……………………デート!! ……ギンロウに誘われた。着ていく服、ボクにはどうすればいいかわからん。
毎度のことですが、挿絵は自作です。
デートの相談で武具屋に向かうのもおかしな話かもしれないが、ボクにとって一番頼れるのはラジアだった。
店前まで向かうと青く長い髪を靡かせて、ラジアはすぐに駆け寄ってくれた。
満面の笑みを浮かべてボクの手を握ると、腹部を隠すことのない際どい衣服を竜尾が捲り揺らしていく。
「エ、ル、ク、ロぉぉ♡」
次の刹那、触手モンスターが得物を嬲るようなねっとりとした手つきが服の内側に入り込む。
へそ回りだとか、揉むほどもない胸を小さな手が弄ってくる。
「……ッんふゃ!? やめ……っ、んぁ……!」
ボクが身悶えると、ラジアは不意に冷静になって手をとめて、じっとボクを見つめた。
「……な、なんか、前より声がえっちだよ」
ノンデリ言葉に周りの客が余計に視線を向けてきて、どうしようもなく顔が赤く染まるのが自覚できた。
「そう思うなら人前でボクの胸を触ったり、人前でエッチだの言うな……」
「ごめんごめん。それで久しぶりだね。防具の新調? それともサイズの合う武器を用意する? 今のエルクロだったら細剣とか、杖のほうが扱いやすいかもねー」
「………………デート」
「え?」
「……………………デート!! ……ギンロウに誘われた。着ていく服、ボクにはどうすればいいかわからん。そもそも行くべきなのかもわからん。ギンロウが何を考えてるのかも……わからん」
開き直るみたいに言い切った。
ボクは男だったのに。そんな動揺の言い訳もなぜか口にできない。
恥ずかしくて、顔が熱くなる自分が余計に恥ずかしくて、口籠る。
……わからんのだから、わからんとしか言葉が出ない。
そんな様子のボクを見て、ラジアはふへ、と少々生暖かいような驚嘆を零しながら妖しく笑みを浮かべた。
「ひゅー。いいじゃん。私てっきりギンロウってそういうことは言えない人かと思ってた。なるほどなるほど。それで私に相談しにきたわけだね。ならぁ、エルクロぉ、可愛い服沢山着てみよっか。一番いいのを探すためにねぇ」
「…………そうだ。その通りだとも。ボクは褒められたい。だから協力頼む」
男に戻るために地下街に行って、ついさっきまで逡巡していたはずなのに、今のボクは女の子として楽しもうとしている……。なにをやってるんだ?
いやだが……ボクは誘われた側だ。勢いだが、了承もしてしまった。これで用意もしないのは失礼だし、バックレなんてもってのほかだ。
……ギンロウは本当はこんな誘い、できるタイプじゃなかったはずだし。無碍にしたくない。
「ふふ、前は着せ替え人形みたいにされちゃうの嫌がってたけど大丈夫?」
「……それは、昔を少し、思い出して、その……。怒られるかと思ったんだ。男だったのに女みたいに振る舞ってたらさ。とは言え、思ってたのは最初だけだぞ?」
サンゲツ達がそんなことで怒ったり、軽蔑したりするはずがなかった。
むしろボクは、男だから気にしないだろう? などと言わずに最初から分別をつけていれば……いや、それはそれで拗れそうだな。
「だからボクは、可愛い服をたくさん着るのが嫌いだったわけではない。格好いいのも可愛いのも両方好きだからな」
確かに断言すると、ラジアは竜の尾をしならせてボクの手に絡めた。
「じゃあじゃぁ! どんなお洋服がいいとかある?」
「…………わ、わからん。ふわふわしたやつとか、清楚なやつ……?」
女の服装なんてわからなくて、とっさに頭に浮かんだ衣服の特徴をあげた。……ボクが姉さん達に着せられることが多かったドレスがそんな印象だった。
「よーしならさっそく仕立屋に――」
ラジアがボクの手を引いていこうとしたとき、慌ただしく武具屋の扉が開かれて、親方が飛び出してきたかと思うと、そのままボクの目の前で膝をついた。そして小さな箱を開く。
黒く美しい玉髄の指輪が煌めいていた。
「……前に言ったことを覚えているか? 君が女性だと知らずに平気で採寸するどころか、君の上裸まで何度も見てしまっていた。俺は責任を取る男だ。結婚しよう」
