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彼はだね。金的が原因で負けたから睾丸もろもろを切除してほしいと依頼してきたのだよ。そして我は、うぬにそれを接合する技術を持っている

 そして些か気まずい様子で語りだした。


「……うぬの来歴だよ。女みたいだ。男らしくなれ。男らしくなりたい、なりたくないだの。そんなふうに言われ続け、想い続けた。幼少の出来事がうぬを大きく歪めた」


 ……自分がおかしい自覚がなかったわけではないが。真正面から突きつけられると、動揺を隠せなかった。


 見開く目。泳ぐ視線。生えた尾が感情的に揺れる様。……鏡に映るボクは無様だった。


「……だ、だがそれだけで男は女にならんし、人は虎にならん」


「そうだとも。だから原因の一つに過ぎない。身体変異を起こした要因は天社だ。ダンジョンの階層を超えるたびに皆、強くなっていくであろう?」


 天社がもたらす恩恵のことを言っているのだろう。


 階層を超えるたびにどんな人間であろうが強さを得て、天社に適応していく。だが――。


「それでも虎や女にはなった事例はボク達だけだ」


「そうだとも。生命が掛かっている危険な場所を行き来する中で、ふつうの者は女の子になりたいだとか、虎になってしまいたいだとか、そんなことは願わない。だからふつうは強くなるだけだ。筋肉量が増える、血の魔力内蔵量が増える。背が伸びる。若返る。年を取る」


 リュリュは真剣な面持ちで話していたが、不意にボクの胸をむにゅりと鷲掴んだ。


「あひゅ!?!? ……階層突破の恩恵は強くなるだけではないのかね!? んぁ、あといつまで触っているつもりかね……!」


「我風に言えば成長点数が増えて作り直せる。だがね。だが強くなるのは違いないであろう? サンゲツとやらは強大な代償を払い、膂力は比較にならないほど増し、長い詠唱は咆哮の一つで完了するではないか」


 話が途切れ、ボクの言葉を待つようにリュリュはさらに胸を揉んだ。なんだかいいように遊ばれている気がしてならない。


「ん、……っ。ボクは弱くなった」


「違う。うぬは元の戦い方ができなくなっただけだ。両親を拒むように吸血鬼でありながら不向きな東国剣術を学び、強くなった歪さが消えたのだよ。本来持ち合わせた才能パッシヴスキルに強さの方向性があわさったに過ぎない。それゆえに……今のうぬは自身の能力を制御できていない」


 胸を弄んでいたリュリュの手がボクの口に突っ込まれた。無理やり開かされると、くりくりと牙を撫でてくる。


「両親と絶縁し、その血の渇望を抑する方法も知らぬまま、吸血鬼として目覚めた。ゆえに牙が疼くだろう? 性欲と食欲の区別もつかん。今のうぬは飢えてるうえに発情したエロガキ……エルガキなのだよ」


「わざわゃ言い直ひゅな……!」


 牙が指に食い込んでいく。舌を血が満たすと、双眸が、腹部が、炎のような熱を帯びていく。……満足したのか、リュリュは指を引き抜いた。


「血が巡るのがわかるだろう? 天社はうぬを弱体化させたわけでも、魔法使いになれと言っているわけでもない。弱いから戻りたいと思うなら力を使いこなすために両親のもとへ行くか、やなら天社の階層を突破するのだな。うぬが男に戻りたいと心の底から願っていれば戻るだろう」


 ……それは無理だ。


 ボクは両親から恥だとしか思われていない。長男なのに、家を継ぐ者なのに逃げた。ましてこんな姿で行けば殺されたっておかしくはない。


 天社も同じだ。……こんな状態で潜ってもボクが足を引っ張ってパーティごと壊滅しかねない。


「……原因は理解した。だがポンデュのやつは、君が治せるからと紹介したんだ。それ以外の方法があるんじゃないのか?」


 リュリュは些か気が進まない様子で頷くと、だれかを手招いた。すこしするとカウンターの奥から筋肉隆々の大男が入ってくる。


「……彼は闘技場の剣闘士だ。天社の恩恵を受けない。ドーピングをしないという厳しい誓約のなかで活動している」


「それがなぜ君のような呪術師のとこへ?」


 呪術の使用なんて競技においてはもってのほかのはずだが。深い理由があったのか、男は深刻そうに俯いた。


「金一級の昇格戦で弱点を突かれて女魔剣士に負けたからだ。我は反対したがね、彼はその弱点を無くしたいのだよ」


 弱点と言われて彼の身体を注視したが、それらしい古傷や先天性の歪みもない。怪訝そうにいたボクを、リュリュは呆れて嘲笑った。


 そして不意に足を振り上げ、ボクの股間に遠慮のない蹴りをぶつけた。


「あぎゅッ……!! おぐぁ…………!?」


 変な声が出てのたうち回ったが……思ったよりも痛くはなかった。


「ふっ、だから言ったであろう。ファントムペ◯スだと。彼はだね。金的が原因で負けたから睾丸もろもろを切除してほしいと依頼してきたのだよ。そして我は、うぬにそれを接合する技術を持っている」


 ないモノが寒気を感じた。苦い顔を浮かべるボクに臆することなくリュリュはしたり顔を浮かべた。


「……胸を増やしたり減らす呪いは完成している。どうかね? やろうと思えば我はうぬを男にできるということだよ。ほれ、保護者にもわかるようパンフレットを鞄に入れておくぞぉ?」


 ――――ボクが女のままではきっと迷惑が掛かる。


 だが、……即決できそうにない提案だった。


「…………考えさせてくれ」


「うむ。決心がついたら水晶玉に念話を送りたまえ」


 重たい胸に手を置いて、ボクは店を後にした。


(……うぬの来歴だよ。女みたいだ。男らしくなれ。男らしくなりたい、なりたくないだの。そんなふうに言われ続け、想い続けた。幼少の出来事がうぬを大きく歪めた)


(両親と絶縁し、その血の渇望を抑する方法も知らぬまま、吸血鬼として目覚めた。ゆえに牙が疼くだろう?)


(今のうぬは自身の能力を制御できていない)


 言われた言葉が胸を突き刺している。鼓動が重く感じる。


 ボクは……未だに幼少の呪縛から逃げられていないらしい。


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― 新着の感想 ―
子にこうなって欲しいと願うのは親の愛だけど、こうあるべき、こうでなければならないと型に押し込めるのは親のエゴなんよね 育つようにしか育たないのに押し込んだ型からはみ出した部分を無理矢理切除すれば、人は…
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