綺麗になったり可愛くなるのは繁殖期の直前が多いだろう? ああ、でもそれは雄の個体かな? エルクロは体は女の子になっちゃったけど
「ギンロウ達とじゃなくて別の誰かと行くの?」
どうしてかラジアが怪訝そうに尋ねる。
「ボクとしてはどちらでも構わないが、……流石に昨日の今日だ。距離は取るとも。だから少しの間は冒険者組合に一時的な仲間と、仕事を斡旋してもらう」
ルーキーだった頃は長い間世話になっていただろうか。……あの頃のボクはあまりに弱かった。ギンロウと張り合うことすらできないくらいだ。
「えー……他の知らない人とぉ? なんかエルクロが寝取られるみたいでいやだなぁー……」
「エルクロが寝取りでなんだって!?」
風を切る音が真横を疾った。赤い翼を鳴らし、聞き慣れた声が、ダンジョンに潜っている間に妻を寝取られた男が切羽詰まった様子で舞い降りた。
「寝取られてなんかない!! そもそもボクは元々男だ。知りもしない奴にそんな風になるはずないだろう」
「けど急に服装も可愛らしいじゃないか。靴は利便性無視に背を盛ってるし、タイツなんていままで履いてもいなかった」
「ふッ、よく気づくな。だって見下ろされるのは気に食わん。タイツは……いいだろう。ボクが可愛くて何が悪い」
ルロウは、良くも悪くもしっかりとボクを見ているらしい。ギンロウは気づくだろうか。考えると、邪悪な笑いが漏れかけて慌てて鼻を鳴らした。
「そうやって娘のファッションにもいちいち口を出してたのか?」
「痛いよ。おじさんのガラスの心に釘を刺さないでよ。……妻がね、そんな前兆があったんだよ。綺麗になったとでも言えばいいのかな。おじさんの家から消える前にね」
半泣きになって朝から暗い話を勝手にぼやくと、ルロウは力なく俯いた。現実逃避でもするように宙に魔力の光で得体のしれない呪詛を連ねていく。
「今更しょげてどうする。もっとお前らしく気持ち悪い発言をしたらどうだ?」
「普段から変なことを言っているような印象付けをラジアちゃんの前でしないで欲しいなぁ……。まぁでも、言って欲しいなら言うけど、やっぱり綺麗になったり可愛くなるのは繁殖期の直前が多いだろう? ああ、でもそれは雄の個体かな? エルクロは体は女の子になっちゃったけど、あの日とかになったら今みたいに模様替えするのかい? 繁殖期の動物はあまり美味しくないんだ。味見をするなら――――」
「すまない。もういいから本題を言ってくれないか?」
急に流暢になってベラベラと喋り出した仲間が怖くなって、ボクは話を切り上げた。
「……よく結婚できたねぇ」
ラジアが顔を引き攣らせて、興味本位で岩をめくってしまった子供のような表情になっている。文字通り虫唾が走ったような。
「こいつがおかしくなったのは最近だけどな。時期だけ見ればボクと同じぐらいか? 呪いの所為だと思いたいけど思いたくないな。地味過ぎる」
「本題言うからさ、チクチク言葉をグサらないで? ……ゴホン! サンゲツがおかしくなっちゃったんだ」
「おかしく? その……またボクがなんかやっちゃったのか?」
ルロウはああ、と適当な相槌を打って頷いた。
「うんうん。エルクロが悪いかも。だからさぁ、極東で女の子が責任を取るとき、裸で土下座するよね? それをまずしてみてから――痛い! 痛い! 尻尾で殴らないで! おじさん速度特化だから壊れちゃう!」
避けられるくせにべしべしとラジアに竜尾でしばかれると、ルロウは飄々と笑って頭上に飛んだ。
「とにかく、サンゲツがおかしくなっちゃったから。ダンジョン潜ったあとでいいから来てくれないかい?」
「すぐに行ったほうがいいんじゃないか……?」
「いやぁ……多分、心の準備がいるだろうからさぁ。サンゲツに」
「……っ!? もしかしてサンゲツも女の子になったのか?」
「いやぁ、おちんちん着いてるよ? 寝取ってきた若手の冒険者みたいなモノがさぁ」
「気持ち悪いこと言わないで」
ラジアから発せられる純粋な嫌悪。彼を喜ばすだけだ。
「ああ、いいなぁ。その響き。娘が……昔、そんなふうにさ」
「あー……うん。わかった。とにかく一度時間を潰したら向かう。それでいいか?」
「頼むよ。おじさん猫の手も借りたいぐらいなんだ。今のエルクロは子猫ちゃんみたいだろう? ニャンニャン同士なら話が通じるかもしれないし」
一瞬にしてルロウが距離を詰めた。ナンパ野郎みたいに、クイと顎を持ち上げてくる。
ムカついて、鳩尾を蹴り上げようとしたがヒョイと容易く避けやがった。
「ええい鳥肌が立つ! お前と違ってボクは翼もないのに! 噛むぞ!? 血ぃ吸うぞ!? 祖先帰りしちゃうぞ!!」
「反抗期の娘より手荒いなぁ。エルクロ、真面目な警告を一つするよ。いくら一線級の冒険者とは言ってもその体は相当、弱体化してるよ。呪力の影響か、魔力量はとても増えたみたいだけどね」
ダンジョンに行くのはいいけど浅層で止めておけと言われている気がした。彼の言っていることは何一つ間違っちゃいない。ムカつくぐらい。
「わかってるとも」
ボクの返事を聞くと、言うだけ言ってルロウの奴は飛び去ってしまった。疾風が顔を撫でて赤い羽が散っていく。脱毛がどうとか言っていたが大丈夫だろうか。
「……エルクロは元に戻りたいの? わたしはぁ……エヘ、えへへ。今のエルクロのほうが可愛いと思うよぉ?」
ラジアは大袈裟に危うい手つきを蠢かし、わざとらしく涎を拭った。どこまで冗談か分からないが、茶化そうとしてくれているらしい。
「戻るべきだとは思っているが、この体でしかできないことぐらい少しやったっていいだろう? それから考えたい」
「イチャイチャ交*とか?」
「街一番の看板娘から出た言葉とは思いたくない」
ラジアに惚れている輩が聞いたら倒れてしまいそうな言葉を他所に、冒険者組合の本館へ向かった。




