小説『prologue〜1』
【prologue〜1】
上空に低く立ち込めた灰色の雲に 街の灯りが少しずつ映し出されている。
重く、泣き出しそうな十二月の空から零れだしてきた雨。
「やっぱり降ってきたねぇ・・・週末の夜なのになぁ」
金曜の夕刻を回った銀座 数寄屋橋交差点。
信号待ちのどこからか聴こえてきたOLの声。
僕は晴海通りを挟み 銀座四丁目方面に目を向けている。 仕事を終え帰宅する人の渦。
街はクリスマスも近い週末ということもあり賑わっていた。
一日の仕事を追えて これから飲みにいくのであろう人の集団の彼・彼女達、
待ち合わせに遅刻しそうなのか しきりに携帯電話や時計を気にしている若い男女、
有楽町マリオンやイトシア、丸井の方へと向かう楽しげな夫婦・子供連れの家族・恋人同士、
週末で営業の追い込みのサラリーマンは この時間になっても携帯電話で仕事のやり取りをしている明らかに僕よりも年齢の上そうな男・電話だというのに身振り手振り お辞儀までしている・・・。
この街のこの風景もまた "様々な人種のいる風景" ということになるのだろうか、 そういった意味では例えばニューヨークの 例えばロンドンの 世界中の主要大都市の多種多様な人種によるスクランブル交差点の風景と この銀座4丁目の交差点も 実はなんら変わりは無いのかもしれない。
しかし この街は確実に進化を遂げている。
10年前の銀座とは そこに群れる人の年齢層も、異常なまでの高級店の多さも あの頃とは違っていた。
空はこんなにも重く零れる雨も、しかし 東京、銀座のネオンはいつも通りに輝いている。
ネオンは まるで昼間のような明るさで交差点や僕らを そして街を優しく灯らしてくれていた。
42歳。あれからちょうど10年目の冬だった。
仕事以外でこの街に訪れるのは 久しぶりだった。
10年・・・。
仕事人としての僕は 30代半ばで転職した今の会社でそれなりの地位にも付き、部下を数名持たされ日常と格闘しながら日々を生きている。
東京に本社を置く服飾販売業界の大手企業。 その地方支社の課長というのが 今の僕の肩書きだった。日々を忙しく過ごすことがまるでステータスのような現実社会。
僕もまた 今は ひとりのサラリーマン である。
いつも会社では囁かれていた。
「課長は結婚しないのかな?」
「いや 結構 遊び人らしいよ・・・」
男も42歳にもなり独身だと 結婚していないということが どうやら そのステータスに 余分なものが付いて回るらしい。
会社の連中は そんな僕のウワサ話をよくしているようだった。
縁が無かった。 そう自分では納得している。
歩き出す。
有楽町駅へと向かう。
新橋へ向かう。
今夜は台場へと泊まる予定だった。
雨脚が少しだけ強くなっていく。
届くはずのない手紙。
その手紙が今僕のそばにある。
世界中で 一体どれくらい このような届くはずの無い手紙は存在しているのだろう・・・。
家族から、恋人から・・・沢山のシチュエーションの中で存在するのであろう このような手紙。
その手紙が行き着く先は 結局は 書き記した自身の心の中にだけ存在するであろう ポストへと投函されて長い年月を経て 存在すら消えてなくなるだろう。
しかし そのような手紙が届くことで 時にその手紙が人の運命さえも変えてしまう・・・。
そんなことなど 考えたことも信じたこともなかった。
同様に、この世の中に 「もしも・・・」ということは多種多様に存在する。
「もしもあの時・・・」などと 過去を空想し 悔やんだりすることは人の常なのだろうか。
誰かが言っていた言葉を思い出す。
「人は 後悔の生き物だよ」
しかしそれは 人を成長させることもある。
今の僕は 果たしてどちらなのだろう・・・。
後悔なら 何度も繰り返してきた。
前に進もうと転んでは起き上がり生きてきたつもりだった。
届くはずのない手紙は この数年、僕を生きさせてくれた手紙だった。
何度も後悔していたはずのことを 生きる力へと変えてくれた手紙だった。
ニューヨークに発つのは3日後だ。
僕は その"約束の場所"へと向かう。
君に 逢いに行く。






