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デート……??? 誰とだ? え、ボクと? え? デート……!?!? ボク男なのに!? いや、今は男ではないが

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 朝の囀りがチュンチュンと。淡い朝日に照らされて寝ぼけ眼を擦りながら、ボクは曖昧な意識でパンを食んでいく。


 ……食事中でも脳裏にチラつくのは、生やすか生やさないかだ。おかげでボクはソーセージと目玉焼きを食べれずにいる。ここ数日はサンドウィッチだ。


 ――ボクは決断できずにいた。


 チームの皆を思うなら、ボクはいい加減男か女かハッキリさせるべきで、……いいや、正確に言えばボクは男に戻るべきだ。


 そう確信している。わかっている。


 わかっているのに、固いパンを牙で嚙み千切って呑み込むみたいにはできない。


 ――ボクは躊躇い続けている。


『人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心と誇りに反して膨れ上がった性欲が猛獣だった。……エルクロが少女の姿になったとき、彼が親友であり、戦友であるにもかかわらず、無防備な姿に眼が離せなくなった。ギンロウと元々馴染み深いがゆえに親し気にするさまを見て……嫉妬したんだ。ゆえに獣に身をやつした。然るべき咎であろう』


 サンゲツがつらつらと己の羞恥を語り、これが呪いだと告白したことは鮮明に眼に焼き付いている。


 ……ボクの呪いが、いいや、ボクが男らしくいられなかった所為で起きたことだ。


 誰かを傷つけるつもりはなくても、ボクの存在は明確に自尊心や結束、……チームのみんなをガタつかせている。


 ――なのにボクは決心ができない。


 リュリュから詳しい説明も送られてきていて、生やしさえすれば体は男女のバランス? を取り戻すために男のほうに偏る……らしい。


 そうすれば完全に元通りにはならずとも男としての膂力は復活するようだ。


 だから……生やすべきなのだ。そもそも男なのに女のようにふるまってボクはどうしたかったんだ?


 …………男らしくなりたいと願っていたはずだ。そう求められていたはずなのに。忌避感は消えない。


 すべきだ。すべきだと自分で結論をつけると背筋を撫でる不快感が沸き上がるんだ。


 ……元の性別に戻るためだとしても、他人のモノをつなぐというのはさすがに躊躇いがある。……いや、ボクはこの体になってからそういうものへの嫌悪感自体は増してしまった気がする。


 蟲が這うみたいな気持ち悪さが込み上げてくるんだ。


 ほんの少し前までは気にするものかと一緒に風呂に入ったり、半裸で稽古場をほっつき歩いたりしてたくせに。


 そのせいで皆をおかしくしたくせに、今じゃそんなこと……考えられない。


 …………今思い出すと恥ずかしくて仕方ない。ボクは……ふしだらで破廉恥そのものだった……!


 せっかくルロウが作ってくれた朝食だったのに、ボクは口に含んだまま蒼白して、そのあと顔が赤くなって、……流石に不安に思われたのかルロウがボクを注視していた。


「な、なんでもない……! 考え事をしているだけだ。ボクのことは気にかけなくていい。話しかけるな」


「おじさんまだ何もセクハラしてないよ?」


 ルロウは何かを思い出すようになぜか笑顔になって、そしてしょぼくれた。


「……いや、すまない。話しかけるなはひどい言葉だったな」


 戻るためのことを、戻ったあとのことを考えると胸の奥がムカついた。


(男なら堂々と、男らしくしろ)


(なぜお前は他の貴族の長男ができるような振る舞いを拒絶するんだ? 自分の立場と責任、行動の重さを理解していないのか?)


(エルクロ、あなたはたった一人の跡取りなのよ? アルカードの一族として、たった一人の長男として自覚しなさい)


 悪夢のような幻聴。否、過去の記憶がボクを罵ってくる。


 言われた通りに振る舞うなんて、今となっては反吐が出そうで。


 そんな反抗心が使命感に反してボクが男に戻ろうとすることを拒絶する。


(本当は女なんじゃないの? 着いてるか確かめよーぜ。着いてても得だろ?)


(お前って吸血鬼だったんだな! 人型の蛭だから雌雄同体なんだろ!?)


(お前、……男だったのかよ。ずっと俺、女だと思って、お前のこと……!)


