エルクロはエロいからもっと気をつけてください
挿絵は完全モザイクです。健全なので。
モザイクなしは在庫はないですが、みな、あとがきに行かれます
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…………なんだか喧嘩別れみたいになってしまった。
別に激しい罵り合いをしたわけでも、殴り合いをしたわけでもないのに。
俺たちはお互いに居た堪れなくなるみたいに目も合わせられなくて、エルクロはそのまま一人、地下街へと向かってしまった。
ボケっと待っている訳にもいかないので刀を研ぎ直したりだとか、魔力の上限値を高めようと瞑想をしてみても――気が散る。
目を瞑るたびに苦痛を押し殺すみたいなエルクロの表情がチラつく。
俺は……エルクロが弱いままでいればいいと思っていた。……最低だった。そんな考えは自分勝手で、エルクロを傷つけると思った。
だからこそ、弱さを断ち切るために、彼女が目指していた「男らしさ」に触れた。不用意に、触れてしまった。
女っぽいだとか男っぽいだとか、そういう言葉が今まで何度もエルクロを切り裂いて、痛む記憶から逃げるように極東から離れたというのに。
(それで心の中で言い訳と反省会かい? とっとと自分の弱さを吐露すればよかったじゃないか?)
エルクロのことを考えるたびに背後で軋む足音。……幻聴だ。低い背の影が俺をみおろす。……幻覚だ。
囁きが俺の心を見透かして嘲る。
結局、女のままがいいと思っていたことも、それを反省して男に戻るべきだと言ったことも……全部、俺の都合だ。
――――その、ボクは……男らしくなりたいって、思えたことが、いままでなくて、けど、彼みたいに……なれるなら、なりたいんだ。
脳裏に過る幼い記憶。エルクロは“男らしく”。そんな言葉だけを力強く、顔を歪めながら言っていた。
今更になって思い出して、積み重なっていく後悔。けれど何を言えばよかったのかもわからなくて、ぐるぐると考えが頭の中を埋め尽くす。
息が詰まりそうになった。
苛立ちを発散するために稽古場に向かい力強く刀を振るう。
……振るえども、絡みついた雑念はそんな簡単に解決できそうになくて、握る刃が重く感じられた。
「俺は……明らかにエルクロを傷つけました。どう思いますか?」
(君がそう思うならボクは傷ついたのだろうな。うわーん、傷ついた。もうお前らなんて知らん。一人で危ない地下街に行って、怪しい呪術師に手取り足取り解呪されてくるぞ?)
けらけらと、頭の中でエルクロが嘲り続ける。
(ボクのことが心配かい?)
「……悪いことですか。地下街は俺達でも油断ならない場所です」
天社の無法地帯を悪用して暗殺依頼を引き受けている躯装者や完全帝国の諜報員の隠れ蓑になっているような場所だ。
そうでなくとも地下街を黙認している王族連中なんかと間違って関われば致命的なことになりかねない。
エルクロはもとより希少な存在だったのに、呪いが価値に拍車を掛けたんだ。あんな可愛いし、血統もある以上、貴族諸侯に目をつけられたって不思議じゃない。
それが偶然、途方もない階級なら? 奴らの飼い犬は俺達と同じぐらいかそれ以上だ。単独行動をしている以上、今のエルクロには勝ち目がない。
――それでもし捕まったら?
