お前って吸血鬼だったんだな! 人型の蛭だから雌雄同体なんだろ!?
「……思ってたより悪い人達じゃなかったかもな」
少しスッキリした……気がする。
けどまだ胸のモヤモヤは消えない。イライラが全部、どうしたらいいか分からない感情に変換されただけでもあった。
(けど性別にもう拘りがないなら男に戻ったっていいんじゃねえの?)
(――どうしたいかです。あなたは昔、男らしくなりたいとずっと口にしていましたから。その想いがあるなら戻る手段をさがすべきだと思います)
やっぱり……戻るべきなのだろうか。
「ラジアだったら変わらなくていいって言ってくれたかな……いや、そもそもボクは戻りにここに来たんだろ……」
未練たらたらな自分が恥ずかしくて思わず自分にツッコミを入れた。
呪術師の場所を目指し、地下街のより地下深くへと降りていく。
進めば進むほど薄暗くなっていった。入り組んだ階段の登り降りが増えて、人通りも途絶えていく。
なんだか昔、修行をしていた境内を否応に彷彿とさせた。
……境内の山奥もこんな風に薄暗くて、入り組んでいて、やけにカラスが多かったのを鮮明に覚えている。
「おいおい。こんなところで一人かい? お嬢ちゃん」
「ちょっと俺達に金貸してくれない? そしたら君の態度次第では酷いことしないであげるからさぁ」
思い出に浸っていると、いつのまにか先程の連中より遥かに面倒なゴロツキ達がボクを取り囲んでいた。
そのうちの一人がボクの襟首を掴み持ち上げてくる。背も縮んだせいか、足が簡単に着かなくなった。
「いやいや、こんなところで一人でいる時点でそういうことされたかったんでしょ?」
胸でも見えたらしい。一人が鼻の下を伸ばしてそんなことを口走って、下衆な視線を向けてくる。
門限ギリギリまで剣の鍛錬をした日もこんな風に絡まれたことがあった。
汗を拭いて帰ろうとしたときに、ボクのことを女みたいだとか、妹みたいでムカつくだとか、付いてるほうが得だから脱がせて確かめようだとか言っていた悪ガキグループと鉢合わせて、こんな風に組み付かれたんだ。
(お前って吸血鬼だったんだな! 人型の蛭だから雌雄同体なんだろ!?)
(教会に追われてここまで逃げてきたんだろ。モンスターめ)
(人間じゃないならお金もいらないだろ!? 持ってるの俺達が使ってやるから出せよ!!)
……あのときはどうしたんだったか。
「おい! 聞いてるのかよ!! 早く金出さねえなら――」
ぼけっとしているとボクのことを持ち上げていた男が激昂し始めた。お気に入りの可愛い衣服を引っ張り、破こうとしてくる。
許せなくなっって男を睥睨した。深紅の双眸が彼の瞳に映り込む。
「……【黒血饗宴】」
掴んでいた腕から血を奪った。隆々とした筋肉が一瞬で枯れ枝のように萎み、ボクを支えることもできなくなって手放す。
(エルクロ、我々は由緒ある血筋であると同時、血の渇望を抑え込まなければならない。それが我々が貴族として生きるための掟だ」)
あのときは呪縛のように男らしさと由緒ある血筋とやらに囚われて、両親の言葉を思い出して反撃もできなかったんだ。
負けないように剣を練習したのに鞘で殴打する勇気もなくて、服を脱がされて――それで。
「今とは……大違いだな」
過去を見つめながら、ボクは狼藉者の足首を蹴り踏んだ。バランスを崩し、転倒させると同時、三人の鳩尾を鞘で殴打する。
「うご……ッ」
それだけで男達は蹲って、まともに動けなくなった。
…………あのときは地面に組み伏せられたときにギンロウが来てくれて、けどギンロウはボクを直接助けてくれたわけじゃなかった。
(エルクロ、貴方はもう弱くない。そんな奴らなんて怖いと思うに値しないはずです。だから俺が、貴方が怖いと思っているやつから護ります。護るから……下衆に遠慮など――無用です)
そう言われて、ボクは血の魔法を使って力を奪って、転ばせて、鳩尾に一発ブチかましてやったんだ。
「……ふふ」
ギンロウは平気で小っ恥ずかしいことを言ってくれるから、思い出すだけで牙がむず痒くなって、笑みが溢れた。
けどそれがギンロウの格好いいところで、ボクが憧れた男らしさで…………。
……考えてると顔が赤くなって、ぶんぶんと首を横に振った。
男らしくなりたかったのは、居場所が欲しかったからだ。当時は両親に認められたかった。けど護るって言われて、そんなことどうでもよくなった。
今にして思えばろくでもない親だったし。
ボクが男らしくいようと修行し続けたのは、……修行をする理由が欲しかったからだ。一緒にいたかったし、だから天社にまで着いてきた。
…………今も男らしくいようとする理由はなんだ?
「いや、でも……別にボクには女のままでいる理由もないぞ」
自問自答。そんな風に悶々と遠回りをしていたのに……結局、目的地に着いてしまった。煤けた路地の裏手。錆びついた扉のボロ小屋だ。看板には堂々と『解呪。防呪。呪詛の付与。呪い専門店!』
……なんて、呪いの店とは思えない開き直った内容が綴られていた。