占欲です」


「いいと言うわりには褒められてる気はしないですね」


 ――――独占欲。


 そうだ。己の内にあるそれをもはや隠すことはできなかった。


 エルクロが合コンだのパーティだのに行くと思うとどうしようもなく胃がムカムカして……独断先行した。先手を打った。


 きっと俺がいやだと言えば皆も話を聞いてくれたかもしれないが……いい加減、何も行動もできず、守る約束をしておきながら傷つけて見ているだけなのも笑えない。


 エルクロが合コン? 嫌だ。ありえないだろう。


 エルクロの苦痛を知りもしないやつが、可愛いだとか軽口で言うかもしれないんだ。エルクロにとってそんな些細な言葉がどれだけ重さを持つかもわからない輩が集まる会なんて開いて堪るか。


 エルクロが社交パーティ? 論外だ。男らしく、貴族らしくしろと言われていた記憶をフラッシュバックさせるだけじゃないか。


「…………俺は間違っていないと思います」


 断言はしたが。自己正当化の積み重ねだ。ひどく醜い。俺の個人的事情で、パーティの秩序を乱している。


「それで、デートプランは?」


「それが聞きたいから盗み聞きを許したし、こうして呼んだんです。…………デートってなにをすればいいんですか? 服装は? お店とか予約しないとダメですか? ええと、……ダンジョンとか潜りますか?」


「主はおっしゃっています。聖人の盲目通りに向かい外泊しなさい。あの通りでは一夜の奇跡も多く売られています。エルクロも理解するでしょう。部屋は一つだけでベッドも一つ。既成事実を作ればバベルの塔の建設を諦めるはずです。まぁあなたは塔を建てますがね。塔の建造は神の怒りに触れますが、あの通りは名前通り、神の御加護もなき場所にございます」


 理解に時間を要したが、理解できないほうが彼を軽蔑せずに済んだだろう。


 聖職者が黙認している売春が多い宿通りにエルクロと同じ部屋、同じ寝台で寝て…………シろと言っているだけだ。…………えっちなことを。


 最低の下世話話を聖職者風に高説垂れているだけだった。


(いいじゃないか。ボクに言わせたくはないかね? ボクで童貞捨てたくせに♡)


(今は黙っててください)


 脳内のエルクロを一蹴して、まだまともに答えてくれそうなアズに視線を向けた。……なぜこういうときに限ってルロウもサンゲツもいないのか。


「……アズ、どうすればいい?」


「ずばり、デートに遅刻しなさい」


 何故???


 困惑が顔に出たのかアズが嘲笑してくる。


 クイと眼鏡をあげてデータがあるとばかりにしたり顔。


「彼女は絡まれ気質です。ちっこくて無警戒な美少女に見えますから絶対ナンパされます。実際は食人植物アルリウネ顔負けの蠱惑ガールですがね。 そこでギンロウ、あなたはエルクロとナンパ男の間に入って言うんです」


 スっと深く息を吸って無駄な溜め。


「――――俺のエルクロに何か用ですか? ってそして手を握ってください。そのあとは遅刻したことを謝って、ミスを取り戻すっていう言い訳であなたが、エスコートすればいい。どうです? 完璧でしょう」


「そうですね。完璧かもしれません……! ……そんな恋愛小説みたいな展開が偶然発生することはないということを除けばですが」


「おや、妙ですね。なぜ恋愛小説の内容を知っているんですか? あなたがそういった小説を好むというのはワタシのデータにはありませんね」


「白々しいですね。……最近、手に取っただけです。それでそのあとは、デートってなにをすれば?」


「市場一緒に見て回ればいいんです。食べ物をシェアして、ちょっとしたプレゼントでも送ればいいんです。ダンジョンデートとかやめてくださいね。あの子ふつうにしょげますよ。ワタシにはわかります」


「俺たちハッキリ言って、めっちゃ金持ちですし、市場で買ったものなんてエルクロでも余裕で買えますよ。それにエルクロは……今の性別を楽しんでいるとはいえ、男でもあります。……楽しんでくれますかね」


