なるほど。これはイライラしますね。今イライラゲージが溜まりました
三作品同時進行を理由に更新遅れて申し訳ないです。
そして更新が遅いにもかかわらず、感想をくださった方がいてとても嬉しかったのでエルクロをあとがきで脱がせることにしました。イラスト作者は私です。流石に毎回は無理ですが。
三章:呪う言葉
――天の社。共用語ではダンジョンなどと呼ばれる巨大で、正体不明の塔だ。
そんなロマン溢れる未開拓地を中心に築き上げられた大都市シュメルで、荒くれ者ばかりの冒険者を管理し、ダンジョンの生態系を管理し、発掘された遺物をこれまた管理していくのがギルドの仕事だった。
やれ死亡しただの、危険なモンスターが出ただのという報告を処理するのが職一般的な部類の職務内容なのだが。
ボクらの要件が『ダンジョンで受けただろう呪いによって仲間の一人……つまりはボクが女の子になってしまったどころか、パーティの要であるリーダーが時間差で虎になったのでどうすればいいだろう』などという内容だったため、日頃、野蛮で下品な野郎共にも冷静に対応していたギルドの窓口受付嬢、カトリン・リエンツでさえも顔を歪めるほかなかった。
ピクピクと苛立ちと困惑を露わにし、揺れる猫の耳。
ぽかんと開いて塞がらない口が八重歯を曝け出している。透き通った金の双眸はどの課へたらい回しにしようかと周囲を見渡し、しかしすぐに諦めた様子で、自身の黒く艷やかな髪をこねた。
「念の為確認しますが、貴方がエルクロさんで、この……虎が」
『サンゲツである。身分の証明であれば冒険者の登録番号や戸籍は説明できる』
「いえ、……結構です。識別魔法で本人だと確認できましたので。……サンゲツさん、ああ、そんな……。あなたは数少ない良識的な上級冒険者だったのに」
上級冒険者かつ面倒事も起こさず、前歴のおかげでギルドの職務にも理解が深いサンゲツは、いうなれば良い顧客だったのだろう。
カトリンは心底落胆してカウンターの奥で揺れていた猫の尾がしょげていった。そんな様子にも構わず、ルロウは飄々とした態度で彼女の前に出た。
「ごめんねぇ。そういう訳でこれからはおじさんが責任者なんだよねぇ。大丈夫、おじさん自分より若い子には特にやさしいからさぁ……。だからこのあとよかったら一緒に――」
「……ッチ。本題に入ってください」
鋭い舌打ち。ルロウはへらへらとなんてことのない様子だったが。段々と翼を縮こませて、最後にはボクの後ろに引っ込んでしまった。
自然と、カトリンの猫科らしい鋭い視線がボクに向かう。
「損失と言えば貴方もです。……エルクロさん。あなたほどどんな冒険者でも参考にできる人はいませんでしたよ」
「ふッ、今となっては万能者じゃなくて器用貧乏の美少女だからな?」
少しばかりボケたつもりだったが。
…………長い沈黙。
誰も突っ込んでくれなかった。
「……器用貧乏の美少女だからな?」
…………。
カッと顔が赤くなっていくのが自分でも恥ずかしいぐらいに理解できて俯くことにした。少し呆れた視線を向けながら、ギンロウが本題に入ってくれた。
「ゴホン……! 要望はギルド経由で呪術師を用意して欲しいのがまず一点です。前回みたいにエルクロを見るなり学術的価値から太陽祝福吸血鬼が呪いでTSした事例は保護すべきとか口走ることがない人材でお願いします」
呪術師による解呪はボクがどうしようもなかった以上、望みは薄いが。それでも受付嬢のカトリンはコクコクと頷いていく。
……種族のことをとやかく言われたときはあまり快くはなかったので同じことがないといいのだけれど。
「あとはサンゲツが街を出回っても問題ないように嘘でもなんでもいいから情報を流してくれると助かります」
「それについては貴方がたの誰かが調教師に転職したものとして情報を広めます。詳しい辻褄合わせはそちらがしてくれれば――」
「うーん、……食材? でも獣肉はメスのほうが美味しいんだよね。去勢すれば別なんだけど――」
本業は料理人だったルロウは浮かんだ思ったままに口にし、鋭い爪でしばかれる。
「変な言い訳しても見苦しいので愛玩用でいいんじゃないですか? ちょっとでかいし強そうですが、冒険者は危険好きですし、むしろ泊はつくのでは?」
クイと眼鏡を煌めかせ、他人事のように意見を述べたのはアズだった。
「ワタシのデータによればペットだと言い張れば文句を言う奴が悪役です。ペット好きもとい、ペットが仲良くなるのを足がかりに交尾相手募集中の輩を仲間につけることもできますし」
パーティを組んだ仲間が尽く色恋沙汰で消えていったせいか、ヘイトが剥き出しだった。不本意なキューピッドだったのだろう。
純白の翼をパタつかせながら、ふんと人間そのものを冷笑していく。
「がう(オレはそれで構わん。愛玩用と言い切ったほうが触ってもいいですか? って聞いてくる人がいるだろうから)」
魔力によって文字は滲みなくハッキリとしていたが。……本心ではないだろう。少なくともボクにはそう思えた。
「……なるほど。随分重篤な呪いのようですね」
発言内容だけ見ると半ば開き直りのようだったが。カトリンは都合良く解釈したらしい。信用は積み重ねなのだと、ルロウと見比べて考えさせられる。
だって、彼はいつも無様だ。
「要件は把握しました。呪術師による解呪が見込めなければダンジョンで呪いを受けた場所の調査をしてもらうことになりますが、主力メンバー二名の身体変異となると、ギルドとしてはパーティのランクの再査定……。最悪の場合はダンジョンへの立ち入り禁止命令をくだす場合もあるので了承してください」
「うぐ……」
「がう……」
パーティを崩壊させかねないから追放すると言われたのに、関わり続けてしまったボクと、虎になってしまったサンゲツは同時に呻くほかなかった。
「……けど、九層まで突破できたパーティなんてほんの上澄みだから大丈夫だと思いますよ? ……まぁ、その、私は応援してるから。一層の頃からずっと見てはいるからさ」
事務的な口調と私的な言葉が混ざる。カトリンは視線を少し逸らしながらも、ギルドの職員としてではなく個人として励ましてくれているようだった。
少し、胸の中が落ち着いた気がした。職員はボクの状態を良く思わない人も多かったから。
「……ふふ、相談したのが君でよかったよ。本当に大好きだ。これからも頼らせて欲しいところだな」
「ふにゃ……! ふッ……嗚呼、なるほど。これはイライラしますね。今イライラゲージが溜まりました」
「なんでッ……!?」
理由は誰も教えてくれず、カトリンは鋭い視線で睥睨すると、顔を赤くして牙を軋ませた。