 ……男に戻ったって元々ボクは中性的で、傍から見たら余計にどっちつかずじゃないか。


 ――――なんて、沢山いいわけが浮かんでくるから、ボクはボクを笑わざるを得なかった。


 ボクにとってこの体は未練がましいんだ。結局。


 戻らない訳にはいかないのに。


 脆くなった涙腺に熱が籠る。


 我ながらひどい自分勝手で、呆れてため息がこぼれた。……こんな調子でずっと悶々としているせいか、ここ数日、パーティの皆に避けられている気もする。


 ……いや、それともボクが避けてるのか? 恥ずかしいけど、久々に男らしく裸の付き合いをするべきか?


 ……ボクだけ衣服の洗濯を別の時間にしているのも迷惑かもしれない。


 いや、だがそれが原因でパーティから出ていけと言われた訳で。


 だがボクが男の視点で見るなら、それでそういう機会がなくなるのも残念な気がして、いや、ボクはパーティメンバーが女の子になったらそういう目で見るのか?


 グルグルとめぐる思考。


 結論は出ない。


 ……とにかく、チームの様子がおかしいのは確かだ。ここ数日は特にそうだ。


 ルロウは気持ち悪いことを言わなくなって気持ち悪くなった。


 サンゲツも何か困り果てていることでもあったのか、この前話しかけてきても応答は、


「がう(全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、我々の定めである。誰が虎の誘いに乗って夜宴を共にするものか――)」


 などと永遠につらつらと文字を書き起こすばかりで上の空。


 …………一番不満なのは。


 ――――ギンロウだ。


 そんな風に思っていると、ちょうどギンロウが朝の滝行から戻ってきて、ボクとハッキリ目があった。そして何自然な態度でボクの向かいに座って、熟考して呻いて。


「……おはようございます。その、今日は……天気がいいですね。ええと、元気ですかね」


 出てくる言葉はあまりに他愛なく浅い。


「…………」


「……さ、最近買った干し葡萄、硬すぎて歯が折れそうでしたね。……はは。…………今日は東の商隊が来る日だから、街が賑わっていまし……た」


 もっと早くボクは言及するべきだった。


 今更耐えられなくなって、バンとテーブルをたたいて立ち上がる。勢いのままギンロウの襟元を掴み手繰り寄せて、額がゴッチン。


「……なんか君達、ボクに隠していることはないかね?」


 ジッと目を合わせる目と鼻の距離で。


 怪訝そうに睨み見つめるボクの表情が、ギンロウの目に映し出されている。


 ボクの双眸にはギンロウの困り顔が映っているのだろう。


「…………そう、ですね。はぁ、俺はやっぱり嘘をついたりとかは苦手です。エルクロ、少し話したいことがあって。今日の午後は暇ですかね」


「…………要件にもよる」


 暇だったが少し意地悪をした。


 ほんの数日だったのに、久々に普通の会話ができた気がしてうれしかったから、少し長引かせたくなった。


 ……いや、こんな距離で交わす会話も普通ではないか。


「さっきも言ったのですが、今日は商隊が街に来てるので市場が開いてるんです。……その、よければ一緒にどうですかね。二人で」


 真摯な瞳がじっとボクを捉える割には、大した内容でもなかった。


 ただの買い物の誘いだ。


「……そんなことか? 別に構わないが。どうしてボク達二人なんだ? ルロウとかも誘えば来そうなものだが」


「デートだからです」


「ほーん? まぁそしたら教会の昼の鐘時に噴水広場で合流しようか」


「……え、えぇ? そ、そうですね」


 キョドった様子でギンロウがペコペコして、サンドウィッチを丸呑みにして逃げていった。


 せわしない奴だなぁと思いながらボクは再び席について、しばらくの間、開けっ放しの扉から外を眺めていた。


 食べ終えて、茶を飲んで――噴き出す。


 いまになってようやく言葉を咀嚼して、呑み込み終えて、一瞬で頭が真っ白の、顔が真っ赤の、訳がわからなくなった。


「ング!!? デート……??? 誰とだ? え、ボクと? え? デート……!?!? ボク男なのに!? いや、今は男ではないが、……ぇ、待て。……ええと、ルロウ!! ボ、ボク、オーケーしちゃったんだが!?」


「オーケーしちゃったねぇ。当日の予約キャンセルはダメだと思うよ」


「ら、ラジアだ……! そうだ、ラジアなら」


 いつもより可愛い服とか、髪型とか、どうすればいいとか……。いろいろ教えてくれるはずだと。


 ボクは深く考えることもできずに駆け出していた。


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