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憂鬱な眼鏡職員は今日も銅像を睨む

作者: 丘/丘野 優

 ──何度見ても頭が痛くなる。


 冒険者組合ギルド職員アルトゥール・ピアソンは、その顔に装着した視力矯正用の魔道具《眼鏡》の位置を直しながら、その銅像を見上げた。

 トルート王国、その王都フランダイクでも最も大きな広場であるテサ広場。

 その中央に配置されている銅像だ。

 噴水としての機能も持ち、足元からは泉が湧き出るように設計されている。

 どんな国にでも存在する有り触れたオブジェだが、アルトゥールはこの銅像が好きではなかった。

 

 逆立つ髪に、眼光鋭い瞳を持ったその人物。

 中でも特徴的なのはその体に帯びている迸る雷である。

 足元には倒れ伏した竜が踏みつけられており、おそらくはこの人物に倒されたのだろうと誰でも想像がつく。

 実際、この人物は巷では《雷魔帝》と呼ばれており、曰く、強力な雷魔術を用いることに長けた、強力な戦闘能力の持ち主で、幾体もの魔物を討ち滅ぼしてきた英雄である、らしい。

 この銅像も、数年前にこの王都を襲った魔物《竜皇ファギャ》を《雷魔帝》がたった一人でうち滅ぼした際に、流れ弾で元々ここに存在していた銅像が破壊されてしまったため、《雷魔帝》の銅像を改めてここに築いたのだ。

 そう、つまり《雷魔》は今も生きている……存命の人物である。

 王都に他に存在する銅像のモデルたちがすでに過去の人であることとは大きく異なるわけだ。

 まだ生きている人間を、別に王族でもないのにこのように偶像化してしまうことにアルトゥールは否定的だった。

 そんなことをすれば過度の信頼を生み、人々はいざというときにこの人物を頼ることになるだろう。

 確かに傍から見れば、かなりの戦闘能力を持つ人物なのかもしれない。

 しかし、人である以上、おのずと限界がある。

 もしもいつの日にか、この人物が解決できない大きな災害がやってきたとき、王都の人の心は折れてしまうのではないか……。

 そんな気がするのだ。


「……心配し過ぎ、かもしれませんね」


 ぽつり、と独り言を述べ、アルトゥールは歩き出す。

 もともと、彼がここを通ったのは自らの仕事場に向かうためだったことを思い出したからだ。

 それはつまり、王都の冒険者たちを束ねる組織、冒険者組合(ギルド)である。

 

 ◆◇◆◇◆


「……アル! 来たか!」


 冒険者組合(ギルド)建物に入ると同時にアルトゥールに向かってそんな声がかけられた。

 声の主が誰なのか、アルトゥールには顔を見ずとも分かった。

 アルトゥールを愛称で呼ぶ者はこの冒険者組合(ギルド)内においては一人しかいないからだ。

 

「……冒険者組合長(ギルドマスター)。どうかされましたか?」


 アルトゥールは顔をその人物の方に向ける。

 彼の名はルーカス・アドラー。

 一見して分かる野卑な雰囲気。

 おおむね四十代半ばに達しているだろう容姿だが、その体型にはだらしないところなどどこにもない。

 体中が筋肉の鎧に覆われていて、その辺の冒険者でも簡単には太刀打ちできないだろうと思わせる鍛えられ方だ。

 実際、彼はもともと冒険者であり、しかもそのランクは最高位の一歩手前である黄金級だった。

 冒険者としては十年ほど前に引退し、それからはずっと冒険者組合(ギルド)で働いている男である。

 本当は引退などしたくなかったらしいが、前任の冒険者組合長(ギルドマスター)に拝み倒されてのことだという。

 そんな彼が慌てた様子でアルトゥールに声をかけたのだ。

 何かあったのか、と不思議に思った。

 

「どうかされましたもなにも……これが大変なんだよ」


「と言いますと?」


「勿論、魔物だよ……お前も、王都南のレイズ街道を下った先にあるエーダ伯爵領の領都ヴィスランは知っているだろう?」


「ええ、あそこはドワーフたちが多く住む、鉱山都市ですからね。冒険者たちにとって不可欠な武具の生産が盛んで、我々、王都冒険者組合でも多く仕入れていますから、付き合いも深い。あそこに、魔物が? そのような情報は私のところには入っていないですが……」


