うぬの声を初めて聞いた時、子宮が恋をして鼓膜が妊娠したからのぉ……産まれた娘にはポンデュと名付けた
怪しさ満点な店の風貌に変な汗が滲んだが、今更引き返せずに踏み込んでいく。
『今話題! 食べても太れない呪術ダイエット』
『呪いで嫌な相手を一日ロバに――』
「……ろくなものがないな」
ボクがぼやいた途端、店の奥でガタン! と大きな物音が響いた。店主が転んだらしい。
気まずさで目と目が合う。真っ黒な瞳は光がなく、分厚いクマを気にする様子もない。
脱色したような真っ白な髪は長くボサボサだった。
呪術師だからか、身に纏う衣服は少なく、露わになる褐色の肌。
床に豊満な胸が押しつけて、潰れたカエルみたいになって姿を見て、ボクは嫌なことを思い出した。
「君は……リュリュか……!?」
「もへゃ……! 我は最初から覚えておったぞ……? うぬの声を初めて聞いた時、子宮が恋をして鼓膜が妊娠したからのぉ……産まれた娘にはポンデュと名付けた」
「……哺乳類の自覚はないのか? 単為生殖でボクをお父さんにしないでくれ。絶対に認知しないぞ」
呪術師リュリュ・エリュテュルク。
「酷いなぁ。我をこんなふうにしたくせに……っ!」
単独で十層までの進行が可能な上級冒険者であり、……太陽が大丈夫なうえに血を飲まなくていい吸血鬼を初めて見たという理由でボクを拉致監禁した危険人物。
「酷いことしようとしたのはそっちだろう!? ボクは危うく男なのに女の子にされちゃうとこだったんだぞ!?」
「なってるではないか……」
もとい、サンプルのためだとか言って搾精しようとしたマッドサイエンティスト……否、マッドシャーマンだ。
「うるさい! ……すまないが、君のせいで呪術師が嫌いなんだ。帰る」
「もへぇ……!? 可愛い声でちゅねぇ。うぬがそんなメス声を出してると我は呪いで勃起してしまうだろう?」
気持ち悪い発言と共に服越しで怒張していく膨らみ。ボクは思わずそれと豊満な胸を交互に見比べた。
「お前男だった……男? 女になったのか?」
「違うぞ? たわけが。我なら呪いでは男の子にするぐらい余裕だと言っているんだ。それに我にはうぬらがそうなった原因もわかるぞ。サンゲツが虎になった原因もなぁ」
リュリュの性槍が消える。話を無視できないボクをにへらぁと、嘲笑してボクに歩み寄ってくる。
「教えてくれ」
「我の研究成果と智慧は安くない。対価がいると思わんかね?」
「対価か。リュリュ、貴様の首には賞金が掛かっているらしいな」
まともに取り合ってもろくなことにならないから剣を構えた。
だがリュリュは武器を構えようともせず、じっとりと不気味な視線を向けてニヤつくだけだった。
「うぬが、ちまたでなんて呼ばれてたか覚えているかね?」
「……器用万能だが」
少し恥ずかしいが、ボクにとっての名誉でもあった。
ふんと、誇らしげに明言してやったが、リュリュは、でひゅ……などと薄気味悪い笑い声をこぼすだけだった。
「……うぬはどのステータスも全部高かったなぁ。ゆえに戦士として戦ってるくせに攻撃魔法とバフも同時行使する化け物だったなぁ」
「過去の話だ。今のボクには今の戦い方がある」
「ふぅむ。知っている。防具は適正ステータスにしたようだね」
リュリュは依然として武器を構える様子はなかった。たゆんと、胸を揺らして歩み寄ってくる。
「で、……武器は? アイテム装備の要求ステータス数値は足りているのかね? ……うぬや、最後に魔剣の声を聞いたのはいつかなぁ」
「……っ!?」
――要求ステータス不足。
ただ重く感じるだとか、少し出力が足りないとかいう話ではない。
防具であれば防刃性の低下や武器であれば刃が鈍くなったり、酷いとスキルの発動ができなくなる。
「……けど、ボクがこうなってからもこいつは喋れていたぞ!?」
「髪は前より伸びただろう? うぬの言う呪いはずっと身体に纏わりついているのではないかね? ……さて、そんな状態でも暴力は全て解決できるかゃ……?」
「……っ、情報の対価とやらはなんだ。金か? 生憎、君が求めて止まないボクの子種はないぞ。息子は旅立った」
「うぬなぁ……我を変態だと思っていないかえ?」
変態に違いないだろう。
「だがまぁ情報だけなら悪いようにはせん。そうだなゃ……。ちょっとだけ我の実験に付き合いたまえ。呪いを掛けるから解呪アイテムの効き目があるかどうかを確かめたいのだよ」
彼女は碌でもないが……腕は確かだ。それに嘘をつく人種でもないのは承知していた。
「……まぁ、それぐらいなら構わないぞ」
「まず一つ目だ。こちらは軽めの呪毒と、それの解呪用の試作飲料。私の理論が正しければ所謂なんだったか、オセックス効果があるはずなんだよね」
「………………デトックス?」
リュリュは何も答えないままボクに怪しい飲料を押し付けた。