本当は女なんじゃないの? 着いてるか確かめよーぜ。着いてても得だろ?
――――……着くことにして、目を閉じて。
うっすらと意識はあるが体が重い感覚。夢を見ているのだろうと。ぼんやりと理解できるときがある。決まって同じ夢だからだ。
そのうち懐かしい空気の匂いが広がっていく。極東、四方に広がる竹林。春の雪解けと共に清流はせせらぎ、今の街にはいない鳥の鳴き声がしてくる。
夢のなかでのボクはいつだって子供だった。ボク自身のことなのに、第三者みたいにボクは自分を見下ろすことしかできない。
……背は元々高くはなかった。姉さん達に顔も似ていて、その所為でよくおさがりの服を着せられている。――我ながら、似合っている。
だから可愛い可愛いって言われるのは満更じゃなかった。ちやほやされたし、女の子が親しく接してくれるし。お菓子もオマケしてもらえる。
まぁ、父さんはあまりそのことを良く思ってはくれなかったのだが。
「男なら文武両立し逞しくしろ」
「男なら男と遊べ。皆、モンスター討伐のための練習も兼ねているぞ」
――だとか、無数の怒鳴り声と罵声が夢のなかに響いていく。
言うことを聞かないと更に怒られる。殴られたときもあった。だから今も胸のなかで軋む。痛む。
……今のボクの姿を見たらどう思うだろうか。ふん、少しは復讐にでもなるかもしれない。
そのうち、夢の中のボクは逃げるみたいに家を飛び出した。
馬鹿なことに、姉さんたちの服を着たまま。そんな女々しいボクが冒険者なんて野蛮な仕事を夢にしていた少年達とウマが合う訳もないのに。
男友達がいないと父さんに怒られるからって、子供でも倒せる弱っちいモンスターを棒で叩く遊びに付いて行って、竹林の奥へと入っていく――。
「お前なんなの? ずっと後ろ着いてきて。とろいし変だし、男のくせにそんな服着てきもいんだよ」
「本当は女なんじゃないの? 着いてるか確かめよーぜ。着いてても得だろ?」
モンスターの次はボクが棒で叩かれた。痛みはなかった。夢の中だから。
当時は意識が一瞬飛んだから痛みはなかった。……見ていると、今もズキズキと痛むけれど、それはすぐに晴れてくれると理解っている。
「ぎゃう……!?」
ボクは変な声をあげていた。地面に組み伏せられて、姉さんがくれた可愛い服が乱暴に引きちぎられて、脱がされそうになって。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
そのとき、鋭い遠吠えが轟いた。
「ッ狼が近くにいる!?」
「やばいぞ。逃げろ、逃げろ!!」
…………って、皆散り散りに。みっともないぐらいに慌てて駆け去っていく。
ボク一人だけが残されたところで、――幼いギンロウと、ボクらの師匠が姿を前にした。
ギンロウの奴はぶっきらぼうで真面目腐った表情をしたまま、ボクの前でもう一度、狼の鳴き真似をしてみせると手を差し出してくれた。
ボクは立ち上がる。
「大丈夫ですか? あいつら、冒険者になりたいと言いながらまるで悪役ですね。教養がないからああやって粗暴な輩ばかりになるんです。ムカつくから一人で逃げた奴の後を追って追撃しましょう」
冗談か本気か分からない物騒な言葉を交えながら、クソ真面目な視線がボクを一瞥していた。
「な、なあ。……その、どうやったらそんな風になれるの。私も……いや、ボクも君みたいになりたいんだが」
別に、女の格好が嫌いだったわけではない。
ただそのときは――――男らしさの理想みたいな姿に。
……憧れて、ただ追いつきたくて。隣に立てる奴になりたくて。それで――。
「ギンロウ、ボクは――!」
自分の声で目が覚めた。
夢の中のボクはまだ、ギンロウの名前を知らないのに口にしようとするからだ。ぼんやりとした視界をぐしぐしと拭いながら窓の外を覗く。
まだ藍色の空は暗く、微かに橙が滲んでいたが街は目覚めてはいない。
もう一度、ベッドに仰向けになった。
「……ボクは、ああなりたかったはずだ。…………なったはずだ。今更どうして、こんな姿で楽しんでいる」
独り言だ。答える者は当然いない。
どうしようもなく自分自身がむず痒くて、脚をバタつかせてみるがなーんにも解決なんてしない。
ただ悶々として、手持ち無沙汰で。
「……ッぁ」
だから宥めるように、そっと自分に指を置いた。
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