「さっき飛竜便で伝えられた話だからな……鉱山で岩石喰いロック・イーターの亜種が出現したらしい。それでてんやわんやで……鉱山の機能はほとんど停止しているようだ」


「岩石喰いが……?」


 それは通常、岩山に住み、岩石をその食料とする魔物である。

 食べるものに影響されてか、その体はまさに岩石で構成されているかの如くであり、倒すためには強力な冒険者が必要になってくる。

 ただ、基本的に岩石喰いは人の住まないような奥地の岩山をその住処としていて、人とバッティングすることは少ない。

 それは彼らが人が鉱山に求めるものを欲しがらない、ということが大きいだろう。

 つまり、彼らは通常、鉱床の類を避けるのだ。

 しかしルーカスの話からすると今回は……。


「……あぁ。魔鋼鉄オリハルコン魔銀ミスリルの鉱床をもりもり食べているみたいだぜ。ヴィスランにはかなり優良な鉱床があるからな……どうも美食家グルメのお眼鏡にかなっちまったらしい。だが、退けようにも、狭い坑道の中で岩石喰いを相手にするのはなぁ……」


「対応できる冒険者はあそこには何人かいたはずと記憶していますが。炎王ジャーナ、月の剣のエレン、ウェーデ渓谷の英雄ガラン……」


「そいつらは今、軒並み出ちまってる。ロードファー山脈の氷竜退治にな。だから、なぁ……」


 ちらり、とアルトゥールを見たルーカスに、アルトゥールはため息をついて、


「……はぁ。分かりました。とりあえず、調査(・・)に行ってきますよ。調査(・・)にね。それでいいでしょう?」


「おっ。悪いな! いやぁ、助かるぜ……後のことは全部こっちでやっとくから、お前は身一つで行ってくれて構わねぇからな。じゃ、頼んだぜ!」


「……」


 実際、色々と他の職員に引き継ぎのために書類などをまとめようとすると、ありとあらゆる職員から、


「あっ、そちらはすでにルーカス組合長から承っています」


 と言われてしまった。


「……ルーカス。後で覚えているといい……」


 旅立ちの日、冒険者組合ギルドから出るとき、一言そう呟いたアルトゥールの体からは青いオーラが立ち上っていたような気がする、とは遠くからそれを見ていたルーカスの言だった。


 ◆◇◆◇◆


「……ミューリ! もうここはダメだ! 早く出るぞ!」


 坑道の中、ドワーフの職人のそんな叫び声が響いた。

 鍛冶師組合職員のミューリ・フラットは坑道の奥を見つめつつ、反論する。


「でも、ガッダの親方が!」


「ミューリ! あいつは殿を引き受けたんだ! 俺だって助けてぇが……あの岩石喰いにはハンマーが効かねぇ!」


「でも……!」


「くそっ……仕方ねぇ。悪いな、ミューリ……」


「えっ?」


 次の瞬間、首筋に重い衝撃が走り、ミューリは意識を失った。

 

