TSとふたなりはジャンルも違いますし
「…………」
「…………」
沈黙がつらいのか、きまずそうに狼尾が揺れていた。
視線を合わせられずに泳がせていたら何故か目が合う。瞬きもなく数秒。
じっと見上げる紅い瞳は口よりもずっと何かを訴えかけてくるようで。
たった数秒で緊張と恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
――視線を逸らすと胸がいっぱいだった。
頭が真っ白になってくる。
「っ…………その」
――何か言うべきだろうか。
沈黙がもたらす空気感に耐えられそうになかった
可愛いだとか? けどエロいから気をつけろと言ったばかりだ。
なぜか大きくなった胸やズボンをずらして揺れる尻尾について言及するのも、なんだか自分がスケベ野郎みたいに思えてくる。
「っふ、……どうした? 惚れたか? 惚れ惚れするぐらい可愛いかね?」
エルクロは緊張と恥じらいを誤魔化すようにしたり顔を浮かべると、開き直るみたいにあざとく手でポーズを取って見せた。
「まぁ仕方あるまい。正直ボク自身、ボクに魅了されるところだったからな。がおー…………」
開き直りも一周して結局はずかしくなったのか、コホンとわざとらしい咳ををして真面目な態度を取り戻した。
「あー、えっと……っその、呪術師の提示した方法ですると決めたわけではないがね? 三日以内には決定はするつもりでいる。……なかなか奇抜な手段だったのでな。……では、ルロウに出汁だのと言われるまえに風呂に入るので失礼する」
エルクロは俺に混乱の状態異常だけ付与してとんずらしていった。
「……迷える子羊よ。狼に食べられてしまいそうで怖いですか? 司祭として魅了と混乱ぐらいは状態異常治癒してあげましょうか?」
胡散臭い声。振り返ると、いつの間にかユスティーツが背後を取っていた。一連のやり取りは見られただろう。
「なんの用です。……変態高位司祭」
仰々しい祭儀服、鮮やかな金の髪。青く透き通った瞳。
ユスティーツは見た目だけは整っていたが、エルクロが女になってからはずっと様子がおかしいままだった。……俺も人のことは言えたものではないが。
「変態ではありません。主はつねに人を見ているがゆえ、嘘や見栄に意味がないと理解しただけです。それに想いを隠すほど、嘘をつくほど、互いを苦しめるとは想いませんか?」
正しいことを言われている。変態ではない言い訳は、俺への説教のようにさえ思えてきて、言い返せなくなりそうだった。
「だから私はエルクロにスク水を着せました。あざといポーズも教えました。可愛いですよね」
訂正。説教ではなくただの自己正当化でした。
呆れて物が言えなくなりそうだったが、これも間違ったことは言ってないので指摘は放棄した。
「…………俺達は見てくれの性別に一喜一憂したり、女の子だからって動じるべきではないと思います」
そう言うと、アズは隣でウンウンと頷いていた。両性の彼? にとっては色々と思うことがあったのだろう。
「動じないようにすることと、動じてはいけないは両立しませんよ。ギンロウ。それに貴方はこれを見ても悠長なことを言えるでしょうか」
ユスティーツの言葉に、アズは隣でウンウンと頷いていた。両性の彼? にとっては……いやこれ、適当に相槌取ってるだけですね。
ユスティーツは気にする様子もなく、穏やかな物腰で平然とエルクロの荷物を漁り――、淡い水色と白の縞模様をした下着を取り出した。
「おや、失礼。これではありません」
「……わざとじゃないですか?」
「まさか。私はこういうものより大人びた黒が好きですし」
だからなんだと言うのだろう。
「これは貴方が以前、恥ずかしげもなくエルクロに、なんで着けてないんだとブチギレたから、エルクロが新しく買ったのでは?」
「そんな醜態を晒した記憶はありません」
「ああ、主よ。彼も大概だと思いませんか? …………さておき、問題はこれです。地下街の呪術師ができる解決手段なんて困った方法しかないと思っていましたがビンゴです」
取り出された羊皮紙には『今話題の整形性改善術式』などと書かれていた。
曰く、いらないと感じた男性からモノを切除し、望む者へ接合、寄生呪術によって癒着させるらしい。
……エルクロは、これをするか悩んでいるというのか?
俺が、男に戻るべきだと自分のためにのたまった所為で?
「っ……これは、話が違くないですか?」
酷く動揺している自分がいた。
混乱と僅かな目眩さえ感じて、拍動が強く早まっていくのがわかった。
これでは男に戻ってすらいない。どっちでもなくなるだけだ。
まして他人のものだったモノを生やすなんて忌避感がないはずがない。
無理やり責任を取ろうとしているだけに、平静を保てなくなりそうだった。
それに……完全に俺の意思だが、エルクロにそんなものを触れさせたくない。醜い支配欲でしかないかもしれないが、今はそれも正当に思えてくる。
(流石に想像は進まなかったようだな。反対なら反対と言ったらどうだ? ボクは悩んであげることぐらいできるぞ)
頭の中でエルクロが声だけを発した。……今はその姿も想像できない。
「主はおっしゃりました。人には人の幸せの在り方、生き方があり、何人たりともそれを否定してはならないと。……ですが同感です。私も、これで彼女の心が正しくあれるとは思いません。TSとふたなりはジャンルも違いますし」
ユスティーツは良いことを言って、最後の一言で台無しにした。
「男でいろだとか女でいろだとか、そう言ったものを強いられるのは苦痛だと思いますが。……どちらでいたらいいか分からないときに取り返しがつかなくなれば死にたくなるだけだとワタシのデータにはあります。それに、エルクロさんはどちらでもなくなることを望んでいるとは思えません」
先ほどまで俺達の話に適当な相槌を打つだけだったアズも、人が変わったように真剣な表情で光輪を光輝させていた。
両性で、恋心のギフトを持つ立場として思うことがあったのだろう。
「……ギンロウ、ワタシのデータが正しければエルクロさんを救えるのは貴方です。ワタシは知っています。男女というものは他者を鏡にして初めて、この性別でよかった。間違っていたと思えるんです」
「つまり、……どういうことですか?」
「共に男として研鑽を高めたいとでも言うか、俺の女になれとでも望めばどうですか? 貴方の弱い意思として後者希望? ならば彼女に女を自覚させればいいんです」
アズは乱暴な口ぶりで断言すると、勢いのまま俺の両肩を掴み、睥睨した。
「……エルクロは、男でいろと強いられたことを、気にしています。……そのせいで両親とはずっと絶縁状態です。女だったら強いていいとは思えません」
「ならどっちでもいい。なんでもいいとでも言いますか? また拗れますよ。強いるのではなく望めばいいでしょう。エルクロがそうありたいと思えるようにすればいいでしょう? 言うのが怖いなら合コン会場でも社交パーティでも用意してあげますよ。ワタシ、カップルを作って冒険者パーティをこわしてしまうのが得意ですので」
アズは色恋と性に囚われる愚かな人類に唾を吐いて、迷える俺に無茶苦茶な提案を投げかけてくる。
「……ルロウ達も巻き込んでください。俺はこう見えてもそういうのは不得意なんです」
「安心してください。こう見えてデータにもある情報です」
……どうしたらいいかもわからずに滝行だの素振りだのをするよりはマシに思えたから、案に乗ることにした。
イラストは自作だ。ボクが可愛かったら褒めるように。あと評価も欲しい(欲張り)