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呪いでTSして筋力を失ったので支援に徹底したら男パーティを追放された僕 ~追放されたけどもう遅かった。  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:狂疾に因りて殊類と成る。今日の爪牙誰か敢て敵せん(思いがけずエルクロと邪なことをしたいと考えたら虎に(後略)
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脳に響くエルクロの声。想像……全て想像だ。だが想像はときとして魔力を持って魔法となる

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ――斬る。振り薙ぐ強靭な尾をいなす。竜鱗と分厚い脂肪、骨を斬る。続けざまに無色蛇竜ロングウィットンの不可視の身体を両断する。


 空を飛ぶ敵がいたならば投げ打つ。クナイを、とりもちを。とにかく翼を無力化してから斬る。疾駆しながらブーツで刃を研いで血油を拭い取る。


 体に刻まれた加護が侍から狂戦士になろうが根本を変えることはない。経験も、完全に身体に染み付いた技も消えはしない。


 ――【風林火山】。冷静に敵の攻撃を待ち、一転して烈火のごとく攻め込む。


 ……冷静だ。体力の配分。魔力の残量も把握できている。剣戟が鈍ることはない。


 雪竜戦士ブリザードマンの振るう三日月刀シミターがすぐ眼前を横薙いだ。


 ならば肉薄した雪竜戦士よりも低く身を屈め、首元に位置する逆鱗を突きあげるように蹴り飛ばす。モンスターが態勢を整えるより早くそのまま距離を詰め、刀を心臓へ突き下ろした。


 氷雪の地面に鮮血が広がり、湯気を立てながら凍り付く。


「……片付きましたか」


 血を拭い、愛刀を鞘へ納めた。


 ――静寂がこの場を満たす。


 天社ダンジョンの六層【浮氷天廊】。雲海よりも高所に存在する入り組んだ氷の地形。


 氷結した魔素エーテルが物理法則を無視して基盤となり、街の遥か上空。雲の上にこの異常なフロアを形成している。


 透き通った氷の地面、伸びたツララは柱のように分厚い氷の天井を支え、氷洞を保ち続ける。


「……はぁ」


 溜息を零してしまった。吐息は白く染まらない。


 心頭滅却の効果で火や熱はもちろん、環境が及ぼす苦しみを苦しみとして身体は受け付けない。極寒の地で体力を奪われることはないが――――。


「何故エルクロ相手にこうしていられないですか。……俺は」


 目と鼻の先を掠めた斬撃よりも、昨夜の模擬戦で垣間見えてしまった彼女の……下着と色と。


 それ以上に、肌と下着の境目というべきか。肉体的に健康かつ整った脚部のラインが。湯に濡れた烏のような髪が。劣情を――。


「俺はッ! 何を考えているんだ……!! ――――ッ!!」


 【咆哮ハウル】。狂戦士の基礎スキルとも言える闘争心を向上させる雄叫びが薄闇広がる氷の洞窟を反響し続ける。


 こんな場所で――俺は何を考えている。


 何故、今ここにエルクロがいるわけでもないのに惑わされている。だから一緒に戦えない。だからエルクロがパーティを追放されたというのに。


「クソッ……」


 劣情と自己嫌悪から氷壁を殴打した。


 天社の氷はこんなことでは亀裂すら入らない。エルクロが女になって不安定な今こそ、俺がこの刀で、技術であいつを支えるべきではないのか?


 約束したはずだ。俺が頑張らなきゃいけないはずだ。……昔のように。


「それができれば苦労はしない……」


 エルクロがすぐ隣で戦っている妄想、もといイメージトレーニングをして半日が経過しただろうか。結果は散々だ。


 エルクロの支援魔法を想像して体を動かし続けたが、彼女が防寒の魔法を熱いと言い出しブカブカの服で体を仰ぎ始めたあたりから調子がおかしくなった。


(どうしたんだ? 僕の身体に何か用か?)


 囁くように脳に響くエルクロの声。想像……全て想像だ。だが想像はときとして魔力を持って魔法となる。


 心頭滅却にも似た話だ。火が涼しくなるように、モンスターの所作から生まれた武の型がモンスターと同じ鋭さと俊敏さを生み出すように。


(ごちゃごちゃ考えているがようは僕で色んな妄想をしてるんだろう? 昨日のサウナ、一緒に入ったおかげで身体のラインまでばっちり覚えているからな)


 我ながら恐ろしい。もはやこの想像は実体を帯びているに等しい。彼女が今すぐにでも魔剣で俺を切り裂けば実際に身体は傷つくだろう。


 それほどまでにリアルな……妄想だ。


「……モンスターの個体個体を見分ける訓練は必要でした。その弊害です」


(だからここまでボクの想像をできるようになったのか? ふん、素直になれば可愛いものだな。ほら、昨日も見せたお腹だぞ)