 目が覚めると、ドワーフの男が覗きこんでいて……。


「こ、ここは……レゲルの親方? ええと、私は……」


 混乱するミューリに、レゲルは言う。


「ここは鍛冶師組合だ。悪いと思ったがお前を気絶させて連れて来た。けがはさせたつもりはねぇが……どうだ?」


「……大丈夫です。でも……あ、あの、ガッダの親方は!」


「……」


 むっつりと黙り込み、そして視線を下げたレゲルにミューリは察する。


「……どうして……」


「言っただろう。あいつは殿を引き受けたんだ。俺たちを……いや、あんたを逃がすためにな」


「私なんかより、ガッダの親方の方を救うべきでした!」


 ガッダ、というのは鍛冶師組合でも最高クラスの技術を有する鍛冶師であり、ミューリにとって恩人でもあった。

 小さなころ、親に捨てられたミューリを拾い、鍛冶師組合の職員になるまで育てあげた、義父とも呼べるべき人。

 今日はそんな彼と、同僚であるレゲルと共に、岩石喰いによる被害がどの程度進んでいるかの確認に坑道に調査に入ったのだ。

 予想ではまださほどではないはずだったが、実際に入ってみるとかなり浅い地点で岩石喰いに遭遇した。

 全員で急いで逃げた。

 通常の岩石喰いであればそれほど逃げることは難しくない。

 しかし、今回のはものが違った。

 恐るべき速度と、魔術を放ち、ミューリ達を追い詰めたのだ。

 そして……最後には、ガッダが岩石喰いを引きつける役を担い、ミューリとレゲルはなんとか間をすり抜けた。

 ガッダも、と思った時にはもう手遅れで、岩石が崩れてきて……。


「……あんたはガッダの娘だ。俺も、あいつも、自分よりあんたを逃がすつもりだったよ。だから、そんなこと言うな」


「……レゲルの親方……」


 下を向いたミューリに、レゲルは顔を明るくして言う。


「いや! だがたとえ坑道に閉じ込められたとしてもそれくらいで死ぬような奴じゃないぞ、ガッダは。むしろ、かえって逃げやすくなってるかもしれん。俺たちドワーフは土の精霊の末裔だ。広大な坑道の道順でも全部記憶してる。きっとガッダも……」


「……だと、いいのですが……」


「希望は捨てねぇことにしよう。それに、そのうち黄金級の冒険者たちも戻ってくるだろう? ドワーフは飲まず食わずでも土の精気さえありゃ、二週間くらいは生きられるからな。そういう意味では心配はいらねぇ。あとはあいつが逃げのびてくれてることを願うだけだ」


「そう、ですね……。フランダイクの冒険者組合ギルドからも応援が来てくれるとの連絡もありましたし、それを考えればまだまだ希望はあると思います」


「お、そうなのか?」


「ええ、坑道に入る前に。ただ、それでも到着には数日かかるとは思いますが……」


 王都からヴィスランまでは近くはない。

 足の速い馬車にのっても五日はかかる。

 それでも、黄金級冒険者たちよりは一週間以上早くつくわけであるし、ありがたい話だった。

 ただ、可能な限り早く着くこと祈らずにはいられなかったが……。


 ◆◇◆◇◆


「……すまない。鍛冶師組合の受付はここでいいか?」


 アルトゥールがヴィスランの鍛冶師組合でそう尋ねると、若い女性がやってきて、


「ええ、こちらです。ですが、ただいま、鉱山での岩石喰いの影響で新規の注文の受付は停止しておりまして……」


 どうやら注文者と勘違いされたようだ。

 鍛冶師組合の仕事は武具などから日用品までの鍛冶師ごとの取りまとめ。

 ドワーフたちは金勘定が不得意というか、面倒くさがるためにそれを一手に引き受けている団体だ。

 しかしアルトゥールの目的はそれではない。


「いや、違うんだ。私は王都冒険者組合から来た冒険者組合職員、アルトゥール・ピアソンという者だ。今回、岩石喰いの調査・対応のためにやってきたのだが……」


「えっ!? 王都から……そんな、まだ連絡をもらってから一日しか経っていないのですけど……!?」


「……まぁ、そこは気にしないでもらいたい。対応は早い方がいいだろう。早速だが、話を聞かせてくれるか」


「は、はい……」


 聞けば、事態は緊迫しているようだ。

 ただ岩石食いが出現している、というだけでなく、坑道に一人の鍛冶師が閉じ込められてしまったと言う。

 いや、ミューリというこの職員の話を聞く限り、すでに命を落としている可能性の方が高そうだった。

 しかし、出来ることがあるのであれば迅速にそれを行うのがアルトゥールのモットーだ。

 話を聞いて直後、


「……では、調査は今日中に行うこととする。まず、坑道の地図をもらえるか?」


「だ、大丈夫なんですか!? 坑道は熟練のドワーフしか歩き回れないような、恐ろしいほど入り組んだ場所ですよ!?」


「問題ない……地図、確かに受け取ったぞ。では行ってくる」


「えっ、えっ……!?」


 困惑が分かるが、事態は一刻も早い解決が必要なものだ。

 説明している時間はなかった。

 アルトゥールは、鍛冶師組合を出ると同時に、雷光(・・)となり、鉱山へと向かった。

 

