1.魔王、召喚される
白いフードを深く被った者達が、幾何学模様の折り重なった魔法陣を取り囲んでいる。
石造りの壁が魔法陣を丸く囲み、壁に取り付けられた燭台では、オレンジの炎が頼りなく揺れていた。
どうやらここは陽の光さえ届かない、薄暗い地下室であるらしい。
すえたカビの匂いさえ漂いそうなその場所に、場違いな絢爛な衣装に身を包んだ男と女が居た。
2人とも頭に宝石の散りばめられた金の王冠を被り、これまた贅沢な装飾を施した椅子に腰をかけ、静かに儀式の行方を見守っていた。
男の名前は、オーリッヒ・フェナメス。
フェナメス王国の8代目の王様である。
金髪の20代後半の凛々しい顔付をした男で、整えられた顎髭を蓄えている。
が、別に覚えなくて良い。
女の名前は、クアンダ・フェナメス。
オーリッヒの妻であり、フェナメス王国の王妃である。
こちらも金髪の、街ですれ違えば思わず振り返ってしまう程の美女だ。
が、これも別に覚えなくて良い。
フードの者達が何やら呪文を唱える。
すると幾何学模様の魔法陣が光を帯び輝き始めた。
その光が眩しいのか、王と妃が目を細める。
魔法陣の光は辺りを包み込む程に輝きを増し、そして消えた。
輝きを無くした魔法陣の上に、3人の男と2人の女が立っていた。
スーツ姿であったり、とあるコンビニの店員服や学生服であったり、パジャマ姿であったりと、それぞれが違う装いをしていた。
唯一共通していたのは、誰もが何が起こったのか分からないといった様子で辺りをキョロキョロと見回していた事だろう。
「良くぞ参られた勇者達よ」
王が椅子から立ち上がり、大袈裟に両手を開いた。
「この世界に希望をもたらす、異世界の者達よ」
妃も上品に手を叩きながら、椅子から立ち上がった。
魔法陣の上でざわめきが起こった。
ある者は「やったッ!やっと俺にも」と喜び、またある者は「金髪・・・イケメン・・・ハーレム・・・フフフ・・・」と呟いた。
「オイオイッ!どこなんだよここはッ!」
髪を茶色に染めた、体格の良い学生服の少年が声を荒らげながら王に喰ってかかった。
「ヤレヤレこれだから不良少年は・・・」
わざと聞こえるかの様にスーツ姿の男が口を開いた。
「なんだテメェはッ!」
不良少年がスーツ姿の男に矛先を変えるが、男はその相手をせず王に話しかける。
「僕達は異世界に召喚された勇者。要求は魔王を討伐してくれ・・・とかですかね?」
「ほほう!流石は勇者様、話が速い!」
王は満足気に頷くと、5人を召喚したフードの者達に「おい」と何かを促した。
フードの者達の長であろう老人が「はい」と返事をし、5人の前に立つ。
不良少年は「まだ俺の話は終わっちゃいねえッ!」と騒いでいたが、同じく学生服の少女が「取り合えず話だけでも聞こうよ」となだめると舌打ちをしおとなしくなった。
「フェナメスの勇者達よ。まずは『ステータスオープン』と唱えて下さい」
スーツ男とコンビニ服の女は、我先にと教えられた言葉を唱えた。
学生服の少女は小さな声で、不良少年は面倒臭そうに唱える。
そして喜んだり驚いたりとそれぞれの反応を見せた。
「ステータスオープン」
パジャマ姿のおっさんも遅れてその言葉を口にする。
名前:梶田 豊 年齢:33歳
種族:人間 職業:魔王
攻撃力:9999
防御力:9999
素早さ:9999
HP :9999
MP :9999
スキル:地獄の業火 絶対零度 終焉の刃 魔王の眼光 偽装 鑑定 etc.
「ウホッ!?」
梶田豊は素っ頓狂な声を上げた。
頭の中にステータス画面が表示された事もそうだが、それ以上に驚く要因があった。
「変な声を出すなよおっさん!」
「ヤレヤレこれだから素人は」
「うるさいわね・・・」
「だっ大丈夫ですか?」
未だ動揺を隠せない豊であったが、なんとか平静を保つ。
コホン・・・とフードの老人が咳払いをし口を開いた。
「勇者様方の頭の中にステータス画面が表示されたはずです。能力は様々であると思いますが、大事な事柄があります。それは職業です。皆様の職業は勿論、勇者になっていると思いますが・・・」
豊は老人の話を聞き、額に玉の様な汗を浮かべた。
そして周りに聞こえない程の小さな声で再び「ステータスオープン」と呟いた。
名前:梶田豊 年齢:33歳
種族:人間 職業:魔王
注目→ 【職業:魔王】 ←注目
「ウホッ!?」
再び素っ頓狂な声を上げてしまう。
召喚された4人も今度は訝し気に、変な奴でも見るかのような痛い視線を豊に浴びせ掛けた。
その視線に豊も気付いていたが、んな事はどうでも良かった。
それ所じゃなかった。
「あの~私の職業ね、勇者じゃなくて魔王になってんだわアハハ~」
と言えたらどんなに良かっただろう。
厳粛な場の雰囲気が、豊にCOMING OUTを許さなかった。
☆彡☆彡☆彡
梶田豊(33)は完全に痛いヤツ認定されていた。
フードの老人は何かを喋る際、あえて豊に視線を送らず、いない者として扱っていた。
職業:魔王。
その事実は豊の生理現象を活発化させ、額だけでは無くうなじに、腋に、股間に、尻に大量の汗をかかせていた。
ー パンツが汗で気持ち悪いな・・・。
と豊は思った。
そもそも豊は、自分の職業にこそ驚いたが、異世界に召喚されたことには驚いていなかった。
そういった小説を読むのが好きだったし、今まで異世界に召喚された人の数を、日本人の総人口で割った時、宝くじよりも確率は高いんじゃないかとも思っていた。
宝くじは買わなければ当たりもないが、異世界召喚は違う。
異世界召喚は待ってくれない。
ー 大体なんだい?なんで私だけパジャマ姿なんだい?そりゃあ、会社が休みだからって昼過ぎまで寝ていた私も悪いだろう。だからってこりゃあんまりですよ?
とめどなく不満が溢れてくる。
言ってみれば今の彼の状況は、異世界デビューに失敗してしまったのである。
常日頃から、明日は我が身と心に戒めておけば、このような失敗はなかった筈だ。
それだけが悔やまれた。
ギリ・・・。
豊は奥歯を噛みしめた。
己の迂闊さを、許すことが出来なかった。
「勇者様方を疑う訳ではありませんが、一応鑑定をかけさせて貰います」
「ウホッッ!?!?」
フードの老人の言葉に、梶田豊は本日3度目の素っ頓狂な声を上げた。
魔王だったんよなぁ~・・・。
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