⑥ウザイくらい
しばらく黙って勇磨の後ろを歩いた。
東テラスと南テラスの中心にある、
噴水広場までやって来た。
ライトアップされた噴水は
恋人達や家族連れの憩いの場になってた。
みんな、幸せそうなのに。
そこで、立ち止まった勇磨は、
振り返って、私を見た。
反射的に目を逸らした。
目を合わすのが怖い。
体が冷えて震える。
手のひら、親指の下辺りに、
ドクドクと音を立てて血が流れて
行くのを感じる。
「ナナ、ずっと、ちゃんと話したかった」
やだ、待って。
聞きたくない。
お願い。
勇磨に言われたくない。
だったら、私が。
「いいよ、もう。分かったから。
言わないで、いいよ。
私だって先生がいいもん。そりゃそうだよね、うん、うん。」
勇磨の言葉にかぶせるように言い切った。
眉を寄せて、表情が硬くなる勇磨。
黙ったまま、私の顔をじっと見る。
心の中まで見ようとするように。
目線は外せない。
そのまま笑顔まで作って、
私は大丈夫って、悪あがきをした。
だって、勇磨に言われたら立ち直れない。
自分で手放す方がいい。
「分かったから。大丈夫。
私は大丈夫だから。さよなら」
それだけ言って逃げようとする
私の手首を勇磨はぎゅっと掴んだ。
コートの上から。
直接、手は握ってくれない。
「さよなら、って何?」
冷たく刺さるような視線で
私を凍らせる。
体がガクガクする。
空気が重い。
また目を逸らして、ひたすら自分の足元を見た。
「ふーん。あ、そ。
俺があの先生と付き合ってもいいんだね。
お前はそう思うんだ。」
な、なん。
その言い方、何?
なんで、勇磨が怒るの?
反射的に顔を上げて、勇磨を睨んだ。
どういうつもり?
なんで、私を追い詰めるの?
私、自分から引いたのに!
なんで!
でも、分かんない、表情が読めない。
ただ、まっすぐに私を見ているだけ。
心臓が、手のひらが、体がガクガクする。
これ以上、惨めになりたくないから。
騒ぎたくないのに。
必死で心を落ち着かせる。
わざと茶化す言い方をした。
「清楚でかわいくて、お嬢様風の大人って、
あの先生の事じゃん。」
ポカンとする勇磨。
でもハッとして。
「ああ、昨日のか。
そっか、へぇ、あの先生って、そういうイメージか。
もっとあざとい感じだけどな。」
「で、俺のタイプだって、事か。」
そうだよ、そうでしょ。
なんなの、さっきから!
そんな事を言いに来たの?
そんなの聞きたくないんだよ。
私に触りたくないくせに。
もう、好きじゃないくせに。
こんなの、ひどい!
離してよ、もうっ。
振り解こうとしても、
ぎゅっと掴まれ離せない。
「俺がいつ、アイツを好きだって、言った?
そんな事言った覚えも態度もないけど」
でも、好きでしょ。
話してるじゃん。
名前で呼ばせてるじゃん。
触らせるでしょ。
「だから、俺と離れるの?
俺が先生を好きだから。
身を引くの?俺と離れられるの?
諦められるんだ。」
なんだよ。その言い方。
私、ずっと我慢してたのに。
私以外の人、好きって言わないでよ。
聞きたくなかったのに。
分かってたよ、そんなの。
涙が溢れそうになる。
「そう、そうだよ、悪い?
だって、もう、勇磨、
私のこと、好きじゃないじゃん。」
首を傾げる勇磨。
「うん?なんで?」
だって。
「ツバサくんと2人で会うの、怒らなかった。
前はすごく、嫌がったのに。
昨日だって、その前だって、私が嫌な事を言っても、
取り合わないで流すじゃん。
それに。
今だって、私に触わらない。
いつも嫌ってくらい触るのに。」
苦笑いして、私を見る。
「人を変態みたいに、言うな。」
はぁー、っと大きなため息をつく。
「ナナは、俺がもうナナを好きじゃなくなったら、
俺を諦められるんだね。忘れるんだ。
それぐらいの気持ちなんだ」
なんだよ、それ。
何を言ってるの?
勇磨が他の人を好きなのに、私だけ1人、
勇磨を好きでいろって言うの?
勝手な事言わないで。
私、ギリギリなのに。
私だって我慢してんの!
泣きたくない。
泣いて困らせたくない。
そこまで思って我慢してた涙が溢れた。
また自分の足元を見つめる。
もう、うるさい!
バカ勇磨!
嫌だよ、できるわけないじゃん!
諦めたくない。
離れたくないよ。
勇磨に言われなくても私は、
絶対に諦めるなんてできない!
きれいになんて、終われない!
もう、いいや!
思いが爆発した。
「うるさい、うるさい!バカ勇磨!