 ◆◇◆◇◆


「……くそっ。せっかくあの状態から逃げのびたってのに……ここまでか?」


 真っ暗な坑道の中、土の精霊の恵みでなんとか視界を保ちつつ、ガッダがそう呟く。

 ミューリとレゲルを逃がしたあと、自分は岩石をわざと崩し、岩石喰いの頭上のミスリルを降らせた。

 岩石喰いには色々と種類がいるが、こいつはミスリルなどの希少鉱物を主食としている。

 意外なことに探知能力は低く、とにかくあたりかまわず掘り続けてそれを探す習性があるため、中々食い物にありつけない。

 だからこそ、大抵は自然に死んでいくのだが、今回こいつが出現したこの山にはミスリルもオリハルコンも大量に含んだ鉱脈がある。

 まだ完全に場所を把握しているわけではなさそうだが、いずれはそうなるだろう。

 そして全てを喰い切ったこいつの強大さは、山すらをも崩すと言われている。

 そんな事態を引き起こすわけにはもちろんいかないが、それでもまずは自分の命だった。

 ミスリル鉱石が目の前に落ちて来た岩石喰いは、当然のごとく年老いたドワーフよりも食い物の方に気を取られ、逃げるチャンスを得た。

 坑道の中は知り尽くしている。

 逃げ回ることならそれこそ一年でも出来ると思っていたが、それは流石にうぬぼれだったようだ。

 とうとう追い詰められ、しかも周りに希少鉱石の匂いのないところまで来てしまった。

 目の前に、岩で作られた巨大な蜘蛛のような形の《岩石喰い》が口を広げている。

 ミスリル鉱石ほどではないにしろ、岩石喰いにとってドワーフもそれなりに美味い獲物だと聞いたことがあった。

 それはドワーフが土の精気を持った精霊の末裔だからだ。

 岩石喰いは鉱石からそれを食べることで生きているのだろうが、ドワーフからでも効率は悪いなりにそれが出来るのだろう。

 

 そして、とうとう岩石喰いがガッダを食おうと顔を動かしたその時。


 ――……ズガァァァッァン!!!


 という轟音が坑道に鳴り響いた。

 それは坑道に数十年と潜り続けたガッダも聞いたことがないような音で、一体何が起こったのか、と驚く。

 しかし、目を開くことは出来なかった。

 何故と言って、目をつぶっているにも関わらず眩しい位に周囲が明るく染め上げられているからだ。

 この暗い坑道で、何がそれほどの光を放っているのか。

 全く想像がつかなかった。

 

 それからしばらくして、光は徐々に静まり、瞼のうらにも暗闇が戻って来たところで、ガッダはようやく目を開いた。

 すると、目の前に何者かが立っているのが見えた。


「……あんたは……?」


 すると、その男は振り向いて、眼鏡の位置を直し、笑いかけてきた。


「あぁ、貴方がガッダさんですね。私は王都冒険者組合職員、アルトゥール・ピアソンと申します。今回、《岩石喰い》の調査に参りました。が……」


「が?」


「この様子ですと、この件はすでに解決、ということでよろしいかと」


「何を言って……あぁ!?」


 アルトゥールの視線の方をガッダも見ると、そこには黒焦げになった岩石喰いの姿があった。

 ミスリル鉱石を始めとする希少鉱石でその身体を構成しているはずの鉄壁の魔物が、焦げている。

 どれほどの熱量や魔力でもって焼けばこのようになるのか、想像もつかなかった。


「なんで……こんな……」


 あっけに取られてそんなことを言ったガッダに、アルトゥールは言う。


「さぁ? 私にも分かりませんが……とりあえず、鍛冶師組合に共に参りましょう。一緒に報告していただけますか。岩石喰いは死んだ、と」


「あ、あぁ……」


 狐につままれた気持ちでアルトゥールと共に鍛冶師組合に戻ったガッダは、自分が見たまま聞いたままのことを説明した。

 周りは半信半疑で聞いていたが、後日、確かに岩石食いが報告通りの姿で息絶えているのを見て、ガッダの話の真実性は証明された。

 鉱山の危機は去ったのだ。

 それから一週間の間、ドワーフたちは毎晩宴を開いて事態の解決を喜んでいたが、アルトゥールはそんな中でも様々な人に今回の事の顛末を丹念に聞き取り、レポートをまとめると、ミューリにだけ軽い挨拶をしてその街を去っていった。


