ボクは、どうすべきだろう
ちょっとシリアスだったのであとがきでエルクロに恥ずかしい格好させました。手書きです。
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「……初めまして。ポンデュと申します」
約束の時間と同時、呪術師の少女が訪れてきた。
銀の長い髪は香辛料と甘さが混ざったような匂いを揺らし、陽に当たっていない白い肌はほとんどが露わになっている。
呪術師用のローブこそ羽織っていたが、呪いとの同調だの何だのを理由に、彼らは男女問わず上裸に等しい。華奢でありながら確かな場数を踏んだことを理解させる無駄のない腹部にボクらは思わず視線を奪われる。
「ええと……解呪が必要な方は?」
ジトリと光のない真紅の眼差しが向かう。結晶髑髏の装飾がじゃらじゃらと音を立てるなか、ボクは手を、サンゲツは肉球を上げた。
足先から頭のてっぺんまで物珍しいものを見るみたいジロジロと、視線が全身を這っていく。
「ギルドの方で詳しい呪病内容と君たち二人の記録は見たよ。獣になったっていうからてっきり獣人種かと思ったけど人間だなんてね。それも極東出身で元官吏のエリート様だったときた」
無遠慮に曝け出されていく過去に、サンゲツは威圧的な唸りを零した。ポンデュは怯える様子もなくわしゃわしゃと頭を撫でて猫扱い。たちまち喉を鳴らすのだから、もはやプライドも威厳も、呪いによって唾棄されている。
「おじさんのこともさぁ。撫でてくれないかい? 肉が柔らかくなる気がするからさぁ」
サンゲツを馬鹿にするためだけにルロウはそんなことを口走ったけれど、ポンデュは小さく首を傾げるだけでそれを了承した。沈黙のなか、一人と一匹がわしゃわしゃと頭を撫でられていく。
そのうち、何かが琴線に触れたのかルロウが不意に泣き出した。
「……おじさん、こんな風に撫でられたの。夜逃げされる前でさ。パパと結婚するんだーって……嗚呼」
「大丈夫、一人のほうがいい冒険者だよ。ワタシがそう約束します」
そう言って部屋の隅で丸くなる。アズが独り身を推奨して追撃するなか、ポンデュはしたり顔だった。
「こんな風に、些細な呪いでもそのひとの過去に関わるものであるほど深く本人に結びつくの。だから不躾だとか、酷いとか、思ってもいいけど諦めてね。……彼は泣き終わったら落ち着くよ。思い出させただけだから」
理屈は理解できるし、彼女は優しいほうだろう。今のはどう考えてもルロウがちょっかいを掛けた所為だ。
だがボクはどうしても……呪術師は苦手だ。
「大丈夫ですか? エルクロ。あなたは以前――」
以前、ボクが呪いで性別が変わってすぐに呪術師が用意されたことがあったが、ろくなことにならなかった。ギンロウもそれをわかってか、様子を窺うように顔を覗き込んでくる。……不安にさせたらしい。
「ふん、大丈夫だとも。すまなかったね。……ポンデュさん。続けて構わない」
「エルクロさん、貴方はもっと特異だね。極東出身なのに純血のヴァンパイアで、かつ太陽神の祝福を一族が受けて昼でも活動できる。家は……貴族だったんだ。男だった子どもは君一人。……逃げるみたいに冒険者になったんだね」
「もう少し言い方があるんじゃないですか?」
ヒリつくようにギンロウが睥睨を向けたが、ポンデュは首を横に振った。
「そう、君はたった一人の息子だった。けど、そこから逃げた。そういう過去と結びつくの。呪いっていうやつは」
大丈夫だと口にしたが。嘘になりそうだった。剥き出しにされていく弱さを前に、緊張が高まるように心臓が強く脈打っていく。
「呪いはね。嫌悪されるから呪いなの。……呪いの力や作用を利用したり、享受したりする限りは解呪は不可能だよ。本人が抵抗しないといけないから。……エルクロさん、君は本当に治したいと思ってる? これは、今だけのことじゃないよ。ずっと昔から振り返って――どう?」
「ボクは……」
『男なら文武両立し逞しくしろ』
『男なら男と遊べ。皆、モンスター討伐のための練習も兼ねているぞ』
厳格で偉大な父の声が呪詛のように頭のなかで繰り返される。姉さん達には優しい父は、ボクにだけは厳しかった。家名をボクに継がせる気だったから。
『また服を着せられてるの!? エルクロ、あなたはたった一人の跡取りなのよ? アルカードの一族として、たった一人の長男として自覚しなさい』
母のヒステリックな声が今も頭に残っている。姉さん達だけはボクを庇ってくれたし、可愛い人形や洋服をくれたけれど、それは許されないことだった。
『別に、姉さんたちは嫌がらせをしていたわけじゃない。私のことを褒めてくれるの。嫌じゃないよ……!』
『嫌じゃないと変なの。男が、女の格好……! エルクロはアルトラ達とは違うの』
「――クロ。――エルクロ!」
遠くから呼びかけられて、我に帰る。息もできないまま思考していたのか、冷静になって今を見渡すとボクは酷く息を荒らげていた。瞠った瞳は戻りそうにない。
「……ボクは」
――男らしくなりたかった。
そうすれば両親はボクと今一度向き合ってくれるかもしれない。
そうすればもう誰にもイジメられないだろう。
けど今更そんなことはどうでもいい。
いや、そもそもボクは男らしくなりたかったんじゃない。
……ギンロウに憧れて、ただ追いつきたくて。隣に立てる奴になりたくて。
「心当たりがあったでしょ。今の状態じゃポンデュには治せないよ。けど深くに根付いた魔法を解くのが得意な人もいるから、どうしてもっていうならここに行きなよ。……あんまオススメはしないけどさ」
古ぼけた地図を渡された。旧市街のほうだろう。
「じゃあね。請求書は後日送るよ」
ジトリとした視線でボクらを見つめたまま、手を振って呪術師の少女はその場を後にした。
「……がう(いや、結局オレは?)」
「享受してる扱いなんじゃないですか? サンゲツも」
他愛ないようにサンゲツの問いが流されて、自然と皆の視線がボクへと向かった。皆の視線は前よりもずっと高く感じられて、少し気圧されそうになる。
「……ボクは、どうすべきだろう」
情けない話だが、縋るみたいに尋ねた。




