イチャつくならダンジョン以外ですべきです
「……ああもう。雲が邪魔ですね」
セーフゾーンから出ない距離で、かつエルクロ達に悟られない位置にいたが灰色の分厚い雲が視界と音を遮っていく。
「そういえば――アズは……ギルドも組ん――のか?」
銀の髪を靡かせる天使種の彼? はアズという名前らしい。ギルドが云々と僅かな言葉は聞こえるが話が途切れ途切れだ。
「いえ、……したことは…………」
「なら今度一緒に――――裸の付……くらくらするぐらい、身体が熱くなるぞ」
エルクロは何を話してるんだ?
裸の付き合い?
くらくらするぐらい身体が熱くなる?
「一緒に? ってなんです」
(だから、僕に直接聞けばいいじゃないか)
聞けるわけがないだろう。ここで首突っ込んで聞きに行ったら一緒に裸でくらくらするぐらい身体が熱くなることをしたい人みたいじゃないか。
(フーっ……、熱いな。……っー。どうした……お前もクラついたか?)
耳に囁くような溶けた声。ジッと余裕なく向かう眼差し。汗に濡れた黒い髪が華奢な肩を撫でる。
――容易に想像できた。即座にぶんぶんと首を横に振って幻覚を振り払う。
「苦しくないのですか?」
アズの声だけが嫌に鮮明に聞こえる。エルクロはニヘラと小悪魔じみた笑みと共にしたり顔を浮かべた。
「だが気持ちいいぞ。――になって、気絶する寸前まで我慢――……て、リラックスもでき……どうだ?」
苦しくないか不安になること。気持ちいい。気絶寸前するまで我慢。リラックス。……先程エルクロが発した言葉も組み込んで思考が巡る。
(……っ、気持ちよかったぞ?)
仰向けになったエルクロが髪を乱し、あられもない姿になって恍惚とした笑みを向けてくる。黒く潤んだ瞳の上目遣い。
甘い吐息を零す様子が――いや、何を考えている? けどそういうことじゃないのか?
もはやいても経ってもいられなかった。ずっと踏み出せなかった足は制御の効かないまま動きだし、エルクロ達の会話に慌てて割り込む。
「誰とそんなことしたんですか!? しかもその人をそんな……、ッ誘うなんて!!」
突然の闖入者にも等しい冒険者に目をパチクリさせて硬直するアズ。エルクロはさほど驚きもしない様子で俺を指差した。
「……誰って。僕とつい昨日一緒に入ったじゃないか。サウナ」
なるほどなぁと。もはや開き直りにも等しい安堵が巡ると共に、エルクロのジッとした眼差しが顔を覗いた。
「それでギンロウ。……どうしてずっと尾けてたんだ? それに、何のことだと思って慌てて飛び出てきたのかね?」
ふんと。勝ち誇った様子でエルクロが満足気に口を結んだ。
「……偶然居合わせたらエルクロが知らない奴とタッグ組んでいたので不安になって見ていただけですが? そしたら偶然、裸で気持ちよくてお互いくらくらするくらい熱いなんて言うのが聞こえたので、そこのルーキーに邪な話をしているかと思って不安になっただけです。悪いですか?」
「い、いや……悪い悪くないなんてことは別に言及してないぞ」
エルクロが引き気味に頬を強張らせる。じんわりと滲む汗。確かに俺は勘違いをした。
どう考えても*尾とかエ**とか***スの類かと思った。けど、おかしな点に気づくことができた。
「それに普通、サウナの話をするなら湿度とかどういうことをするか自体を説明しますよね? そもそもエルクロこそ逆に欺こうとしたんじゃないですか? 尾行のこと気づいてたのに黙ってた理由は? 俺が話を聞いてる、最初から気づいてましたよね」
勝ち誇っていたエルクロの表情が段々ともごつき始める。
あざとさで乗り切ろうと潤んだ瞳でジッと見上げてきて。……なんとか気丈に保つと、バツが悪そうに口を曲げた。澄ました顔を逸らす。
「以前……ダンジョンのトラップでパーティが分断されたことがあっただろう。そのときに追跡者のスキルの一つを会得した。本当に親しいと思える奴の位置が分かる。……それでギンロウが六層にいるから向かってた。ルロウからの言伝もあるからな」
「ほ、本当に親しいですか……」
そう言われると恥ずかしさも苛立ちも開き直った罪悪感のようなものすら消し飛んで、胸のなかに邪悪な感情が疼く。
「スキルが機能しているからそういうことだな? ……おい、何を緊張している。僕らはそもそも親友だろう?」
エルクロが赤らんだ表情でニヤりと微笑む。ムズ痒そうに長い黒髪を掻いて、それからなんだか気まずい気がして、俺達は視線を合わせられずに顔を背けた。
「……とやかくとまくし立ててしまい申し訳ありません。昨日のこともあったせいで、……顔を合わせずらかったんです。親友で、エルクロが女になっても態度を変えないと決めていたはずなのに」
「い、い、今その話をするか? いや、僕にも非があるというか……。その、ギンロウが僕に対してその…………まぁ、気づいていたところもあったというか」
一度吐き出すと互いに恥のぶつけ合いみたいになり始める。言わないよりは言った方が楽になれて、歯止めが効かなくなっていく。
「し、しかしいつの間に装備も変えたのですね。……良いと思いますよ。よく似合っています。……昨夜の、ワンピース姿もその……綺麗だと思いました」
――エルクロは男だった人だ。なのに、俺は何を言ってるんだろう。いくら身体が少女になったところで。エルクロはエルクロなのに。
「は、ハハ……! そうだろう? 僕は我ながら可愛いからな。…………素直に褒めるならそれでいい。もっと褒めることを許可してやる」
だが彼女はこちらをからかおうとはしなかった。勘違いでなければ満更でもなさそうに頬を掻く。
「そもそもだな。僕がこんな服を着ているのは――」
エルクロの言葉が途切れる。視界の前に広がる白い一対の翼が、俺とエルクロの口を塞いだ。
「……イチャつくならダンジョン以外ですべきです」
ジッと、困ったような視線で天使が一瞥をくべる。
「イチャついていませんが?」「イ……ちゃついてなどいない!」
最悪なことに息ぴったりにハモった。
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