勇磨が誰を好きかなんて関係ないよ。
私の気持ちは変わらないの、ずっと。
だって、私、勇磨しかないんだもん。
勇磨がいなくなったら、空っぽなんだよ。
だけど、そんなの、ウザイじゃん。
自分なんてなくて、勇磨しかなくて。
好きなのはやめられないんだもん。
もう、言いたくなかったのに、
こんなの、猟奇的じゃん。
ずっとこっそり好きでいるなんて。
だけど、好きでいるのは自由でしょ。
ダメって言わないでよ、諦めるなんてできない。
言わせたのはそっちなんだからね!」
あーあ、言っちゃった。
こんな所で、泣いて怒った。
周りのカップルも家族連れも
チラチラ見てる。
またウザがられる。
どんどん嫌われる。
でも、どうせウザイならぶつけてやる!
もう逃げない!
フラれても目線は外さないからね。
2人の間に沈黙が流れた。
しばらくして、険しかった勇磨の表情が緩んだ。
それでも、噛みつく勢いの私に、
突然、吹き出した。
え?
なぜ、今、笑う?
「お前、すげぇ顔!」
そのまま笑って私の頭に手を乗せた。
「やっと、聞けた。簡単に俺を諦めんな。
いいの、ナナは俺しかなくて。
俺が全てでいーの。俺の事ばっか考えてて。
俺だってお前しかない。一緒だよ。俺はナナだけ。
だから、ナナの様子がおかしいって
トモから連絡もらって、すぐに来た。
ツバサに頼んで繋いでてもらった。
俺だって嫌だったよ、ツバサと2人にすんの。
ナナ、すぐ癒しの世界に逃げようとするし。
でも1人にしたくなかった。
だから俺からツバサに頼んだ。」
え。
それ、どういう。
混乱した。
「最近、様子がおかしいのも知ってたし、
昨日は怒らせちゃったし、気になってた。
だいたい理由は予想ついてた。
だけど、ナナ、言わないしさ。
先生と練習できて良かったねー、とか言ってたじゃん。
ちょっと期待してたのに。
だから、少しほっといたのもあるんだけど、
でも、もっと早くこうしときゃ良かったな。」
そう言って抱きしめてくれた。
周囲が少しどよめいた。
え、どういう事?
ちょっと、待って。
どういう、事、なんだ?
まだ混乱したままで、
私、息もできない。
でも、抱きしめてくれた。
勇磨しかなくてもいいって、
言ってくれた。
勇磨も同じだって。
聞き間違いでも夢でも妄想でもない。
私も勇磨の背中をぎゅっと掴んだ。
やだ、もう1秒も離れたくないよ。
そのまま、暫く勇磨にしがみついた。
近くのカップルが拍手してくれた。
心も体もふわふわと心地いい。
息ができる。
私、勝手に、決めつけてたんだ。
あ、そうか。
だから、ツバサくん、断言したのか。
安心してちょっと笑った。
「うん?」
私の顔を覗き込む。
「ツバサくんが、言ってた事、今、合致したから」
また片眉を上げて睨む。
「なんだよ、俺しかないって言ってたくせに、
もう他の男の事考えてんのか。」
睨んで頭突きされた。
「俺さ、お前の気持ち、結構分かるんだ。
ナナがトモと2人で出掛けてた時、
そんな気持ちだったから。
だからさ、ちょっと嬉しかった。
ナナがあの時の俺みたいに、
俺で頭いっぱいにしてくれてんのかなーとか思って。
だけど、ごめん。
俺なりに先生とは線を引いてた
つもりだったんだけど、
はっきりと突き放せば良かった。」
もう一度、ぎゅっと抱きしめてくれた。
勇磨の体温が伝わってくる。
あたたかい。
「勇磨は悪くない、私が悪い。
つまんないやきもち。ごめんね。
勇磨の目標の為に先生が必要なら、私、我慢しないとって思ってたのに。
嫌なことばっか言って。
押さえられなくて。
勇磨にウザがられて、
嫌われちゃうって分かってるのに」
また頭突きされた。
「痛っ」
もう、それ、やめてよ、バカ!
「今、両手塞がってるから。」
そのままニッコリ笑って私を見つめる。
「俺はお前にウザイくらい、
夢中になって欲しいの。
俺でいっぱいになって離れなくて、俺の事しか見えなくて、
他のやつなんて見向きもしない、
そーいうの、欲しい」
言って赤くなる勇磨。
え、なんで、それで赤くなるの?
今までだって、もっと恥ずいこと、言ってたじゃん!
私の視線に耐えられなくなった勇磨は、
私を離してから、背中を向けて空を仰いだ。
やだ、離れたくないって!
そのまま我慢できず、
勇磨の背中をぎゅっと抱きしめた。
こんな簡単な事だったんだ。
はじめから全部言えば良かった。
勝手に想像して決めつけてたのは私だ。
勇磨の事は勇磨にしか分からないんだから。
ちゃんと言葉にしないとダメだね。
「勇磨、好き。勇磨は?
言って欲しい」
振り返って、また照れた顔をする。
でも、ちょっとムクれる。
「お前、俺を煽るな!」
そう言ってもう1度、
空を見上げてから短く息を吐いて、私を見た。
「好き」
曲がって絡まった心がキレイにほつれていくのが自分でも分かった。