「……一体何だったのかしら……?」


 ミューリは今回の出来事すべてに納得できずに深く首を傾げていたが、宴の真ん中で楽しげに飲んでいる義父の姿を見て、


「……まぁ、いっか……。ガッダの親方! 私も飲みます!」


 そう言って宴の中に加わっていく。

 

 ◆◇◆◇◆


「……これは《雷魔帝》の手によるものね。雷の魔力が感じられるわ。それにしても恐ろしいわね……土系統の魔物を雷でやるとは……力押しにもほどがある」


 岩石喰いの死体を見分しながらそう言ったのは、事態解決の一週間後、ヴィスランに戻って来た黄金級冒険者《月の剣のエレン》だった。

 鍛冶師組合職員ミューリは彼女に尋ねる。


「《雷魔帝》って……あの《竜皇ファギャ》を倒した……?


「そう、その《雷魔帝》よ。あの方がこの街に来ていたなんて……失敗したわ。氷竜退治なんか行くんじゃなかった」


「お知り合いですか?」


「……師匠よ。それなのに、五年ほどまえに姿を消してしまって……ずっと探しているの。そこで質問なんだけど、この事件の間、誰か怪しい人がどこかから来なかった?」


「怪しい人なんて……あぁ、でも王都からアルトゥール・ピアソンさんという冒険者組合職員の方が来ましたけど、それくらいですかね」


「……アルトゥール! なるほど、そういうこと。王都にいたのね……。しかしピアソンって、ファミリーネーム変えてたなんて……」


「えっ……あ、あの、つかぬ事をお伺いしますけど、その……あの人って」


「《雷魔帝》よ。眼鏡かけた優男だったでしょ?」


「そうですけど……でも、《雷魔帝》って、なんかこう、髪が逆立ってる圧力のあるイケメンだったのでは……?」


 ミューリも王都に行ったことはある。

 つまり《雷魔帝》の銅像を見たことがあるのだ。


「あれもあれであの人の姿なんだけどね……ま、いいわ。私、ちょっとこれから王都に行ってくるから、しばらく依頼は受けられないわ。じゃ」


「えっ! こ、この依頼、受けてほしかった……んですけど……」


 最後まで言う前に、エレンは鍛冶師組合を後にした。

 その手には鍛冶師組合から冒険者組合への依頼票が握られていたが、残念ながらそれは頼めないようだった。


 ◆◇◆◇◆


「……で、調査(・・)はどうだった?」


 王都冒険者組合の組合長執務室で、ルーカスがアルトゥールに尋ねる。


「大過なく。これがレポートです」


 今回の事の顛末の書かれたレポートをルーカスに投げると、さっとキャッチし、そして読み進めるルーカス。

 あらかた概要を読み終えると、ルーカスは言った。


「よし、いいだろう。お疲れさまだったな。しかし、この《理由は不明だが、すでに岩石食いは絶命し……》のところはこれでいいのか?」


「理由が分からないんだから仕方がないでしょう?」


「……へっ。俺には自分の手柄をそうやって隠す理由が分からねぇぜ。なぁ、《雷魔帝》よ」


「それは秘密のはずですよ」


「分かった分かった。ま、またこんなことがあったらよろしく頼むぜ。アル」


「ええ。調査なら、いつでも歓迎しますよ……あのような銅像を建てられないような、調査は、ね」


 執務室の窓からは《雷魔帝》の銅像も見えた。

 今日もその周りには多くの人がいて、祈りを捧げたりしている。

 あんなものに頼るのは良くないと言うのに……と、アルトゥールは思いつつ、静かに執務室を後にしたのだった。

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