男に戻るために行くという話なのに、ボクを女の子扱いしてどうする
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じっと赤い眼差しが見つめていた。
まるで初めて会ったときみたいに泣き出してしまいそうに思えた。
僅かに引き攣った笑顔。見開いた双眸。
思う節があるのか、気まずい様子で牙を噛み締めている。
(ふん、素直に言えばいいではないか。俺はエルクロが女のままでいて欲しいですってな。ボクはそれで喜ぶぞ。君はそう知っている)
心のなかでエルクロが囁く。……違う。それは俺の願望だ。
エルクロが男でいるべきだとか女でいるべきだとか、俺が抱えているのはそういう純粋な願望じゃない。
いっそ彼女が可愛らしいからとか、華奢な身体つきや匂いがエッチで好きだからそのままで居て欲しいとか。そんな理由のほうが多分マシだった。
――――エルクロ、大丈夫です。俺は強いですからね。そ、それに兄弟子ですからね。何かあったら俺がまた絶対に守ってみせます。助けます。
過去に豪語した言葉が脳裏にちらつく。
数年もしたらなにもかもがエルクロに抜かされて守れなくなっていた約束だ。エルクロが呪いによって思うように戦えなくなったおかげで守れるようになっていた約束だ。
……俺はエルクロが弱くなって安堵していた。そんなことが許されるか?
「…………俺達がどうして欲しいかじゃりません。エルクロが――」
純粋な視線を向けられ、尋ねられて初めて自分のなかにあった醜さを自覚した。……言葉が詰まる。
エルクロは『男らしくなりたい』と言っていたのに、俺は俺のために彼女を引き止めかけていた。それは……弱さに漬け込むのと何が違う。そう思ったから勢いのままに。
「――どうしたいかです。あなたは昔、男らしくなりたいとずっと口にしていましたから。その想いがあるなら戻る手段をさがすべきだと思います」
言い切った。惜しんでいるのかズキズキと胸が痛む。それでも、俺の意思は介入すべきじゃないから。
エルクロに俺の気持ちを汲み取らせないために無表情を徹底した。
「ふん……そうだったな。僕は…………そうだ。両親から男らしくいるように望まれて、君みたいになりたいと思っていたよ」
エルクロは一瞬、表情を曇らせたが。呆れるように鼻を鳴らしてそうぼやいた。自嘲めいた笑みが嫌に頭にこびりつく。
「はぁぁぁ……。悩むことでもなかったな。ボクは、戻るべきだ。それでパーティも前に近づく。追放の件も解決だからな。どうして……悩んでいたんだろうな。ふふ……」
まるで自分に言い聞かせるみたいな言葉を吐いて、なんてことのないように彼女は大袈裟に息を吐いたが。強がりなのは一瞬で理解できた。
謝るべきだ。エルクロの両親と同じように、俺の言葉がエルクロを傷つけた。
「っ…………」
謝るべきなのに、言葉が出なかった。
何を謝り、何を訂正すればいいか理解できなかった。俺には――彼女の心がわからなかった。
考えてみればずっと、エルクロの「男らしさ」に対する執着を言及したこともなかった。触れてはいけない話題だと判断して相談に乗ろうとしたこともなかったのだから。
せいぜい、俺が守りますだとか、そんな無責任で子どもめいた約束をしたぐらいだった。
「あー、うーん……。ま、まぁ雌鶏より去勢した雄鶏のほうが肉の質がいいよね。わかるよ? それにほら、お肉は叩いたほうが美味しいだろう? 人も同じさ……ははは」
沈黙に耐えかねて、ルロウが訳のわからないことを口走る。余計に居た堪れなくなってか、エルクロは申し訳無さそうにくしゃくしゃと髪を掻いた。
「そもそもボクらは男パーティだったろう? ボクがこんな美少女でいると全員の頭がおかしくなるとも言われてたし、実際ルロウはおかしくなってるし」
エルクロは追い詰められるといつも饒舌になる。今回もそうだった。
「ガヒュン!」
鶴の一声。否、猛虎の一鳴。サンゲツは仰々しく咳き込んで、連々と魔力で達筆を綴っていく。
『……誰も己に責任を取ってくれはしない。好きにすればいいと思うがね。……我は我の醜さゆえにエルクロ、君に距離を取らせようとしたが、君は好き勝手してくれたではないか。だが存外それも悪くはなかった』
皆がじっとサンゲツの文章に目を向けた。
『オレ達の意思なんて全部無視したっていいんだ。誠実に正しいことをしていたはずのルロウは妻にも逃げられ娘にも会えずじまいだろう。正解が事態を良くするとは限らないんだよ。……エルクロ、君はどうなりたいんだ?』
「なんで今さ。流れるようにおじさんのこと刺したの?」
「……ふふ、それがハッキリしていればボクはこうも曖昧ではなかったかもしれないな。……だから、ボクがどうあるべきかを決めるためにも紹介された呪術師のところには行ってみようと思う」
「っ、地図の場所は地下街でしょう? あそこはろくでもないですし、俺も一緒に――」
「ふっ。たわけめ。男に戻るために行くという話なのに、ボクを女の子扱いしてどうする。それに多少弱くなったって、並の奴よりはよっぽど強いんだぞ?」
バチコンと、エルクロは自信満々にウィンクを放った。
なんだかそれさえも空元気に思えてしまって、俺は情けないことにそれ以上何も言えずに黙り込むしかなかった。