「……? ラジア、どうするんだ?」
「えぇ……もしかしてまだ二人ともバカなすれ違いをしてるの? ……頭痛くなりそうだよ。親方ぁ、ごめんだけどエルクロはこれからデートなの。ほら、行こ」
真剣な面持ちの親方を一蹴して、ラジアはボクの手を引いて店から離れていく。なんだか訳がわからなかったが、不安になって親方を一瞥すると、
「エルクロと、ラジアが……デート? 女の子同士の? 嗚呼……いいな。女の子同士の、嗚呼…………おぉ」
なんだか気持ち悪い閃きを得ているようだったから、ボクも彼のことを気にするのをやめた。
まだ朝早い時間帯であったからか、通りは比較的閑散としていた。
晴れがこのまま続けばデート日和ともいえるかもしれない。
風精も潜めないほど空はからりと晴れている。
普段はだらけながら店前の水撒きやらをする徒弟達をもシャキっとさせる力はありそうだった。
「ふふ、デート行く前に私たちがデートしてるみたいじゃない?」
「……!? そう言われるとそうかもな。……ラジア、君は人気なんだぞ。ボクが刺されるかもしれない」
「大丈夫。いまのエルクロなら嫉妬されることはないと思うよ? 可愛いから」
通り沿いの店が今ようやく鎧戸をはずしていくなか、ボクはラジアに可愛い可愛いと言われ続けていた。
悪い気はしない。少しからかわれている気もしたけれど、今のボクの良いところを見てくれているのは純粋にうれしくて、牙が浮くような感覚がしてくる。
「ふっふっふ……。エルクロはここ来たことないでしょー?」
水路をまたぐ石橋を渡った先、幅二馬身分ほどの通りに着くと、ラジアはしたり顔で立ち止まった。
「……ヴェリタス小路だったか? 一応行ったことはあるぞ。まぁ、この姿になってからは初めてだが」
貴族達が贔屓する店通りだ。
並ぶ店々は、およそ真実とは縁遠い飾りと誇張、磨き上げられた虚栄心の結晶のような品ばかりを並べているから、ヴェリタス小路。
たぶん正式名称ではないが、店も通りにいる人も相応のプライドというかオーラというか。そんなものを持っている感じはした。
ギンロウが苦手にする雰囲気だ。
ボクは幸い、実家が似た雰囲気だったから、さほど気圧されたりはしない方ではあったとは思う。
漂う香油の匂い、馬車の車輪が低く鳴る音。
高級さが五感をもって主張してくる。
「なんだか……住む世界が違うように感じてくるな」
「いやいや、エルクロ達も武具にほとんどお金使ってるだけで総資産的にはアレだよ? アレ」
目をやると、愛想笑いを浮かべたドア係が、馬車から降りる主人と奥方を店内へ通していた。
……沢山のフリルのついたロングドレスは、流石に歩きにくそうだ。
「あの服、可愛いがボクとしてはもう少しラフなのがいいな。社交界に出るわけでもないからな」
「大丈夫大丈夫。いろんな服あるから。私がエルクロに似合うの見つけてぇ、女の子を教えてあげるね?」
「 …………前も言った気がするけどそれ結構えろいこと言ってるぞ」
「…………そういうとこだけは悪い男友達みたいな反応しないでよ」
最初に人のことをエロいなどと言ったのはどっちだったか。互いに少し恥ずかしい想いをしながら、先の夫婦に続くように服飾店に踏み入れていく。
店は……なんといえばいいか。
「なんだかずいぶん気取ってるな」
香木の柱に金箔の欄間。マネキン代わりの人型ゴーレムがお洒落に服を着こなしてショーウィンドウの前でポーズを決めている。
「デートに行くんでしょ? エルクロだってすぐに気取るよ?」
「それも……そうか? まぁ、そうか」
「ってことでーー? ほらエルクロぉ。自分のセンスで選んでみて? 自由に試着しても問題ないからさ」
そう言われて未知の世界に投げ出される。
悩んでも仕方ないのでそそくさと試着。そしてお披露目。
姿見に映る細身の燕尾服。
銀糸の刺繍が胸元をひと筆のように彩っていて、我ながら似合っている確信があった。
ボクは自分で思うのも難だが格好いいし可愛い。ギンロウが見たら絶対、似合ってると言ってくれる……と思う。
