神経(いんけい)が苛立つ
あとがきは手書き自作です。
「な、なぜすぐに説明せずにエルクロにおとなしくモフられていたんですか……? あーいえ、原因はおおよそ予想できるのでそこの二人はシバきますが……サンゲツ、あなたが流されるなんてらしくもない」
ギンロウの向ける怪訝そうな眼差し。理由の予想はしているのだろう。それを否定してほしいから尋ねてきている。
『嗤ってくれ。完璧な隊長に成りそこなって虎になった哀れな男を』
「いや、さすがに笑いはしませんが……」
「クク……我らがリーダーがなんと愉快な姿に」
「いいんじゃない? おじさんはロリコンバツイチ。エルクロはメスガキ。サンゲツは駄獣。うん、おじさんは仲間ができてうれしいな」
「笑いはしないが困りものではあるな。トイレはどうするんだ? ボクもサンゲツも二度と立ちションできないな。つらいんだぞ」
「……はぁ、最悪ですね。俺のチームメンバー」
宙に描かれる達筆を前に口々に好き勝手に言う面々を前にギンロウは呆れたため息をついた。サンゲツは慣れた様子で、構うことはなかった。
『人間であった時、己は努めて女性との交を避けた。人々は己を倨傲だ、目つきが怖い、頭良くないと会話もしてもらえなそうな雰囲気があると言った。実は、それが殆どオレの羞恥心と虚栄に近いものであることを、人々は知らなかった。隊長としての責務を言い訳に交を求めていた心を裏切り続けた』
格好つけるように文字を連ねる。結局のところ、自分が男だけのパーティを率いる立場であることを言い訳に、女性との交流を避けただけだ。避けているうちに、関わって貰えなくなった。
『人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心と誇りに反して膨れ上がった性欲が猛獣だった。……エルクロが少女の姿になったとき、彼が親友であり、戦友であるにもかかわらず、無防備な姿に眼が離せなくなった。ギンロウと元々馴染み深いがゆえに親し気にするさまを見て……嫉妬したんだ。ゆえに獣に身をやつした。然るべき咎であろう』
説明しながら開き直ってしまった。自分の醜態をエルクロの所為だとする醜態。だが虚栄で固めきったリーダーという立場から滑り落ちた今となっては恥も何もかもどうでもよかった。
「これも……呪いの影響でしょうか。しかしギルドに報告するにしても騒ぎを起こしそうですね。これ」
『申し訳ないと思っている』
「嗚呼、主よ。そしてギンロウよ。お許しください。確かに彼は我欲とノリに流された罪はありますが。大きな対価はございます。仮に親しい女性が現れたとしても、彼はもうノーマルな行為はできません。お互いの同意があってもアブノーマルなジャンルになってしまいます」
「ふっ、確かに誰にも入らなそうだな? 実際どのくらいあるんだ? サンゲツ、試しに見せてくれないか?」
『エルクロ、頼むからそういうときだけ男の感覚に戻って変なことを言うな。神経が苛立つ』
「なぜ貴方達は二人して虎にセクハラしてるんですか? 俺が真剣にかんがえてるのがバカらしくなるからサンゲツもふざけたルビを書かないでください」
『ならば話を戻そうか。目覚めたらこうなっていた。状況はエルクロと同じだろう。すぐに呪いのせいだとは理解できたが人間ですらなく、錯乱していたのは事実だ。……ギルドに報告するならば向こうから来てもらう他ないだろう。でなければ余計な混乱を招く』
「同感だ。ボクですら変な誤解があるようでな。ここ最近、親方の態度が余所余所しい、責任だのなんだのとな。しかしサンゲツ、今回に関してはボクにも責任があるはずだ。パーティを追放されておきながら、結局ここに入り浸っているからな」
そういえば心苦しく追放したはずだがいなくなった様子がない。むしろ、最初よりも女の子みたいな格好をしてくるようになっただけだった。
「ボクが女になってしまったこと以外にも全てギルドに打ち明けよう。ッルロウがロリコンになったことも。サンゲツが虎になったこともだ。調査クエストを受けることになるだろう。今のボクではダンジョンの探索は足を引っ張るかもしれないが、……皆がいいなら一度パーティとしての毛並みを揃えたい」
ぽふぽふと、華奢な手が柔らかに背を撫でてくる。喉が鳴ってしまいそうになった。
「足並みです。エルクロ」
「ええい、揚げ足を取るな。ルロウ、ギルドの事務連中を呼び出してくれ。ダンジョンの呪いについての報告があるとな」
サンゲツに代わってエルクロが指示を出した。フンとしたり顔で笑うと、僅かに膨らんだまま戻らなくなった胸を誇らしげに張ってみせる。
「いいけどさぁ。ダンジョン行って戻ってきたみたいな格好は失礼だから体ぐらい洗ってね。肉の臭みと灰汁は取るべきだろう?」
「取るのは汚れと疲れでは? ……まぁ、サンゲツについては微妙に野生動物みたいな香しさがあるのは確かなので、……洗いましょう」
パーティのリーダーが今や大型動物扱いだ。いっそその方が気楽ではあるが。見た目でこうも対応が変わるものか。
『生き恥だ』
そう一筆したが、エルクロは一蹴するように笑みを浮かべるだけだった。
「騒がせた罰だと思うんだな。それに新入り(アズ)の話も聞いてみたいだろう? 時間もないし一緒に入ろうか。ボクの代わりにタンクをしてくれる人が補充できたのも良かった。ギンロウ~いくぞー」
『「「……は?」」』
何もわかっちゃいないエルクロに対して、二人と一匹は疑問を口にするも引きずられていった。
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