「一緒に買うことが大事なんです。異性として扱えば男だって女の子です。それが無理なら普通に友達と遊ぶつもりで行けばいいんです」


 アズがぐいっと顔を近づけてくる。彼? は話している分には男性的だったが、その整った顔つきは可憐な少女そのもので、ギンロウはたじろいで押し負けた。コクコクと頷いて理解を主張していく。


「そしてギンロウ。あなたは以前、エルクロに男に戻るべきか否かを問われて、自分で決めるべきだと言いましたね。あなたが望むものになるべきだと。……その曖昧な態度をやめなさい」


 からかいではないだろう。重みを帯びた真剣な言葉だった。


 眼鏡のレンズ越しに突き刺す視線が鋭い。


「女の子が、どっちがいいかって聞いたらどちらも褒めつつ選ぶべきです。どっちも似合う。どっちでもいいなんてのは思考の放棄です。彼女は貴方に決めて欲しくて聞いたんです。貴方の望む性に、あのときにはすでになりたかったはずです。だから、言うんです。言い直すんです。……女になれって」


 ――――その言葉にだけはどれだけ顔を近づけられようとも、鋭い視線が向かおうとも頷くことはできなかった。


「……それは、本当にそれが正しいことなんでしょうか。確かに……俺は、エルクロに生やしてほしくはありません。いえ、そもそも男に戻って欲しいと、エルクロに面と向かって言うことはできないと思います。……醜いことに今のエルクロの姿を惜しむ自分がいます」


(そんな言い方せずにボクがえっちで可愛いから女の子のままがいいと言えばいい。言葉で取り繕ったところで君もまた、獣に過ぎないだろう?)


 頭のなかのエルクロが囁く。取り繕うなと。まともぶるなと。


 乾いた笑いが込み上げてくる。……その通りだと思った。


「……だってもしかしたらあんな可愛い子の胸を揉めるかもしれません。俺たちは幼馴染で親友だったし、エルクロなら膝枕ぐらいからかいながら快諾してくれるでしょう。なのに戻ってほしいと思えますか? ええ、そうです。確かに俺は、エルクロに今のままでいてほしいです」


 もはや隠せることでもないので隠さない。


 サンゲツでさえ心のうちに虎を飼っていたのだから。俺だって悪い狼ぐらいは飼っているだろう。


 親友を、取って食ってしまいたいと想う欲望と、彼女が弱くなったことに安堵する嫉妬にまみれたケダモノだ。


「俺がすけべなのもありますが……その、今のエルクロのほうが楽しそうですし」


 けれども女になれなどと、エルクロにだけは言ってはいけない気がした。


 親友だから? 違う。


 エルクロは誰よりも期待され、失望され、呪われていたからだ。


 ――男になれ。男らしくしろ。貴族として紳士的な態度を取れ。


 太陽を克服した一族として、長男として皆の手本となるように振る舞え。


 エルクロの両親が呪いのような期待と望みを向けていたことを知っている。


 ――本当は女なんじゃないの? 着いてるか確かめよーぜ。着いてても得だろ?


 だからこそエルクロがここしばらくの間、女の身体であることを悪用して俺をからかったり、可愛い服を着て楽しむ姿を見ていると……戻って欲しくはなかった。


 女のままでいてくれと願ってしまいたかった。


「ですが俺が女でいろと言えば、エルクロの枷になる気がします。男らしくしろ。女らしくしろ……。どっちでも呪いのように聞こえてしまうのではないかと思うんです。エルクロはなんでもできますが……器用ではありません」


「そうですか。なら悩むといいです。それまでは精々、……デートらしくお買い物やランチでも楽しんでください。お互い違う味にするんですよ?」


 アズは否定することなく助言を付け加えると翼で俺の背を押して、そのまま外へほっぽり出した。


「っ……女になれと言わなくてもいいと?」


「あなたの言葉を借りるなら、自分で選ぶのが一番ですよ。ほら、行け。いつまでぼけっとしているんです。私のデータではもう少しビシっとしていましたよ」


 言葉も背を押して急かす。俺は曖昧に頷いて早足で噴水広場へ向かった。


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