ラジアも目を見開いて、好感触ではあった。
「ぁ、好き。……って、違うでしょ。似合うけど! そうじゃない! そうじゃないよエルクロ! ……ふふ、デュフ。自分で選べないならぁ、私が選んだやつを着よっか♡」
蠱惑的なラジアの視線。
有無を言わさずボクとその衣服は試着室に押し込まれた。
「これ……ボクが着るのか?」
薄い純白の布地。フリルのついたワンピースだった。
大人の女性が着れるようなものでもなく、……病弱な御令嬢が着てそうなデザインで、思わずはゴクリと息を呑んだ。
既に超えたいくつかの一線をさらに超えてしまう気がしてならない。
ジッと鏡の自分を睨む。顔が真っ赤だ。……恥ずかしいから。
……けどこれを着たら、間違いなくギンロウは言葉を失って、動揺しまくってくれるだろう。
「ふっ……見惚れてしまうかもな」
……そんな確信ができてしまうと、ボクは断ることもできずに今着ていた服を脱いでいった。
自分自身に服を重ねて姿見と睨み合う。
心臓の鼓動が早まって、カーテン越しに漏れてしまいそうだった。
「ど、どうかね……?」
「めっちゃ可愛いよ。絶対似合うと思ってた」
食い入るラジア。顔が近い。ペタペタと肩や腰回りを撫でられて、どうにかなってしまいそうになる。
「その恰好で皆と会ってみなよ。腰抜かすどころかへこへこしちゃうよ?」
恥ずかしさでパンクしかけていた脳みそが、下世話な一言で我に返る。
「ラ、ラジアは何か買わないのかね?」
これ以上ボクの話題が続くのは耐えられないから話をすり替える。
「うーん、私、案外しっぽとかごついしさぁ……ちょっと合わないかなって。それに! 今はエルクロの日だから! ほら、……下着も買お? 新しいの」
下着。下着?
なぜデートで下着まで買う必要がある?
――過ぎる疑問はほんの数瞬で、次の瞬間にはカっと顔が赤く染まるのが自覚できた。
理解はできるが、理解しがたい。さすがに……そんなことはしないだろう。
「し、下着はいらないのではないか?」
「下着がいらない!?」
「違っ、そういう意味ではない…………!」
弁明するとラジアはなんら躊躇もなくボクの裾をめくり覗き込んで、下着をその目で確認してくる。
「ひょわ!!?」
「いいのかねー? エルクロぉ、もし! なにか! あったとき、それじゃあ子供っぽいって思われちゃうよぉ?」
「……何かって、ボクはもともと…………だから、そういうのは、……ないだろ。あとこれは、その……ギンロウの好みだ。ボクらが男同士だったとき、どんな下着がいいかの、話をしてた……」
「……砂糖吐きそうだよ。惚気てない?」
ジトリと物言う瞳に睨まれて、ボクは最適解もわからず黙秘を貫いた。
「まぁそういうことなら――ブラだけ買おっか。合う色のやつ。だっていまだにサラシでしょ? 小さくてもしないと困るよ?」
「いや待て。そういうエリアに入るのはボクまだ恥ずかしいというか――」
「ダメ―。待ちませーん」
ボクはズルズルと引っ張られて、ラジアの協力のもと、さらに男からかけ離れた。
買い物も終え、新品の靴が石畳を鳴らしていく。ニスが塗られ、刺繍とリボンで飾られた、おとぎ話みたいな靴だった。
「よしよし、これで足先まで全部バッチシだよ。エルクロ。本当、最高。絶対大丈夫、ギンロウなんてあった瞬間、魅了解除スキルを使っちゃうかも」
「えへ……。そ、そう褒められると照れる……。っ、そうだ。ラジア、これ、買っておいたぞ」
ボクは買い物中にラジアの視線を惹いていた衣類を渡したが、ラジアはきょとんとした様子で首を傾げていた。
「今日は駄目だが、近いうちに一緒に可愛い服を着て出かけよう。それを着てくれ。尻尾を理由に躊躇う必要なんてない。そんなこと言ったらボクなんて、男だったんだからな」
「……ふへへ、ありがとうね。私、ギンロウが少し羨ましくなりそうだよ?」
ラジアは照れ臭そうに頬を掻いて、ぶんぶんと激しく尾を揺らしていた。
「それならよかった」
ボクは待ち合わせ場所の噴水広場へ向かった。
ボクがちょーっとでも可愛ければ……感想をよこすように。あと評価とレビューもほしい。