 ひらりと布が擦れて白い肌と曲線を描く少女のお腹が視界に入る。


 想像が五感に明確に作用し始めていた。


 凍り付いた血を拭うエルクロの匂い。願望と明確な予想が入り混じった言葉を耳が捉え、視界には彼女の姿がずっとある。


「はは、そんな風に煽りますがサウナのことを掘り返してもいいのですか? 貴女あのとき、……満更でもなさそうでしたよね」


 ふん、と。エルクロは鼻を鳴らして笑った。クマの濃い双眸が俺の顔を見上げているのに、見下すように冷たく見据える。嘲るように吊り上がる頬。


(どうしてか知りたいか……?)


 もちもちとした頬を染める赤色。ばさりと布が氷に落ちて、僅かに恥じるように胸を隠しながら、サラシだけの姿になる。白い吐息に甘い呼気が混ざっていて。


 ――咄嗟に顔を俯けた。違う。これは想像の域を超えた。俺は禁忌を犯している。


「【兜割り】ッ!」


 咄嗟に氷壁へ愚かなこの頭部を叩きつけた。間合い、呼吸、膂力。様々な訓練が積み重なった一撃が氷洞を揺らす。無数のツララが落ちて砕け散っていく。


 五感からエルクロが消えた。バクバクと期待するように打ち付ける心臓が元の脈拍を取り戻すまで、氷のなかに頭をめり込ませた。


「……あれでは妄想です」


 自戒。ゆっくりと顔を引き抜いて氷のつぶてを振り払う。危うく、色欲に負けて親友の妄想で――――いや、考えるのは止そう。一度帰還すべきだ。


 来た道を戻るように氷洞を抜けた。六層はつねに吹雪が視界を白く染める。豪雪を踏み締め、氷の先端まで歩き進んだ。


 見下ろすが、吹雪で何も見えない。


 それでもこの下には五層が、そして落ち続ければいつもの街がそこにある。息を呑んで飛び降りた。


 全身を殴り付ける冷気。加速と氷点下の外気によって全身に霜が纏う。


 吹雪を抜けた。橙の暮れ空が四方へ広がる。


 眼下に広がる雲海。そのまま脚から雲の中へ着地した。


 ぼふんと。触れることのできる白い雲が落下の衝撃を受け止める。五層【白雲の海】まで落ちて戻った。


「……っ」


 雲の奥へ沈んだ体を這い起こす。あとはこのまま徒歩で地上まで戻ろうかと思った矢先、――エルクロがいた。……想像? 違う。本物だ。


 鷹の目のごとき視力が数百メトルは離れた場所にいた彼女を捉える。


「なんで彼女がここに……。いえ、それよりも装備を変えましたか? 今までは元着ていたブカブカのだったのに。嗚呼、けど似合いますね。サイズもピッタシなおかげで動きがいいです」


 以前の防具より軽装だが、おかげで身軽になっているように思えた。跳ねるように歩くたびにふわりと柔らかな布が長い髪と共に靡き揺れる。


(ボクも着換えようか?)


 布が擦れる音。すぐにそっぽを向いた。


「やめてください。こういうのは段階を踏んで慣れるべきで――。待て。エルクロのやつ、ソロじゃないです。あいつは誰だ?」


(ふん。気になるなら会えばいいだろう?)


 ――それが出来れば想像と会話なんてしない。すぐに双眼鏡を取り出して、エルクロの隣にいるやつを凝視した。


 ……少女? いや、下級天使の類だ。


 不完全な光輪と小さな翼が揺れている。


 瞬間、思い出すみたいに嫌な予感が過ぎった。彼らの種族の特徴は両性具有。


 ……もしかして俺があまりにも情けない所為で自分と同じような冒険者としかパーティを組まないことにしたのか?


(だーかーら、聞けばいいだろう。僕は隠し事なんてしないぞ)


 ――それが出来れば想像と会話なんてしない。


(僕と会話すらできないくせに)


 こんな姿を見たらエルクロは間違いなく俺を挑発するだろう。けど、居ても立ってもいられなかった。


(尾行か?)


「悪い言い方をしないでください。エルクロが不用心だから俺が代わりに警戒して、……あの連れ人を見極めるだけです。もっと距離を詰めましょう。会話が聞こえる距離がいい。エルクロも伏せてください」


(……僕は聞けば答えるぞ?)


 ――知っている。けど、それが出来れば想像と会話なんてしないし、俺の隣にいるエルクロにあの新しい装備をつけさせているだろう。

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