嫌な想像が巡った。思考を読み取ってか、幻覚のエルクロがジッと睨んでくる。彼女の纏う衣服が引き剥がされるみたいにだけていった。
複数人に組み伏せられるかのようなポーズを取って、俺の目の前でうつ伏せになっていく。
(なんだか想像がやけにいやらしくはないかね? ボクでそういうことを考えてるのかい? ふっ、ギンロウがその悪い貴族だったらたしかに只事ではすまなかったな)
「ち、違います。変なことを言わないでください」
「…………一人でだれと喋ってるんですか? ワタシのデータではギンロウさんは冷静で落ち着きのある方だと思っていましたが。今の貴方の言動はデータにありませんでした。追加しておきますね」
背後から引き気味に声が響いて慌てて振り返るとアズがいた。
エルクロが自分の代わりにと掘ってきた新入りのタンク役で、……光輪種だ。中性で、外見は女にも男にも見える。
その境遇は、今の俺にとってはいっそ羨ましくも思えた。
「……エルクロが心配なだけです」
ぶっきらぼうな対応をすると凛とした眼差しが俺を訝しげに見つめてくる。
短い銀髪がサラリと揺れた。
「心配されるべきなのは貴方にも思えますがね。……ワタシはデータデータと言うわりにはデータなど持ち合わせていませんが、組んだパーティメンバーが尽くカップルになって離れていった愛天使ですので、色恋のデータには理解があります」
「…………何が言いたいんです」
したり顔でメガネをクイ。アズは透かした笑みを浮かべた。
「付き合う男女ってのは順序があります。危険を通して距離が近づいたり、逆に距離がわからなくてお互いにドギマギしたり。貴方はどちらかと言えば後者ですが――貴方はエルクロに恋をしているわけではありません。ただエルクロがエロくて困っていて、そこに彼女が自分より弱くなったから存在意義を見出しているだけです。言うなれば、ひどい男です」
――――エルクロがエロくて。
――エルクロがエロくて。
……。
言葉を呑み込むのに頭は反芻を要した。そのあとに続いた言葉は自覚があったせいで、余計に平静が保てなくなった。
加入したばかりの新入りにまで醜さを見透かされていて、どうしようもなく頬が引きつる。
「……なら、どうしろと? エロいものはエロいんです。それをエロくないと思うのは俺にはできません」
「もっと素直になっては? 瞑想しても解決はしません。修行にはなっているようですが。……随分魔力量があがりましたね」
――魔力量。
俺がエルクロにどう頑張っても勝てなかったものだ。今更、使いもしない力が伸びていたらしい。……妄想の産物か?
「……素直って、エルクロに面と向かって、エルクロはエロいからもっと気をつけてくださいとでも言えと? それともエルクロがエロくてちょっと弱い方がいいのでそのままでいてくださいって……!?」
「本気でそう思うなら言ってみたらどうですか」
(そうだぞ。エルクロが悪いんですって押し倒してしまえ。進む展開もあるはずだろう)
そんなこと、できるはずもない。
「……すみません。今のは少し八つ当たりでした」
「許します。ヘイトを買って、受け持つのがタンクの役割ですので」
上手いことを言った風にアズは鼻を鳴らした。
天使の輪からこぼれる光をメガネが反射していた。
「かえったぞー」
のほほんとした声が伸びた。エルクロが帰ってきたらしい。
(さて、どうするのかね?)
囁く問い掛け。いても立ってもいられずに駆け寄った。
とにかく、男らしくなりたいだとか、俺が知った口を聞くのは間違っていた気がする。せめてそれだけでも訂正すべきだ。
それに何事もなかったか聞かないと。今のエルクロは失礼な言い方だがトラブルメーカーだ。何かあったなら、変な男が関わってきたとかなら斬ってでも解決する。それと次に地下街に行くときは俺も一緒に行くと伝えて――。
「っ、エルクロ……! 何も問題はありませんでしたか? 尾行や悪い貴族に求婚されてませんよね? 呪術師のやつは変なこ、と……を…………?」
たゆんと、ゆれる胸に視線を吸われた。遅れて、ピコピコとゆれる狼耳に。そして靡く尾に。
「…………女になった呪いを解くために地下街に行ったのでは?」
「それはそうなのだが。まぁ色々あってな。……一応は解決策をいくつか提示はしてもらえたぞ?」
誇らしげに胸を張ってしたり顔。笑みは空元気にも思えたのに、エルクロのが僅かな動きで揺れるから、大丈夫ですか? だとか、そんな気の利いた言葉も言えなかった。
「エルクロ……。エロいのでもう少し気をつけてください」
「ぇう……!? お、おぅ……。すまない」
代わりに言えるわけがないと思っていた言葉を吐き捨ててやると、エルクロは不意を突かれたみたいにビクリと肩を縮めて赤面していた。
……それだけだ。
妄想したような、進む展開なんてものはない。
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